第13節 パラテラフォーマー(後編)
錆びついた金属扉が重々しい摺動音を立てて開くと、湿った熱気から一転して、静電気と古い樹脂の焦げた匂いが漂う空間が現れた。
地下都市の旧式アーカイブ室。掘削された岩壁に組み込まれた棚には、発光素子の死んだ旧時代のモニターや、地層から掘り出された西暦時代の金属遺物が不気味に並んでいた。
「ここは我々の記憶の墓場だ」
長老は埃をかぶった無骨な受動コンソールへ歩み寄り、手垢にまみれたインターフェースへ、掘削地層から回収されたという黒い記憶メディアを差し込んだ。
ガリガリとドライブが異音を立て、空間に歪んだホログラム光が爆発的に広がった。
青白い光の中に浮かび上がったのは、西暦2500年代——人類がまだ地球という球体に閉じ込められていた時代の記録映像と構造データだった。
シオンが即座に大型ヘッドホンを深くかぶり直し、携帯端末の有線ケーブルを旧式コンソールの出力端子へ強引に割り込ませた。青い画面上で幾何学コードと破損ログが目まぐるしく走る。
「……信じられないな」
シオンはキーボードを叩く指を微かに震わせ、血の気のない唇で自嘲気味に笑った。
「僕たちが崇めてきた経路管理局の『創世記』が、ただの粗大ゴミの目録だったなんて。美しい伝説も形なしだ」
ホログラムに投影されたのは、《敷設者》の超巨大母艦が初めて太陽系に飛来した際、地球の崩壊に直面した人類の惨劇だった。
映像の中の人間たちは、救世主の作った船に乗って宇宙へ飛び立ったわけではなかった。
軌道上に浮かぶ全長数十キロの軌道エレベーターステーションの基部を強引に切り離し、火星行きの大型輸送船や資源採掘用のメガフロートをワイヤーとプラズマ溶接で強引に繋ぎ合わせていた。さらに、その外郭を補強していたのは、《敷設者》の自動建築ユニットが宇宙空間に吐き捨てた金属スラグや廃棄装甲の破片だった。
「これが……都市船の正体か」
ルカは首元のアナライザーの針を凝視しながら、低く呟いた。アナライザーが弾き出す構造剛性の計算値と、目の前の2500年代の補強図面が完全に一致していく。
「救世主の作った方舟どころじゃない。軌道ステーションの土台に、火星輸送船を連結して、《敷設者》の捨てた鉄くずで覆っただけの『漂流ゴミ箱』だ。泥船に至っては、小型シャトルと輸送船のガラクタを寄り集めただけのツギハギの棺桶だな」
「ハッ、笑わせるね」
バーバラが安タバコを壁に擦り付けて火をつけ、紫煙を吹かした。硝煙と甘い嗜好品の匂いが、アーカイブ室の埃っぽい空気に混ざり合う。
「管理局の高級将校どもは、自分たちが神聖な『選ばれし船』に乗ってるつもりで、泥船の下層民を見下してやがったんだ。その実、全員が巨大なゴミ溜めの中で気取ってただけかい」
「だが、それが事実だ」
長老が静かに告げる。
「人類は先史文明に救われたのではない。《敷設者》が作業のついでに放り投げた廃材にすがりつき、命からがら太陽系を脱出したに過ぎん。お前たちが維持し、奪い合い、命をかけて逃げ回っている『船』のルーツは、最初から惨めなツギハギの方舟なのだよ」
ルカはホログラムの光を見つめ、火傷痕のある自分の手元を固く握りしめた。
頭の中で、泥船の最下層で聞き続けてきたあの不快な金属の軋み音が蘇る。あれは神の試練でも社会の限界音でもなく、最初からゴミとして組み上げられた構造体の、物理法則に従った悲鳴に過ぎなかったのだ。
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地下都市の最下層ドックでは、地熱パイプから吐き出される白煙の中、猛烈なプラズマ溶接の火花が夜空の星のように散っていた。
不時着の衝撃で破断した脱出船の主フレームの周りには、パラテラフォーマーの技師たちが集まり、掘削用の重構造ボルトや耐寒装甲板を無造作に積み上げていた。
「おい、そこの圧力配管を引っ張るな! バイパスの安全弁が吹っ飛ぶぞ!」
ルカは焦げつく耐熱グローブをはめ直し、熱を帯びた溶接機を手に、機体の腹下に潜り込んでいた。青白いプラズマ火花が皮製アームカバーに飛び散り、肉が焼けるような香ばしい油の臭いが立ち込める。
ルカの手元には、先ほど長老から手渡されたパラテラフォーマーの手作り強化フレームが力技で圧着されようとしていた。
シオンは船体の外部電源ポートに太いバイパスケーブルを叩き込み、端末の青い光の中で充電インジケーターのメーターを睨んでいた。
「惨めなゴミ箱のルーツを知った直後に、またゴミと余り物の鉄板で船をツギハギ補強かい?」
シオンは大型ヘッドホンを直しながら、軽口を叩いた。
「僕たちのやってることは、西暦2500年の先祖から一歩も進歩していないね。いや、より洗練されたパッチワークか」
「余計な口を叩いてる暇があるなら、受動センサーの電圧を0.2ボルト下げろ」
ルカの冷徹な声が、機底の溶接火花の隙間から響く。
「この異種金属フレーム、導電率が狂ってる。ワームホール跳躍の過電流で一瞬で融解するぞ」
「了解、了解。ハッカーを電気工にする気かい」
シオンは文句を言いながらも、高速打鍵で電圧数値をすばやく補正した。
その横で、バーバラが巨大な鉄製スパナを両手で握り締め、補助スラスターのマウントボルトを力任せに締め上げていた。タンクトップ姿の背中に汗が光り、筋肉が強く緊張する。
「へっ、地球のゴミだろうが《敷設者》の廃材だろうが、関係あるかい」
バーバラは歯を見せて獰猛に笑い、スパナをコンと叩いた。
「あたしたちを宙へ運んで、あの気取った管理局のペテン師どもの鼻明かしができるんなら、この船は最高の足だ。あたしの操縦で、このツギハギを光速まで吹かしてやるよ!」
ルカは溶接カッターの火を消し、煙立つ作業着の袖で額の汗を拭った。首元のアナライザーを当てると、補強されたフレームの応力数値が、歪みを殺して静かに安定領域へ収束していくのが見て取れた。
「……よし。剛性は持つのだ」
ルカの瞳から虚無感は消えていた。自分たちの乗る船が惨めなゴミの集まりであろうと関係ない。物理法則だけは誤魔化せない真実であり、それを補強し、バランスを取り、動かす技術が己の手元にある。
「修理を終わらせるぞ」
ルカは工具帯を締め直した。




