第2節 異端者たちの溜まり場(後編)
酒場の天井に吊るされた古びたスピーカーから、不快な電子チャイムの重低音が響き渡った。
ジジ……とネオン管が明滅し、薄暗い店内を照らす大型モニターの映像が、ノイズの走る青い警告画面へと強制切り替えされる。警告画面には、スケジュールが短縮されたグラフと『星葬ポイント』のインフレ率が表示されている。
『全艦隊へ通達。第4星系の恒星圧縮ユニット群による照射シミュレーション結果、ならびに次回ワームホール跳躍スケジュールの更新をお知らせします――』
冷酷で抑揚のない合成音声が店内を切り裂いた瞬間、カウンターで安酒を煽っていた労働者の一人がショットグラスを床へ叩き落とした。ガシャンとガラスが砕け散る音が響き、あちこちのテーブルから悲鳴と罵声が同時に湧き上がる。
「おい見ろ! 収縮速度が上がってやがる! あと数年でこの星系は潰れるぞ!」
「また『星葬ポイント』の割り増しか!? 俺たちの配給をこれ以上減らす気かよ!」
モニターには、巨大な恒星を包み込む幾何学的な圧縮ユニット群のホログラムと、刻一刻と減少していく安全圏のグラフが映し出されていた。恐怖に血走った目を向けたスラムの荒くれ者たちが、互いの襟首を掴み合って暴れ始めている。
「うるせえよ、ドブネズミどもが!」
バーバラは解体していたピストルのフレームとシリンダーをガチャリと力任せに噛み合わせ、太い固定ピンを手のひらで打ち込んだ。金属同士が激しく衝突する高音がボックス席に響き渡り、騒いでいた周囲の客が一瞬だけ固まって静まり返る。
バーバラは赤茶けたオイルの染みたクロスでバレルを強引に拭い、鋭い殺気を帯びた眼光で酒場全体を睨みつけた。
「怯えてガタガタ震えたところで、ワームホールの底に落ちりゃあ全員まとめて肉の泥だ! 命が惜しけりゃ、今のうちにその腐った安酒で胃袋を満たして腹を括りな!」
彼女がピストルのハンマーを親指でカチリと起こすと、周りの荒くれ者たちは青ざめて視線を逸らし、コソコソと自分のテーブルへ戻っていった。
ルカは組み立て直したアナライザーの側面にあるダイヤルを、小型の校正用ドライバーで一厘単位で回していた。手元に伝わる微小なギアの手応えに全神経を集中させる。
「奴らが酒場で暴れ回れば、その振動で床板の溶接が弾ける。パニックを起こした下層民の足踏みが、ただでさえ限界に近い第7フレームのクラックを広げているんだ」
ルカはドライバーを工具帯へ放り込み、アナライザーの緑色インジケーターが一定の周期で点滅するのを確認した。
「船の悲鳴を増やすことにかけては、あの広報もスラムのバカどももいい勝負だな」
酒場の奥、薄暗いボックス席を包む空気はますます重く沈み込んでいった。
ダクトから吹き出す生温かい排気と、過熱した電子機器が発する微量のオゾン臭、そしてバーバラのピストルから漂うガンオイルのツンとした匂いが密閉された空間に澱んでいる。
「結局のところ、すべてはあの高貴な経路管理局様のお手並み次第というわけだ」
シオンは着崩したジャケットの襟を正すと、首にかかった大型ヘッドホンを深くかぶり直し、有線コネクターをデータアレイの側面ポートへ力強く叩き込んだ。青白いモニター光が、彼のクマの濃い目元を怪しく浮き上がらせる。
「絶対安全域の座標は都市船の富裕層へ高値で売られ、僕たち泥船の住民には余り物の危ない端切れが与えられる。実にわかりやすい階級社会の縮図じゃないか。神様が作った世界なら少しは慈悲もあるだろうが、人間が作ったペテンのシステムはどこまでも強欲だ」
「あいつらのお上品な買い物のせいで、あたしの家族はエッジバーンで宇宙のゴミになったんだ」
バーバラの粗野な声が、不気味なほど低く低音に沈んだ。彼女は腰のホルスターから重い9ミリ実弾を指先で一発ずつ引き抜き、ピストルのシリンダーへ装弾していく。カチリ、カチリと薬室が埋まる乾いた金属音が、彼女の内に秘めた激しい殺気を物語っていた。
「安全座標だ? 確率計算だ? 笑わせるんじゃないよ。あいつらは高みの見物決め込んで、あたしたちの命でサイコロを振ってるだけさ」
ルカは冷え切った合成酒の残りを一気に煽り、泥汚れの目立つショットグラスをカウンターの方へ押しやった。そして、ハンダ付けを終えたアナライザーを首元へかけ直すと、工具箱のラッチをカチリと音を立てて固く閉めた。
「どれだけ呪ったところで、俺たちの手元にあるのはサビた鉄板と折れかけのボルトだけだ」
ルカは引き締まった身体を起こし、前傾姿勢のまま薄暗い店内の奥を見つめた。
「管理局のペテンを叩き潰す力もなければ、恒星の死を止める技術もない。俺たちにできるのは、次のジャンプでこの泥船が崩壊しないよう、ギリギリの綱渡りを続けることだけだ」
「……ふむ、基本的には君の言う通りだ、ルカ。ただし――」
シオンはキーボードを打つ手を一瞬だけ止め、大型ヘッドホンの片耳を少しだけずらした。モニターの画面上で、無小な波形データがノイズの海の中で不自然に明滅している。
「――ごくたまに、神様のペテンにも『文字化け』が混ざることがある。先ほどパラサイト・バンド(寄生波通信)の暗熱ノイズから、妙な波形をすくい上げたんだ。今、解析しているところ…」
「ただの古い通信ブイの残骸か、破棄されたゴミデータのゴミ箱だろうよ。夢を見る暇があるなら、明日の補強プランの数値を頭に叩き込んでおけ。船は待ってくれない」
ルカは冷淡に言い捨て、作業着の襟を立てた。
バーバラはピストルのシリンダーをカチリと戻し、粗野な赤毛をかき揚げながら暗闇へ鋭い視線を向けた。
スラムの底で、異端者たちの夜が静かに更けていく。




