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ツギハギの方舟 ~生存確率0%の跳躍(ダイブ)  作者: Mr.Q
第2章 すり潰された誇りとツギハギの原点

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第14節 機械の審判(前編)

耐寒装甲板を噛み合わせた接合部から、青白いプラズマ溶接の火花が激しく散った。


ルカは首元に下げたハンディアナライザーの針を睨みつけながら、右手で握ったプラズマ溶接機の照射ノズルをミリ単位で滑らせた。皮製アームカバーには焼け焦げたサビと手油、そしてこの「はぐれ惑星」の地下都市から漂う硫黄臭い蒸気の粒子がこびりついている。足裏からは、溶接熱によって膨張する脱出船のメインフレームが発する微小な金属振動が伝わってきた。


「右側のマウントボルト、トルク設定が三割足りないぞ。このままスラスターを全開にしたら、離陸のショックでエンジンが尻から抜けて宇宙のチリだ」


ルカは顔を上げず、傍らで重構造用スパナを抱えて立ち尽くしていたパラテラフォーマーの若い技師へ冷淡に言い放った。汗とハンダの焦げ臭さが鼻を突く。


「ま、待ってくれ、この穴のピッチは元から歪んでいて、手回しじゃこれが限界――」


「力でねじ込め。ボルトが悲鳴を上げているうちに締め切るんだ。お前の手首が折れるのが先か、スラスターが固定されるのが先かの二択だ。壊れた船を騙すのに綺麗な理屈はいらない」


ルカは溶接機をバイパス配線へ押し当て、溶融した異種金属を力技で圧着させた。その数メートル横では、フライトジャケットの袖を捲り上げたバーバラが、巨大なパイプレンチをスラスターの燃料圧送バルブに叩き込んでいた。全身の筋肉を痺れさせるほどの肉体労働に、彼女の赤い髪が汗で額に張り付いている。


「大工の言う通りにしな、ボウズ!船のボルト一本で腰が引けてるようじゃ、宙に出た瞬間に自分の吐瀉物で窒息するのがオチだよ!」


バーバラは悪態をつきながら、体重をかけてレンチを力任せに蹴り倒した。ガチリと重い金属音がドック内に響き、バルブが完全に密着する。


その時、ドックのキャットウォーク上部に設置された簡易通信アレイから、激しい電子ノイズの金切声が響いた。


シオンが首にかけた大型ヘッドホンを両手で押し当て、青白いモニター光の中で顔を歪めていた。携帯端末の画面には、幾何学的な干渉波形が爆発的な速度で描かれていく。発熱する冷却ファンが、冷えた地下の空気を切り裂くような重低音を上げていた。


「ルカ、バーバラ、作業の手を少しだけ早めた方がいいかもしれない。あるいは、遺言の準備をするかだ」


シオンは血の気のない唇を歪め、指先で画面のデータをルカの首元のアナライザーへと転送した。


「上空の重力波データに美しいまでのスパイクノイズが乗っている。この星の大気圏外縁に、巨大な『爪』が突き立てられたような波形さ。空間の歪み方が、僕たちの脱出船の悲鳴とは規模が違う」


「管理局の追撃艦隊か?」


ルカは溶接機のスイッチを切り、薄暗いドックの天井を見上げた。


「いいや。それならもっと情緒的で無駄な通信ログが前触れとして届くはずだ。この信号には言葉も意志もない。ただの周波数と、膨大な質量の降下ベクトル――《敷設者》の掘削AIボット群だ。この星の鉱物資源を『マイニング』するために、上空から雪崩のように降りてくる」


ドックの外、巨大な竪坑の開口部から吹き下ろす猛吹雪の音が、急激に重い超低周波の地鳴りへと変化した。硫黄と地熱の蒸気が混ざり合う白銀の空を、無数の漆黒の影が覆い尽くしていく。幾何学的な円筒と無数の多脚アームを備えた巨躯が、雲を切り裂き、一切の躊躇もなく地表へと落下を開始していた。


「地表の削岩シークエンスが始まるぞ。あのサイズだ、ここは数時間でただの平坦な更地に変わる」


シオンは端末のキーボードを軽快に叩きながら、どこか投げやりな調子で吐き捨てた。


「あのデカブツどもは、下にあるのが人間の街だろうがただの岩盤だろうが気にしちゃいない。僕たちが蚤のサーカスをやっている最中に、靴底で踏み潰しにきたわけだ」


「冗談じゃないよ」


バーバラが実弾銃のハンマーをカチリと起こし、吹雪の隙間に見え隠れする機械の影へ銃口を向けた。


「せっかくこのツギハギの足腰を組み直したってのに、工事現場のショベルカーに踏み潰されてたまるかい。ルカ、エンジン始動のバイパスを繋げ! 地下都市の連中にも声をかけて、このクソ寒い穴ぐらから即刻おさらばするよ!」


---


地下都市の中央広場メインプラザは、噴き出す地熱蒸気と興奮した群衆の熱気で異様な空間と化していた。掘削された巨大な岩壁には、かつて宇宙船だった装甲板やジャンクパーツが蜂の巣状に埋め込まれ、手作りの配管網が不気味な脈動を打っている。


広場の中央、削岩機を改造した重圧台座の上に、パラテラフォーマーの長老が立っていた。油と泥に塗れた防寒着を纏い、その手には旧式の実弾ライフルが握られている。周囲を囲む数百人の住民たちもまた、削岩用レーザーや高爆発爆薬のパック、手作りの電磁砲を抱えて声を荒らげていた。


ルカは蒸気パイプの影からプラザの壇上へと足を進めた。その後に、端末を抱えたシオンと、銃を低く構えたバーバラが続いた。


「長老、議論をしている時間はない」


ルカは感情を交えない冷徹な声で、群衆の喧騒を切り裂いた。


「降りてきているのは《敷設者》の環境整備ボットだ。この地下都市の構造力学限界を計算したが、第一波の穿孔衝撃だけで天井の岩盤は五十パーセントが崩落する。抗うだけ無駄だ。俺らの船の貨物区画を削れば、あと数十人は乗せられる。今すぐ武器を捨てて逃げろ」


長老はゆっくりと深緑の瞳をルカに向けた。その顔には、地上を掘削し、地底に根を下ろしてきた者特有の深く頑固な皺が刻まれていた。


「船乗りよ。お前たちの親切には感謝する。だが、我々は逃げん」


長老は地熱パイプの熱を確かめるように、手垢のついたライフルで鉄骨を叩いた。


「宇宙を漂流し、安全な座標を求めて右往左往するお前たちの生き方を否定はせん。だが、我々はこの『大地』を選んだのだ。西暦の昔から、人類は土に足をつけ、星と共に生きてきた。《敷設者》の都合で家を追われ、宙のチリとなって漂うくらいなら、この誇りある掘削坑を我々の墓標とする」


周囲の住民たちから、地鳴りのような歓声が上がった。手作りの電磁砲が重い作動音を立て、排気口から青いプラズマの煙を吐き出す。


「正気かい、爺さん!」


バーバラが前に踏み出し、長老の胸元に指を突きつけた。


「誇りで腹が膨れるかい? 家族がすり潰されてから『大地万歳』って叫ぶつもりか? あたしはな、管理局のペテンで船ごと消し飛ばされた身内を嫌というほど見てきたんだよ! 操縦桿を握って生き延びる以外に、本物の自由なんてねえんだ!」


「それはお前たちの自由だ、お嬢さん」


長老の口調は静かだったが、岩盤のように硬かった。


「我々にとっての自由は、この地に根を張り、この地で果てることだ。たとえ相手が神の機械であろうと、我が家を踏みにじる足には一砲丸叩き込んでやるのが、パラテラフォーマーの流儀だ」


その頑迷な言葉に、シオンが頭を抱えて深々と溜息をついた。端末の青いモニター光が、彼のシニカルな笑みを浮かび上がらせる。


「美しいね。歴史教科書の最終章に挿絵付きで載せたくなるような、完璧な悲劇のイデオロギーだ」


シオンは気取った仕草で鼻を鳴らした。


「でもね、長老。彼らは君たちのその気高い美学を、解読用のテキストデータとしてすら受信してくれない。論破する相手すらいない裁判所で、独り言を叫んで死ぬ気かい?」


「言葉はいらん」


長老はライフルを上空の竪坑へと向けた。


「我が防衛隊の削岩爆薬は、厚さ十メートルの強化装甲すら穿つ。やってみなければ解らん」


ルカはは長老の足元、手作りの粗末な蒸気バルブと、いまにも破断しそうな天井の支持ボルトを静かに見つめた。


「物理計算に『やってみなければ解らない』なんて項目はない」


ルカの目は氷のように冷ややかだった。


「爺さんたちの爆薬の薬量は、あのボットの一次装甲を0.01ミリ摩耗させるのが限界だ。そして、爺さんたちがその火薬を爆発させた振動自体が、この地下都市のメイン支柱を破砕する。敵に殺される前に、自分たちの手で作った天井に押し潰される計算だ」


ルカは工具帯のプラズマカッターを締め直し、背を向けた。


「もう説得はしない。無駄な計算に付き合う時間はないんだ。バーバラ、シオン、船へ戻るぞ。脱出船のエンジンを暖気しろ」


「ルカ! 本気でこの分からず屋どもを見捨てるのかい!?」


バーバラが荒々しく叫ぶが、ルカは足を止めなかった。


「見捨てるんじゃない。俺たちは『生き残る計算』をするだけだ。船が軋んでいる。破滅の音を止める気がない奴らに、貸してやるハンダごてはない」


背後で、パラテラフォーマーたちの悲壮な勝鬨が上がった。竪坑の開口部から、赤熱したドリルを備えた巨大な多脚ボットの先端が、岩盤を削り砕く猛烈な重低音とともに姿を現し始めていた。



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