第10節 真理のハッキング(前編)
ルカは湿った鋼鉄のキャットウォークに片膝をつき、焦げついた作業手袋を脱ぎ捨てて、重圧感のある圧着アンカーガンを両手で固く握りしめていた。肩に食い込むアンカーガンの武骨なスチールフレームは、接続された極太の強誘電バイパスケーブルの重みでキシリと音を立てる。首元から下げた物理応力計測アナライザーの液晶表示は、眼下のコアが発する未知の磁場干渉を受け、不規則な赤い波形を明滅させていた。
「カウントダウンを急げ、バーバラ。コアの直上を旋回してるあの防衛ボットの走査域が、あと二十二秒で俺たちの足元をなぞる」
ルカは皮製アームカバーの縁で額の汗を拭い、アンカーガンの光学照準器越しに、コア側面に剥き出しとなった異星導電ノードの幾何学模様を睨みつけた。
「急かせるんじゃないよ、メカニック。あいにくあたしの指先は、あの鉄の化け物の目玉をひっかけるのに丁度いい角度を探してるところなんだ」
キャットウォークの支柱に身を潜めたバーバラは、耐圧フライトジャケットの袖を捲り上げ、愛用の旧式実弾ピストルを両手で構えていた。ガンオイルのツンとした匂いと安タバコの甘い香煙が、彼女の荒い呼吸とともに焦げついた空気に混ざり合う。
旋回する大型防衛ボット——幾重もの多角形装甲と不気味な赤色センサーを明滅させた重機サイズの機械体が、重低音を響かせながらコアの周囲を滑航していた。
「よし……カウントダウン開始だ。三、二、一……」
バーバラは支柱の影から身を乗り出し、防衛ボットの走査センサーから数十メートル離れた外郭フレームへ向けて、迷いなくトリガーを二度引き絞った。
ズドォン! ズドォン!
重い九ミリ実弾の物理打撃が異星金属の壁面を穿ち、激しい火花と金属片を宇宙空間の静寂の中へ撒き散らした。
ピキィン!と防衛ボットの赤色センサーが即座に着弾点へ向けて旋回し、警報パルスを明滅させながら警戒軌道を変更する。死角が生まれた。時間はわずか三秒。
「今だ、ルカ!」
「言われなくても叩き込む!」
ルカは踏み込み、反動に備えて腰を落とすと、アンカーガンのトリガーを限界まで引き倒した。
ドガァンッ!
圧縮エアと火薬の猛烈な圧力が弾け、強誘電バイパスケーブルを引いた圧着アンカーが幾何学光の空間を斜めに切り裂いた。アンカーの強靭な鋼鉄爪が、コア側面の導電ノードへ「ガチリ!」と深々と噛み合い、白熱するプラズマ火花が周囲へ飛散する。
「接続確認! シオン、ダミープロトコルを叩き込め!」
「言われなくても!」
二歩後方の配線ラックに背を預けたシオンは、膝の上のポータブル端末のメカニカルキーボードを狂った速度で打鍵していた。
「物理接続の瞬間、彼らの制御ネットワークに『過熱による軽微な熱膨張』の偽装ログを滑り込ませた。朗報は、彼らのセキュリティAIが僕の酷い捏造文を信じ込んで、まだ防衛ボットの主砲を起動していないことさ。悲報は、この下手な作文がバレるまであと十秒もないことだね」
「十秒あれば十分だ! 回路を維持するぞ!」
ルカが叫んだ瞬間、バイパスケーブルの皮膜を通じて、莫大な高電圧エネルギーと未知のデータストリームが津波のように押し寄せてきた。
バチチチチチッ!
強誘電ケーブルの接合部から極太の青白いプラズマ放電が吹き出し、キャットウォークの鉄板を猛烈な熱で白熱させた。人類の粗悪な銅線と圧着端子では、《敷設者》の莫大なエネルギー密度を受け止めきれず、接続回路が内側から悲鳴を上げて熔解し始める。
「くそっ、電圧の位相差が桁違いだ! 抵抗器が蒸発する!」
ルカは焦げつく耐熱グローブの手元を一切ぶらさず、腰の工具帯から高出力ポータブル・プラズマ溶断機を引き抜くと、バイパス回路の接地フランジにノズルを叩きつけた。
バチバチバチッ!
溶断機の炎を連続逆照射し、放電で焼き切れかけたバイパス抵抗器を手作業で強引に迂回溶接していく。飛び散る猛烈な火花が皮製アームカバーにバチバチと跳ね返り、焦げた革の匂いが充満する。首元のアナライザーの数値を力技で叩き、物理的な電流負荷を周囲のダミーフレームへ逃がす。
「能書きを言ってる暇があるなら端末を死守しろ、シオン! その高級な玩具がショートして溶けたら、俺たちは電力を強奪する前にこの火柱の露になる!」
「僕の端末は現在、一ミリ秒ごとに三テラバイトの異星言語のゴミ箱を消化させられている最中さ!」
シオンは青白いモニター光の中で顔を歪め、過熱でショートしかけた端末の側面ポートから有線コネクターを抜き差ししながら、キーボードの上で指先を走らせた。静電気のスパークが彼の細い指先で弾け、銀髪の髪先が電磁波で浮き上がる。
「このプロトコルは整然とした論理回路じゃない、あまりにも巨大で冷酷な構造体だ! フィルターの帯域をコンマ一ミリ落とさなければ、僕の脳細胞が先に焼き切れるね!」
「能書きはいいから指を動かしな、インテリ!」
頭上から降り注ぐ過熱デブリとプラズマ火花をフライトジャケットの肩で庇いながら、バーバラが荒々しく叫んだ。
バイパス接続の異常放電に反応し、壁面の幾何学装甲から二次走査センサーポッドが「ギィ……」と音を立てて滑り出し、青いレーザー光線でルカたちの位置を特定しようと旋回を始める。
「あたしのピストルは高圧電流のドブ掃除はできんがね、そのペタペタ覗いてくる気味の悪い目玉を叩き潰すくらいならお手の物なんだよ!」
バーバラは両手でピストルを構え、旋回するセンサーポッドのレンズ中央へ向けて間髪入れずに実弾を叩き込んだ。
ズドォン!
九ミリ実弾の物理破壊力が光学レンズを真っ正面から粉砕し、弾け飛んだガラスと異星樹脂の破片がキャットウォークへパラパラと宙を舞って降り注いだ。
「ハッ! 見たかい、神様!どんなに高度な機械だろうが、目玉を潰されりゃただの鉄くずさ!」
バーバラはシリンダーを指先でチャカチャカと回転させ、硝煙の煙を吐き出しながら、次のセンサーポッドを探して鋭い眼光を走らせた。




