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5.魔王は死ななかった。

「申し訳ございませんでした。私が無能なばかりに」


バルトが迷宮の蜘蛛狩りに行ってしまった後、エギルの抑揚のない声が落ちた。

振り返ると双眸を伏せ、燃える尻尾が垂れ下がっている。


完成したドレスを前にした時、流暢に意匠を説明してくれた姿を思い出すと、目の前の姿とは明らかに異なっていて落ち込んでいるのだと気づいた。


「謝らないでください。こんな丁寧に作ってもらって感謝してます」


紗希は自らの袖口を見てから眉尻を下げた。

露出は高いが着心地はよく、人間業とは思えない速度で仕上がったドレスは丁寧に繕われているのが分かる。


「首って大丈夫なんですか?」


ドレスの件もだが、実はエギルの首も気になって仕方がなかった。


あんなにもあっさり刎ねられたこと自体衝撃だったが、なんともないように自分の頭を拾い上げるエギルにも慄いたのが正直なところだ。


他人の首……この場合、魔族の首だが、どさりと転がった首に対し目を白黒させた紗希は、本当にちゃんと繋がっているのか気が気がでなかったのだ。


「はい。無事に繋がっております。よくある事ですので慣れていますから、ご安心ください」


「あれがよくあることですか!?」


紗希は食い入るように言った。

エギルが他愛もないことのように言ってのけたので若干声が裏返って大きな声が出てしまった。


この世界は相変わらず常識を超えてくる。


理解するには一筋縄ではいかない事象が次々に巻き起こり紗希は気が遠くなった。


「ときに聖女様。ドレスに関して忌憚のない意見をお伺い出来ればと思います。私の目は節穴だったようなので、お気づきの点があれば教えてください」


エギルはバルトが憤りを見せた色の失態から学んだのか、自信を喪失中だからか、ふと紗希に尋ねた。


これはチャンスだ。


あのままでは同じデザインの色違いが仕上がってしまうだろう。伝えるなら今しかない。

紗希を聖女と勘違いしている押しの強いバルトが帰ってくれば、ツッコミが追いつかず要望を伝えるタイミングを見逃しかねない。


「そうですね。出来れば、今よりも露出を抑えていただけるとそっちの方が嬉しいです……胸元と脚周りを」


「なるほど。人族も我々の正装をすると同胞から聞いていましたが、聖女様の好みではなかったのですね」


それはきっと貴族の閨レベルの話ではないだろうか。


「はい。エギルさん的に控えめな方が私にはしっくりくるので有難いです。バルトさんもきっと分かってくれると思うので、お願いします」


「承知しました」


エギルは羊皮紙に今の発言を記録しているのか、羽ペンらしきものを走らせた。走らせたといっても彼女自身が持っているのではなく、長く尖った黒い爪の動きに合わせて羽ペンが勝手に動いていたのだが。


きっとこれで大丈夫だろう。


「ーーあの、エギルさんはバルトさんの部下なんですよね?」


羽ペンの動きが止まったところで紗希は徐に尋ねた。バルトを結末まで導けるか試すと決めた以上、周囲の人間関係を把握しておくことは重要だ。


「私の立場ということでしたら、魔王様の臣下の取りまとめをしております」


社長秘書的な立ち位置だろうか。


「なるほど……教えてもらいたいのですが、バルトさんは勇者ではなく、魔王なんですか?」


今度は思い切って、後回しにしていた問いを投げる。するとエギルは少し考えてから、視線をバルトが消えていった廊下を挟んだ別室へと投げた。


「正しくは、勇者であり魔王の座を引き継いだ御人です。前魔王レギオス様はバルトレッド様に打ち破れましたので」



前魔王レギオス。

作中では魔王としか描写されず名前は出てこなかったキャラクターだ。


バルトが瀕死に至るまでに追い込み、最後は花雫の乙女が浄化したはずだが、彼女の口振りではどうもニュアンスが異なる。


「そうだったんですね……。ちなみにレギオス様は花雫の乙女に浄化されたんじゃなく、バルトさんに倒されのですか?」


「えぇ、そうです。あんな小娘如きがレギオス様を浄化など絶対にあり得ません」


「絶対に……」


「はい。人族が何度も討伐隊を寄越し小蠅のように煩わしかったので、浄化されたように見せかけただけです。実際は生きておりましたし、本当ならただの余興となるはずでした」


そう語るエギルは淡々とした中に侮蔑を孕む空気が醸し出されていた。


「騙して追い払ったら終わり、しかしバルトレッド様がひとり城に残ったことで状況が変わったのです。バルトレッド様の命を奪うことは造作もないことのはずでしたが、彼の方はしぶとく、力をつけ、ついに我々に牙を剥いたのです」


紗希は最新話までの流れを思い返す。


実際は浄化成功という見せかけを信じて討伐隊は凱旋する予定だったということか。時系列を整理すると、エギルの話が本当なら文字数的には辻褄が合う。


作者の傾向からしても、一巻は十万時前後で作られることが多い。


凱旋時点で既に十万字を超えていたことを考えると、セレスティーナを連れ出す冒頭までで一巻分。


つまりあのWEB小説はまだまだ続く。

折り返しを迎える前に更新が止まってしまったのだ。


となるとイベントがそれなりに必要だ……アデル王国に啖呵を切ってバルトがセレスティーナを連れ去る移動先が必要になる。


「セレスティーナの溺愛は魔王城で始まる予定だったとか……」


「聖女様?」


思わず口にしていた言葉に反応したエギルに、紗希は慌てて首を振った。


「な、なんでもないです」


と言ったものの、紗希の脳内は忙しなかった。


まずバルトが魔王城で足止めを喰らっていること自体が違和感だったわけで。


その現象の答えを、バルトがセレスティーナを連れ去る先は魔王城だったとすれば合点がいく。


小説が仮にそう動く予定だったとすれば、エタっているため、その過程を埋めきれず結果の整合性を取るため城に閉じ込められた。


もしくは止まらせておきたいという物語の抑止力か。


「ちなみにレギオス様はどんな方だったのですか?」


「肖像画がありますが、ご覧になりますか?」


「はい。ぜひ」



エギルに案内された部屋に足を踏み入れると、そこには複数の肖像画が飾られてあった。


「……これらは歴代の魔王達の御姿です。過去の肖像画はここで保管していまして、こちらに向かって一番端にあるのが前魔王レギオス様でございます」


そこには青い長髪を後ろでゆったりとまとめている細身の男性の姿があった。

バルトレッドがバランスの取れた美丈夫だとすると、レギオスは女性と見紛う程の中性感が際立つ美しさがある。


頭部にはごつごつとした角が二本、下に向かって渦を巻くように伸びていてる。一見儚げな雰囲気で、やや垂れ目の青い瞳は深い海を彷彿とさせた。背中にはその見た目と不釣り合いな雄々しい蝙蝠のような羽を持ち、肖像画の中のレギオスはそれを悠々と広げていた。


「こんなナヨナヨしい見た目ですが、魔力量は歴代魔王の中でも随一でした。ただし、気紛れで面倒くさがり、大雑把でだらしがない。とにかく自堕落な性格でして、そういったところが油断を生んだのかもしれません」


散々な言われようだが、エギルが肖像画を見つめる瞳には暖かさがあった。


「エギルさんはレギオス様のことが大切だったのですね」


「ま、まさか……あのような駄目悪魔は討たれて当然。絶望を知っていたバルトレッド様の覚悟に押し負けたのは至極当然のことなのです」


取り繕う姿を微笑ましく感じる一方で、不穏な言葉が過り紗希はエギルを見た。


魔王と勇者、悪魔と人間。

羽を持つものと持たざる者。


バルトも魔法は使っていたが、実際どちらが有利なのだろう。種族の違いを超えるなにか、神器的なものでもあるのだろうか。


事実、魔族のエギルは人間と違って首を刎ねられても死なない。勝手な想像だが優位性は魔族の方に偏っているように思えてしまう。


「でもレギオス様の魔力は歴代最高だったわけですよね?……バルトさんは、それほどに強いということですか?」


バルトはどうやってレギオスを倒したのか。


「単純な力ではレギオス様の方が格上です。しかし唯一、我々の持っていない力を彼の方は持っていました。バルトレッド様は不死者なのです」


これまでのバルトの『止まったまま』という言動や、先程立てた仮説が現実味を帯びてきた気がした。


「不死者は厄介です。バルトレッド様の場合は血肉を裂いても消滅しない。滅せないということは裏を返せば負けないということ。力をつけたバルトレッド様にレギオス様が討たれ、残された我々は彼の方を討伐しようとしましたが、やはり殺しても死なず……そして一年前に諦めて彼を魔王として正式に認めました」


一年前。つい最近ではないか。


そんなにも長い間、バルトはひとり戦っていたということか。紗希は言葉を失っていた。


あまりに孤独で、過酷過ぎる。


もしも辻褄合わせで止まっているのだとしたら、一番困るのはキャラクターが死ぬことだろう。


それを防ぐために不死身となってしまったのなら……なんて辛い人生なのか。


「……一体なんの話を?」


ふと、背後で冷めた声が響いた。


振り返るとバルトレッドが錆びた色の大型の蜘蛛を抱えて立っている。生け取りにしたようで長い足を縛り上げているものの蠢いているのが分かった。


それにしても早過ぎる。


肌感覚だが、まだ三十分と経っていないはずだ。迷宮と聞いて広大なダンジョンのようなものを安易に想像したが、もしかすると意外と狭いのかもしれない。


「聖女様が魔王様に興味をお持ちでしたので、私の知ることをお伝えいたしました」


エギルは静かに答えた。


バルトからはピリピリとした緊張感が漂っており、とにかく苛ついている様子だった。


踏み入れてはいけない場所に来てしまったのか。先ほどのエギルの話から察すると死闘を繰り広げた相手の肖像画は地雷だったのかもしれない。


「だとして、何故こいつの姿を見せる。聖女様が視界に入れていい男は俺だけだ」


「至らず申し訳ございません」


――そっちかぁ……。


聖女中心に回っているバルトの思考に慣れてきたせいか、さほど反応することなく紗希は一歩寄って申し出た。


呆れと溜息を滲ませて。


「バルトさん。私が見たいと言ったんです。というか他人の視界に制限かけないでください」


しかし慣れたと感じたのは間違いだったらしい。

バルトは蜘蛛を振り上げ床に叩きつけて、信じられないとばかりに言ったのだ。


「そんな……恋に落ちたらどうするんですか」


「落ちませんよ!!」


思わず声を張り上げていた。


他人を勝手に惚れっぽいやつ扱いするのは如何なものか。

それに、そもそも前提が間違っている。


「……愛とか恋とか物語だけで十分なんで」


紗希は呟き、視線を眇めバルトを見遣ると肩で大きく息をついた。


「聖女様?」


「とにかくバルトさんは心配しすぎです。それよりその蜘蛛って、本当に白い糸を吐くんですか……」


床に転がる錆色のゴツゴツした蜘蛛は、可哀想に紫の泡を吹いていた。


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