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ツギハギの方舟 ~生存確率0%の跳躍(ダイブ)  作者: Mr.Q
第1章 絶望の底で軋む星々

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第1節 軋む世界の底(後編)

熱を帯びたバイパスパイプの残光が薄れると、通路には排気ファンの重苦しい重低音だけが残された。


ルカは溶接カッターの安全ロックをカチリと掛け、腰の工具帯へ放り込んだ。現場監督の甲高い小言を背後に置き去りにし、狭い保守用ステップを上って排気ダクトの上部へと移動する。


そこは、泥船アグリ・シップの外装装甲が不揃いに重なり合う接合部の隙間だった。


足元から這い上がる焦げたグリスと排泄物の臭いに交じり、ダクトから吹き出す生ぬるい温風が、汗で濡れた作業着を不快に湿らせる。ルカは首に巻いた粗悪なボロタオルを引き抜き、額から目元へ垂れてくる黒い汗を乱暴に拭った。プラズマの火花を浴びた右腕の皮膚が、皮製アームカバーの隙間で赤く腫れ上がり、ピリピリとした熱を持っていた。


「……フゥ」


ルカは膝を折り、汚れた強化ガラスの小さな観測スリットの前に腰を下ろした。直径二〇センチほどの円形スリットは、内側に付着した油膜と外側の宇宙塵デブリの傷で半透明に濁っている。


首元のアナライザーに指を掛け、ダイアルを親指で小刻みに回してゼロ点調整ゼロリセットを行う。短い液晶画面に走る緑色の波形は、先ほどまでの激しい振幅を収め、微細なパルスを刻むのみとなっていた。


だが、骨に響く重圧音は消えない。


ギィ……ギギ……、と船体フレームが低く唸る。1000年分の金属疲労と、何百回ものワームホール跳躍で刻まれた不可視の歪み。船全体が、ゆっくりと巨体を捩りながら悲鳴を上げ続けている。ルカにとって、この不快な重低音は幼少期から絶え間なく聴き続けてきた子守唄であり、世界の終わりを知らせるカウントダウンの音でもあった。


濁ったガラス越しに外の闇を覗き込む。


そこにあるのは、漆黒の宇宙空間と、遠方の恒星圧縮ユニット群が放つ鈍い赤紫色の光害だけだ。本物の、歪みのない綺麗な星空など、ルカは一度も目にしたことがなかった。上層の管理区域に貼られた「星葬ポイントを貯めて美しい宇宙へ」という薄汚れた街頭ポスターの言葉が頭をよぎるが、ルカは冷めた息を吐き出し、画面から目を逸らした。


物理法則は、どんな祈りも聞き届けない。この鉄の棺桶はただ、次のワームホールジャンプの衝撃に耐え切れるか、あるいは過荷重で自壊するか、それだけの単純な構造計算の上に浮いているに過ぎなかった。


ルカはアナライザーを胸元へ仕舞い込み、冷えた鉄板の上に頭を預け、短い静寂の中で呼吸を整えた。


---


工具箱のラッチが乾いた金属音を立てて噛み合った。


ルカは立ち上がり、油と錆で重くなった作業着の襟を立てると、最下層から中層へと通じる垂直昇降機エレベーターシャフトの前に立った。


ギシギシと悲鳴を上げる巨大な鉄籠かごが降りてくると、中から泥と汗に塗れた家畜管理員やプラント作業員たちが吐き出されてくる。彼らの顔には、作業の疲労だけでなく、船体の揺れに対する慢性的な恐怖と焦燥感がこびりついていた。


「おい、聞いたか? 次のジャンプの時期が繰り上げられるらしいぞ」


「ポイントが足りねぇよ……この区画の安全ランクが落ちたら、俺たちはどうなる?」


すし詰めの昇降機内で交わされるボソボソとした囁き声を、ルカは聞き流した。昇降機が重重しいショックとともに昇降を始めると、足底からダイレクトに加速度が伝わり、膝の関節を圧迫する。


中層のスラム街に足を踏み入れると、一変して熱気と生活臭が鼻を突いた。


頭上をのたうち回る極太の高圧ケーブルからは、ピリピリとした静電気の臭いと漏電の青い火花が散っている。狭い通路の両脇には、ジャンクパーツや合成肉の串焼きを並べた露店が所狭しとひしめき、泥船の労働者たちが濁った酒を煽りながら怒号を飛ばし合っていた。


「どけ」


硬質な声とともに、二人組の下級警備兵が人ごみを押し分けて歩いてきた。


着古した防弾ベストに身を包み、手には威嚇用の電磁警棒を握っている。手のひらでトントンと警棒を打ち鳴らす乾燥した音が、雑踏の喧噪を切り裂いていた。警備兵の冷酷で退屈そうな視線が、すれ違いざまにルカの腰にある高出力溶接機と、油まみれの皮製アームカバーに留まる。


ルカは視線を合わさず、歩調すら変えずに人ごみの隙間へと身体を滑らせた。警備兵もまた、泥と焦げた配線臭を撒き散らす最下層のメカニックに直接触れることを嫌い、不機嫌そうに鼻を鳴らして通り過ぎていった。


力づくの抗議も、警備兵への悪態も何の意味もなさない。この泥船では、手元の工具を握り続けられる奴だけが明日を迎える。


通路の奥、排気ダクトの陰に隠れるようにして、古びたネオン看板が明滅していた。電子機器の発熱によるピリついた空気と、ガンオイル、そして安酒のツンとした匂いが、ドアの隙間から濃密に漏れ出している。


底辺労働者たちの溜まり場――ジャンク酒場。


ルカは手垢で黒ずんだドアレバーに手を掛け、体重をかけて重い金属扉を内側へと押し込んだ。

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