14.似合いの二人でお幸せに、私は領地で美活中です(前編)※セレスティーナ視点
店先の騒動にもっと早く気付くべきだったとセレスティーナは密かに後悔していた。
街の人たちの多くはステラの気性を分かっているが、相手の女性はさぞかし驚いたことだろう。
商談室の扉の傍に護衛騎士であるケイオスを待機させ、隣に座るステラを一瞥したあとセレスティーナは不自然さを最大限に削いだ乾いた笑みを張り付けた。
最愛の恋人であるステラは如何せん血気盛んと言うべきか、勢い任せなところがある。
出会った当時と比べれば随分と大人しくなった方だが、稀に狂犬の如く好戦的に噛みつくのは彼女の性なのか、どうにもなかなか治らない。
とはいえセレスティーナが嗜めればこうして隣で粛々と反省し縮こまる。その姿は愛らしく、地位や権威に媚びない向こう見ずな姿勢は存外嫌いではないのだが。
しかし今回はまた大層な相手に喧嘩を売ったものだ。
正確には喧嘩を売った直接の相手は別に居る。
しかし、目の前で両腕を組んで不満そうに座る相手――勇者バルトレッドらしき人物が当事者の代わりに怒りを露わにしていた。
しかしセレスティーナは目の前の男の口から直接事情を聞くまで本人と信じたわけではない。
なぜなら彼は冷徹無慈悲で女を寄せ付けない氷の勇者として有名だったのだ。
唯一の例外は彼の幼馴染である”花雫の乙女”と呼ばれる令嬢ミレーヌ。
氷の勇者も乙女には絆されるのだろうと揶揄られていたのを知っている。
そんな一癖ある男が、ミレーヌでない女性を連れていた。
それだけでも他人の空似を疑う理由にはなる。
彼が連れて現れたのは、ミレーヌと遠くかけ離れた理性的な印象の異国の女性だった。
黒い髪はまるで黒曜石のように神秘的で、同じ色をした猫目からは静かな意志の強さを感じる。
改めて腰を据えて見つめると彼女が纏う神職のような装いにステラが反応したことは理解しつつも不思議で仕方ない。神殿の人間のような狂信的な空気は一切感じられなかった。
ーーーーどこかヒリついた空気を割って口火を切ったのはバルトレッドだった。
「――おっしゃる通り、俺は魔王討伐部隊にいたバルトレッドです」
セレスティーナは僅かに目を見張った。
聞き間違いではないだろうが、俄かには信じられない言葉だったのだ。
まさか自分と同じ人間が居るとでもいうのだろうか。
「では、死んだというのは?」
「魔王城に取り残されたため、そのような報告となったのでしょう。しかしようやく出てくることができました」
問えばバルトレッドは迷いなく答え、店先で紗希と名乗った女性を一度見た。
その視線は一瞬だったが、しかしかつて見たことのない優しさを秘めている。
これがあの氷の勇者かとセレスティーナのバルトレッドを見つめる瞳は剣呑な眼差しとなっていた。
「勇者様の功績は存じておりますが、凱旋から七年ですよ。普通に考えて魔王城で七年も生きているわけがない。そう考えるのが妥当かと思いますけれど……仮に本当だとして、どうして今になって?」
七年前、確かに魔王討伐部隊は国王に勇者の訃報と共に魔王消滅の報告をした。
尊い犠牲の上に平和が訪れたのだと、勇者の霊魂を鎮めるという名目を加えた慰労パーティーが盛大に執り行われた事は昨日の事のように覚えている。
しかし目の前の彼は、その前提を覆す発言をしたのだ。事実だったとして、疑問は次々と浮上し選別すらも惜しい。
慎重に吟味した結果、根本的なところを聞くべきだと思い尋ねると、返ってきたのはなんとも予想し難い新たな衝撃的なもの。
「俺が彼女を……聖女様を異なる世界から召喚したからです」
言葉を咀嚼するのには時間がかかった。
“異なる世界”その単語には馴染みがあったが、まさかこの場で出てくるとは。
眉を顰めセレスティーナが扇子で口元を隠したのは殆ど無意識だった。
「セレスティーナ様」
落ち着いた声音で紗希に呼びかけられハッとしたセレスティーナは続く言葉を待つ。
彼女は何を発するのだろう。
「改めまして、紗希と申します。バルトさんは七年間、魔王城に取り残され肉体の時が止まっていました。私達はあなたにも何か同じような事が起きているのではないかと思って状況を調べにきたんです」
「状況を調べに……?」
これはまた突拍子のない話である。
突拍子のないことには慣れた気でいたが、しかし全くの他人に打ち明けられた内容はセレスティーナの身体を強張らせた。
なにせ、肉体の時が止まる――神殿の言葉では“状態回帰”と名付けられた現象にヴァレリア家はこの七年散々振り回されてきたのだから。
「王都には行かれたの?」
「いいえ、まだ行っていません」
「ではわざわざヴァレリアに……なぜ私なのでしょう?」
勇者バルトレッドがヴァレリア家と同じ状態回帰をする不死者であるとして、しかし自分を訪ねてきた事は謎である。
隣りに着座するステラは叱責後のしおらしさは既に霧散していたものの、口を挟む余裕がないほどに衝撃を受けているようだ。
一方、紗希はセレスティーナの問いに対し何か考えあぐねているようだった。
そんな彼女の躊躇を断つようにバルトレッドが言う。
「それは、この世界が物語の一部だと聖女様がおっしゃるからです。その筋書きでは俺とあなたは惹かれ合うとか……だからこそ物語の因果によって俺が魔王城に幽閉されていたなら、あなたの身にも同じことがあってもおかしくないという理屈です」
淡々と語る。
その表情はまるで他人の話をしている様だった。
それはセレスティーナも同じで、告げられた言葉をひとつひとつ丁寧に飲み込みながらも、けして自分ごととは思えない。
ーー自分と勇者が惹かれ合う?あり得ない。ステラという麗しい一番星が居るのに?
ステラは明らかに動揺していた。
「物語……?惹かれ合うって、あなたとセレスが?何言ってるの……?」
彼女がやっと発した言葉は震えていた。
セレスティーナの七年をずっと間近で見ていたステラはもしかすると真面目に受けているのかもしれない。
動揺するステラを無視してバルトレッドは更に面白いことを告げた。
「つまり、彼女もまた花雫の乙女の予言に似た知識を持っているのですよ」
忌々しい女の代名詞である花雫の乙女。
ミレーヌは以前から何度か予言をアデル王国にもたらした。
その内容は大小様々だが外れたことはなく、七年前の慰労パーティーで王太子の婚約者を辞退するよう迫られた時にも予言をしていた気がする。
「あの雌猫と同じ力を……?」
セレスティーナは紗希を見遣った。彼女があの女と同じ?
「そうです」
確信めいたバルトレッドの言葉に、嫌な記憶が蘇る。
『あんたは悪役令嬢なの。大人しく殿下を譲ってくれないと天罰が下るわよ』
あのパーティーの日にミレーヌに言われた言葉だ。
セレスティーナは心の片隅で、この”状態回帰”と云われる現象がミレーヌの言う通り天罰なのだろうかと七年間ずっと疑ってきた。
あの時、自分が躊躇せず直ぐにでもミレーヌの望みを叶え婚約解消していれば、最愛の兄が狂うこともなかったのだろうかと。
泡沫が浮上するように記憶が蘇り、唐突に胸を掻き乱される
しかしバルトレッドは極めて明朗快活に口を開きこう言った。
「しかしあなたはそちらの不躾なレディと仲睦まじいようで安心しました」
セレスティーナはバルトレッドを静かに見つめ、やがて頬を緩めた。
そうだ。この七年は失うものもあったが、一生手にすることはないと諦めていた本物の愛と巡り逢えた七年でもあった。
彼もまた、そういうものがあったのだろうか。
「俺はそもそも筋書きというのが気に入らない。あなたが彼女と居るなら俺は何の憂いもなく聖女様を愛せますから、お二人を邪魔するつもりは毛頭ありません。ここも速やかに立ち去りましょう」
強い意志の籠った言葉に自然と口端は持ち上がってゆく。
やはり、あなたも同じだったのかと。
「ま、待ってください。セレスティーナ様の話を何も聞いていないのに?」
バルトレッドが呆気なく状況を暴露し、そしてセレスティーナに干渉しない事を宣言したことで一番強い反応を示したのは意外にも紗希だった。
どうやら勇者と紗希の間では齟齬があるらしい。
氷の勇者は随分と彼女に熱を上げているようだが、まるで響いてないのかもしれない。
ステラへの想いを自覚しアプローチを始めた頃を思い出し、セレスティーナは扇子を閉じると目を細めた。
「なるほど……面白い方。彼女は私の事情を気にしているけれど、勇者様は聖女様の予言を否定する理由を探しにいらっしゃったのね」
それから、これまでの誤解を正すべく尋ねた。思い込みを捨てるためである。
「あなたは雌猫の信者ではなかったのですね?てっきり王太子殿下が作った討伐隊は皆、あの女に籠絡されているとばかり思っていましたわ。特にあなたは彼女と付き合いが長いようですし」
「御戯を。彼らはともかく、俺はあの女を憎んでいる」
すかさず語気を強めて返すバルトレッドの様子に、セレスティーナは完全に警戒を解くとティーカップへ指をかけた。
少しは唇を濡らさないと、これから彼らに語る内容は少し長くなる。
「よかった。まともな殿方もいるようで。あなたとは気が合いそうだわ。でしたら折角来たのですからそう焦らないで……紗希さんの希望もあるようですし語って差し上げるわ。私とステラの馴れ初めを」
紗希は『そうじゃない』と言わんばかりの呆れを孕んだ表示をしていたが、諦めてもらうほかない。
なにせ、セレスティーナが現在に至る七年を共有するにはステラの存在は切っても切り離せないもの。
さて、どこから話すそうかとひとり心を弾ませる。
きっと聞いてくれるのは、後にも先にもこの二人しか居ないだろう。
誰にも話せなかった見過ごしてきた孤独に向き合えた話を。
「私も勇者様と同じです。とはいえ私の場合はこのヴァレリア領から出られないのですが」
――――七年前。
魔王討伐の成功と勇者の霊魂を鎮めるための慰労パーティーの日、殿下とミレーヌの秘密の逢瀬を目撃した。
偶然だった。挨拶を終えてしばらく、用事があるからと殿下に断られ会場に残されたセレスティーナだったが、いつもよりキツい締め付けがなされていたコルセットの影響で立ちくらみを感じ少しあとに会場を出たのだ。
その時はドレスを直したらすぐに戻るつもりだった。しかし直後に偶然ミレーヌと殿下が二人連れ立って会場とは違う方向へ向かっているのを見てしまった。
――また花雫の乙女か。
以前からちらほらと二人の関係を噂する小鳥が存在し、その対処には手を煩わされていた。
正直に言って、その時はまだ手を出すなら婚姻後に堂々と側妃に迎えればよいものをとセレスティーナは斜に構えていた。
貴族なら愛のない結婚は当然。王族なら尚更。
恋愛は家の外でする者が多いなか、セレスティーナも“そういうもの”と理解しており、特に王家ならば側室に迎えることは珍しくない。側室に迎え入れたならば、干渉する気などまったくなかった。
だからこの時は、然るべきタイミング待てない二人に対し、ひとこと苦言を呈するために声をかけようと覗いただけだったのだ。
しかし扉の隙間から見えたのは汚物。
絡み合う二人の姿に吐き気が込み上げ、この世で一番薄汚いものに見えた。
恋も肉欲も外で満たしてくればいい、好きにしてくれという考えはただの教育上の学びであって、自分の根底にあるものはそれを受け入れられないのだと自覚した瞬間だった。
――大丈夫、まだ大丈夫。ちゃんとやれる。
パーティーに戻ったセレスティーナだったが、しかしそのあと一刻程して現れたミレーヌは信じられない予言を残した。
『あんたは悪役令嬢なの。大人しく殿下を譲ってくれないと天罰が下るわよ』と。
その夜、父に相談して頭を冷やすためセレスティーナはヴァレリア領へ戻ることを決めた。
これは戦略的撤退だ。
王太子妃教育も終えていて、公務の手伝いさえあれど療養を理由に一時的に戻る事に問題はない。
王都から少し離れればきっといつもの自分に戻れる、そう信じていたのだ。
「しかし結局、愛想がつきたのです。一度や二度ならず王太子殿下と雌猫……いえ、花雫の乙女は、何度も浮気されていたようで……ならば似合いのお二人でお幸せに、と」
セレスティーナの息のかかった王城の侍女頭は殿下の動向を正しく伝えてくれた。
当時王都に勤めていた兄にも探ってもらった結果、真っ黒。
しかもセレスティーナが領地へ下がれば、白いところ探す方が難しいほどに配慮のへったくれもない状況となっていたのだ。
散々迷った末に家族の同意を得て、婚約の辞退を願い出ることにした。
「けれどそこで判明したのです。領地から出られないこと……障壁のようなものに阻まれ私はそれ以上進めなかった。さらに帰りの道中で馬車の事故に遭い、我々ヴァレリア家は一度死にました。しかし御者も同行した者も死んだのに、私達家族は生き返ったのです。それから私は、自分の人生について深く考えるようになり……」
そこで言葉を切り、セレスティーナはチラリと隣に座るステラを見て微笑む。
「この有望なデザイナーを躾けることにしたのです」
――――セレスティーナ自身が王城へ向かう事は叶わなかったが、王太子との婚約辞退のための謁見は父だけが行い、代わりに話をつけてくれた。
大義名分としては、病に伏し王太子妃としての責務が真っ当できないというやむを得ない状況を考慮した結果。
国王は資源が潤沢なヴァレリア家との縁戚を惜しむ様子が見られたが、父は余計な言葉を並べず一歩も外へ出られないの一点張りをしたという。
世継ぎはおろか公務は一切出来ないと言われれば国王も頷くしかない。
『そのような状態では嫁ぎ先もなく苦労するであろう』
絞り出された国王の言葉は、息子との婚姻を辞退するほど病弱ならば淑女として社交の場に立つことは出来ないだろうといった、実質セレスティーナに対する烙印だった。
かくしてセレスティーナは社交界から遠ざかる事となった。
けれどそれは全く問題でなく、むしろ不可解な現象が起きた後では深層の令嬢としてひっそり暮らす方が良いとさえ思えていた。
しかし、退屈は突然やってくる。
病に倒れた令嬢として過ごす日々はやはり息苦しい。分かってはいた事だが一日一日を実際に重ねてみれば誰だってそう思うはずだ。
面倒な設定を作ってしまったセレスティーナは変装して領地内を周るようになっていたが、それでも変哲のない日々はやはり無機質だった。
そんな時に見つけたのがステラだ。
「何よ、はっきり言ってやった方がいいじゃない!」
最近気に入って訪れていた洋裁店、その店の裏から甲高い声が聞こえた。
歳は十四、五歳ぐらいだろう。いつも手際のいい仕事をする自分より年下の針子の少女が店主らしき女性に噛みついていた。
「趣味悪すぎでしょ。ピンクのごてごてフリル付きリボン?あんなの似合わないわよ。ちゃんと自分の子供の顔を見た方がいいわ!もっとクールでキレのあるドレスの方が絶対いい、あの親ぜんっぜん分かってない!!希望を通したら子供が恥かくわよ!」
まるで眩い稲穂の髪を逆毛を立てる獣。
暗がりの影響からか明るい緑だったはずの瞳が薔薇の棘のような色に見えた。
「なんで私が咎められなきゃなんないわけ?手助けしてあげたのに、あの子だって嫌がってたっ!」
いつも不満そうな顔で無言で働いていた彼女が激しく憤っているのを見て、セレスティーナの口端は思わず持ち上がっていた。
彼女はどうやら曲げられない想いがあるらしい。
さて、感情任せの主張は通るのか。
無理だろうと予想したと同時に、店主の女は言い放つ。
「あんたの意見なんか必要ないんだよ。うちの上得意様を怒らせてどうしてくれんのさ!もう堪忍袋も切れたからね、あんたはクビ。もう来なくていいよ」
セレスティーナは店主の言葉に“やっぱり”と感じていたが、少女の方は理解出来ない様子で唖然としている。
「は?どうして……ていうか待ってよ、私……あんたのとこに住み込みだったじゃないっ」
「だから出て行けって言ってんのよ。あんたの持ち込んできた服がまぁまぁ出来が良かったから雇ったけどね、お客様に喧嘩売るときちゃ損でしかないの。むしろ今日まで置いてやったことに感謝して欲しいぐらいさ!」
すると症状は呟いた。
「……返して……」
「はぁ?」
「だったら私が作ったドレス返してよ!!私の作品よ!私のおかげで店も繁盛してたじゃないっ」
「つくづくバカね。そのドレスを作る材料代は誰が工面してると思ってんだか」
――可哀想に、もう少し行儀良く愛想を振りまけばいいのに。
お客の望みを叶える仕事に着きながら、彼女は自分の意見を折れず、雇い主の機嫌すらもまともに取れない人間だったらしい。
そのことがどうしようもなくおかしくて、自分と同じだと思った。
だから、という言うわけではないがセレスティーナは路地裏に取り残された少女に声をかけることにした。
なにせ退屈だったのだ。
「――ねぇ、そこのあなた。なぜ今クビになったか理解されてる?」
呼びかけられた少女は大きな瞳を一層丸くした後、不審者を見る目つきでセレスティーナを睨みつける。
それはそれは野良犬さながらだった。
「私、時間が沢山あるの。せっかくだから教えて差し上げてもいいわ。私の家にいらっしゃい」
どうせ行く宛がないのでしょう、と護衛騎士のケイオスに指示して半ば強引に馬車へ連れ込ませ、そしてセレスティーナは野良犬の躾をすることに決めたのだ。
少女は名をステラといった。
「あんたこれ犯罪だからね!?」
文句はいろいろと言われたが、巡り巡って彼女のためになるのだから将来的に許してくれるだろう。
当時のセレスティーナはそう思っていたが、今になって思えば領地から出れない憂さ晴らしも混じっていたかもしれない。
「口を閉じなさい。不用意に囀らず周りを眺めれば分かるはず。私はヴァレリア家の令嬢で、あなたは行く宛のない無力な少女。私があなたに何を求めているか一度考えてみては?仮にただの人攫いだとしても、相手の目的を見抜けなければ死んだも同然でしょう」
「意味分かんないっ、目的もクソもないわよ。早くおろして!!家がなくてもね、私は針と糸があれば生きていけるのよっ」
これほどの啖呵が切れるなら間違いないだろう。
セレスティーナは喚くステラをますます気に入った。
なにせあの店は繁盛していた。
それがステラが現れてからだというのは噂に聞いていたので容易に予想は立つ。
彼女はきっと素質を持っているのだろう。おそらく、生まれながらに与えられたのだ。
――この子は美の精霊に愛されている。
その後はセレスティーナの目論見通り。
ステラは裁縫が得意で独自の美学を持ち、顧客の特徴に合わせたドレスを作ることに命をかけている。
美容に目がないセレスティーナはファッションにも目が肥えており、やがて彼女を育てる事に意義を感じるようになった。
マナーを教え、淑女としての立ち振る舞いを学ばせる。
ヴァレリア家の家庭教師と共に、実力だけでは生きていけない世界の歩き方を彼女に教えてやったのだ。
そして関門都市ステルダムで店を持たせた。
凶暴な牙を隠す術を教え、借り物の笑みの価値を分からせた。
ただ、目論見から外れたことが一つ。
セレスティーナがステラに惚れたことだ。
その技術とセンスだけでなく、ステラという星そのものに。
歯に衣着せぬ物言いはセレスティーナの水底に置いてきた感情を大きく揺さぶった。
そして彼女は存外義理固く、深窓の令嬢が嘘であることをけして他言しなかった。
まぁ、ヴァレリア家に留め置いているため告げる相手もいないのだが、街に出て生地の買い出しなどの自由を与えた後もセレスティーナについて問われても彼女が応じることはなかったのだ。
「セレス様って全然老けませんよね。私がここに来たのが私が十四の時だから……私も今日であの時のセレス様と同じ歳になったでしょう?てことは二十四歳?まぁ、そんなもんか」
ステラを連れ帰って五年が経過したころだ。
そろそろ気付くのではないかと思ったが意外と気付かれないもので、ヴァレリア家の事情は家族とごく近しい人間だけの公然の秘密となっており、しかしその中にステラは入っていなかった。
ヴァレリア家は食事の必要がない。腹も減らず眠る必要もなかった。形式上、人間らしく生活を送るが馬車の事故以降、空腹を感じたことがない。
髪も伸びず、爪を切る必要もなかった。
まるで綺麗な死体が動いている。そんな風に思っていた。
奇怪な現象……――しかしそれを騒ぐ方が身の危険だと家族で話し合い秘密にしていたのだが、どこからか情報が洩れ、ある日神殿の人間がヴァレリア家を訪れた。
王都に居るはずの兄、サイラスと共に。




