第13節 パラテラフォーマー(前編)
「動くな!外来者」
削岩機をバーバラに向けている男とバーバラの間に割って入ったルカを制止しようと作業着の胸元を油で汚した男が、手作りの電磁砲のバレルをルアの胸元へ突きつける。空気中に静電気のピリついた匂いが立ち込め、金属の焦げる臭いが鼻を突いた。
バーバラはルカの胸にレールガンを突きつける男を睨みつけて、愛用のピストルのシリンダーを親指でカチリと回した。フライトジャケットの隙間から覗く首筋に、冷や汗が一すじ流れる。
「威勢がいいね。だが、その大層なレールガンの蓄電器、端子が焦げ付いて今にも逆流しそうだよ。引き金を引いた瞬間、自分の指ごと吹き飛ぶのはあんたの方だ」
「試してみるか?」
「やめておけ」
均衡を破ったのはルカの冷めた声だった。ルカは首元から下げた応力アナライザーの端子をハンダごてで弄りながら、足裏から伝わる床面の振動と、頭上の掘削天井にかかる加重を目線だけで弾き出していた。配線が焦げる青臭い煙が、一触即発の空気の中に漂う。
「その天井の補強フレーム、主ボルトが一本脱落している。ここで火花を散らして一発でも実弾をぶち込めば、圧力波でこの広場全体が崩落するぞ。アンタらとガレキの下敷きになる趣味はない」
ルカは作業着の袖で汗を拭うと、手元にあったプラズマ溶断機と、油まみれのアナライザーを無造作に提示してみせた。
「……見事な観察眼だな」
群衆の奥から、くぐもったダクト排気音とともに一人の老人が歩み出てきた。継ぎはぎだらけの耐火アームカバーをつけ、手垢と機械油が手すじに染み込んだ老人。身なりからしてこの老人もルカと同じメカニックだろう。
長老はルカの火傷痕だらけの腕と、手元の使い古されたアナライザーに視線を落とすと、深く刻まれた目尻のシワを緩めた。
「船乗りか。しかも、泥と火花の中で泥臭く叩き上げられた手だ。……銃を下ろせ。彼らは破壊者ではない」
武装住民たちが不満げに鼻を鳴らしながら兵器の安全装置をかける。バーバラもまた、シリンダーのハンマーを静かに戻し、ピストルを腰のホルスターへと収めた。
「助かったよ、ルカ。あのまま威嚇射撃を叩き込むか、本気で悩んでたところだ」
バーバラが低く呟く。
「お前の射撃精度は信じてるが、この岩盤の強度数値は信じられないからな」
ルカはハンダごてを工具帯に突っこみ、冷ややかに応じた。長老は二人と、首のヘッドホンを指でいじりながら周囲の配線構造を観察していたシオンを一瞥すると、顎で奥の通路を示した。
「ついて来なさい。寒さを凌ぐ暖かいスープと、話すための場所くらいはある」
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地熱発電プラントを見下ろす高台のキャットウォークは、手作りの巨大な蒸気タービンが唸りを上げ、地鳴りのような重低音で常に揺れていた。
プラントの周囲には、地熱と人工光を利用した多段式の栽培棚が広がり、生々しい土と温室植物の匂いが立ち込めている。無菌室のような都市船や、乾燥した排泄物臭のする泥船とは根本的に異なる、泥臭い「生」の匂いだった。
シオンは手すりに身を乗り出し、小型端末の有線コネクターを近くの蒸気バルブ制御器に繋ぎ込んでいた。青白いモニター光が、彼の寝不足の目の下にできたクマを浮かび上がらせる。
「驚いたね」シオンはキーボードをカチカチと高速で叩きながら、気取った口調で呟いた。「寄生波通信のノイズすら拾えない完全な閉鎖回路だ。外部のシステムに依存せず、地底の泥と蒸気だけでリサイクル構造を完結させている。……まるで化石の時代の生態系を見ている気分だよ」
「化石とは失礼だな」
長老が無骨な金属カップを3人に手渡した。中には地熱で温められた、独特の根菜の匂いがする濁ったスープが入っている。
バーバラはカップを受け取ると、ひとくち煽り、鼻から息を吐き出した。湯気が彼女の赤毛を湿らせる。
「美味いスープだけどね、長老さん」
バーバラは眼光を鋭くし、眼下に広がる地下都市を見下ろした。
「理解できないね。どうして船を造って逃げねえんだ? 地下穴に潜って籠城を決め込むなんて、正気の沙汰じゃないよ」
長老はキャットウォークの太い鉄製手すりに、節立ったゴツゴツした手を置いた。配管から伝わる地熱の温もりを、確かめるように掌で包み込む。
「どこへ逃げるというのだ、お嬢さん」
「どこへって……宙だよ! 艦隊に交じってワームホールを潜り抜けりゃ、次のハビタブル惑星か、マシな泥船くらいは見つかる!」
「そして、次の星が死ねばまた逃げるのか?」
長老の静かな問いが、タービンの重低音の隙間に落ちた。
「逃げて、逃げて、宇宙のゴミ箱のようなツギハギの船の中で何世代も擦り切れていく。それを生きていると呼ぶのかね?」
「……なんだと?」
バーバラが眉をひそめ、粗野にカップを叩きつけようとしたが、長老は揺るぎない目で言葉を続けた。
「我々は『パラテラフォーマー』だ。地に足をつけ、土を掘り、この星と生き、この星と死ぬことを選んだ。宇宙を漂流し、星を食い散らかしては捨てるお前たち艦隊社会の人間は、自分たちを自由だと思っているのだろう。だがな、大地を捨てた者に自由などない。お前たちはただの、終わりなき難民だ」
長老の言葉に、シオンは打鍵の手を止め、大型ヘッドホンを首に下げて静かに目を伏せた。
「……手厳しいね。僕たちの存在理由を、根底から否定された気分だ」
「否定はせん」
長老はルカを見た。
「だが、あの船に乗って逃げ続けることが、本当に人間としての『生き残る計算』に合致しているのか。お前さんはどう思う」
ルカは首元のアナライザーの数値をゼロリセットし、冷え切ったスープを飲み干した。
「俺は神様や大義のために船を修理してるんじゃない」
ルカの口調は淡々としていた。
「足元の鉄板が抜ければ死ぬ。だから塞ぐ。目の前の構造が歪めば崩壊する。だから補強する。逃げるか残るかじゃない。俺たちには、壊れた船で生き延びる計算しか残されていないだけだ」
長老は一瞬だけ目を見張り、それからくっくっと低く笑った。
「なるほど。ただの職人だと思っていたが……お前さんは、誰よりも恐ろしい現実主義者だな」
長老は向きを変えると、キャットウォークの奥、重厚な耐圧隔壁の向こうを指し示した。
「ならば、現実を見せてやろう。お前たちが崇め、恐れ、逃げ惑っている『船』と『歴史』の、本当の姿をな」




