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ツギハギの方舟 ~生存確率0%の跳躍(ダイブ)  作者: Mr.Q
第2章 すり潰された誇りとツギハギの原点

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第11節 物理的限界のチキンレース(後編)

焦げた絶縁体の油煙と、プラズマカッターが撒き散らす硫黄臭い排気が、狭小な機関部バイパスに充満していた。


「ルカ! 第三ブロックの応力歪みが限界数値をぶち破った!」


インナーコム越しに、シオンの引きつった叫びが鼓膜を刺す。首にかかった大型ヘッドホンから漏れ出るノイズ音が、通信の背後で甲高く狂い咲いていた。


「左舷の過荷重フレームが、主機スラスターのマウント軸を外側に引き千切ろうとしてる! あと十五秒で歪みモーメントが許容値を突破するぞ! 破断したら船が真っ二つだ!」


「叫ぶ暇があるなら、そのヒョロい腕で予備のハンダでも持ってこい!」


ルカは皮製アームカバーに飛散する猛烈な溶接火花を浴びながら、首元の応力アナライザーの数値を睨みつけた。足裏から膝へ直接叩きつけられるのは、異種金属が引き裂かれまいと悲鳴を上げる破壊的な共振だった。


過荷重の原因は明確だった。泥船から引っ剥がしてきた重構造装甲のアンバランスな質量だ。


「安心しろ、メインフレームが跳ね飛ぶ時は一瞬だ!痛みを気にする暇もなく肉片になるんだから、計算表の画面ばかり見つめて青ざめるな!」


ルカは毒を吐きながら、手元のアナログレバーを叩き落とした。プラズマカッターの高熱ノズルから青白い炎が吹き出し、赤熱するドッキングボルトの肉厚金属を真っ赤に溶かし破砕していく。


ガチャン、と機体全体を激震が襲った。


切断された数百キロの無用な装甲板が、火花とともに宇宙空間へ吐き出された。


「右舷の重荷ゴミをパージした!バーバラ、姿勢を立て直せ!」


「急に軽くしてんじゃないよ、大工!軸が右に取られてスラスターが空転したろ!」


操縦席のバーバラが荒々しく怒鳴り返し、激しく揺れ動く操縦桿を力任せに抱え込んだ。シートベルトが彼女の胸部を強く締め付け、タンクトップの隙間から汗が吹き出す。彼女はスラスターの吐出圧力を直感で微調整し、激しく横振れする機首を力づくで前方の暗闇へねじ戻した。


足裏から伝わる微振動の周期が、ゆっくりと均一な周波数へと落ち着き始めていた。


「応力歪み、ゼロへ収束!補強バイパスの溶接完了だ!」


「よくやった! だが歓迎の砲撃が追いついてくるよ!」


シオンが端末のキーボードを叩き叩き、過熱した基板から立ち上る紫煙を息で吹き飛ばした。青白いモニター光の中に、追撃する《クジラ》の防衛ボットが放つ長距離プラズマ砲の照準軸が、赤く立体描画される。


「強奪した《クジラ》の電力を、そのままワープアンプの過電流バイパス回路へぶち込む! 神様の電気でワープ回路を灼熱させるんだから、文句は言わせないよ!」


「御託はいい、短距離ワープの起動レバーを引け!」


機関部からコックピットへ滑り込んだルカが、シートに身を投げ打って固定帯を叩き止めた。


「死んでも手すりから手を放すんじゃないよ!」


バーバラの狂暴な叫びとともに、ワープ起動レバーが床まで蹴り倒された。


過充電されたワープアンプ回路が限界を超えて咆哮した。空間が激しく歪み、フロントガラスの向こうに広がる漆黒の星空が、白く引き伸ばされた巨大な光の筋となって視界を覆い尽くす。


強烈な空間歪曲の衝撃が機内を叩きつけた。物理法則を無視した加速度(G)が3人の肉体をシートへ深く押し潰し、ツギハギの装甲板が「ギギギ……」と不気味な悲鳴を上げる。ルカの手元のアナライザーの針が振り切れ、シオンのヘッドホンからは耳を裂くような重力波ノイズが吹き荒れた。


そして——すべての音が途絶えた。


引き伸ばされていた光の帯が不規則に弾け飛び、空間の歪みが元の漆黒へと収束する。


背後にそびえていた《クジラ》の超巨大な体躯も、しつこく迫っていた追撃ボットの赤熱レーザーも、完全に姿を消していた。どの星系からも遠く離れ、恒星の光すら届かない極寒の領域への短距離ワープは完遂されたのだった。


だが、静寂が訪れたのも束の間、コックピットのコンソールが一斉に血のような赤色アラートを吐き出し始めた。


「ワープ完了……だが、メインスラスター応答なし!過熱したアンプ回路が全滅した!」


シオンが首のヘッドホンを外して膝の上に落とし、煙を噴く端末を指差しながら絶望的に叫んだ。


「操舵系統も死亡だよ! ステアリングが完全に固着して動かない!」


バーバラが手応えを失った操縦桿を力任せに揺すったが、油圧バルブの反応音は途絶えていた。


満身創痍の脱出船は、推力と制御の双方を失い、完全に暗黒の宙域を漂流する鉄の塊と化していた。


「おい……見ろ」


ルカが汚れたフロントガラスの霜を耐熱グローブで拭い落とし、前方を見据えた。


視界の先、漆黒の暗闇の中に、白銀の光をぼんやりと反射する巨大な球体が浮かび上がっていた。恒星の光を受けない「はぐれ惑星」だ。その地表からは、地熱による硫黄臭い蒸気と、凍てつく吹雪の噴煙が微かに宇宙空間へと立ち上っている。


脱出船は、限界ワープの反動による慣性軌道そのままに、はぐれ惑星の重力圏へと吸い寄せられていた。


「落ちるぞ」


ルカがアナライザーの数値をゼロリセットし、冷めた口調で告げた。


「突入の角度調整もできない。このまま地表へ激突だ」


「追っ手を撒いたと思ったら、今度はあのデカい氷の玉に頭から突っ込むってかい!」


バーバラは操縦パネルの緊急ブレーキ用レバーを力任せに引き倒し、安タバコのフィルターを噛み潰しながら獰猛に笑った。


「全員座席にしがみつきな!安全基準の神様がいない不時着の時間だよ!」


脱出船の船底がはぐれ惑星の薄い大気圏と接触し、猛烈な摩擦熱の橙色の光がフロントガラスを赤く染め始めた。重力に引かれたツギハギの機体は、白銀の氷原と黒々とした岩盤が広がる地表に向かって、激しい轟音とともに落下を開始していった。



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