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ツギハギの方舟 ~生存確率0%の跳躍(ダイブ)  作者: Mr.Q
第2章 すり潰された誇りとツギハギの原点

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第9節 コバンザメの強襲(後編)

幾何学的な回廊の奥へ進むにつれて、空気の質感が変貌していった。

壁面を埋め尽くしていた無機質な幾何学模様は消え去り、代わりに巨大な水晶体のような多角形結晶構造と、剥き出しの太いエネルギー配線が束となって露出している。耐圧服の表面に静電気の針が突きたつようなピリついたオゾン臭が充満し、足裏からは作動油の焦げる匂いとともに狂ったような熱波が突き上げてきた。


「温度上昇、摂氏四百度を突破。ここから先はただの通路じゃない、巨大なエンジンの排気マニホールドそのものだ」


ルカは首元の物理応力アナライザーの数値をリセットし、不揃いな波形を吐き出す液晶を指先で弾いた。

前方数十メートル先のパワーライン接合ブロックでは、幾重にも組み合わされた大型排気弁が、幾何学的な作動音とともに赤熱していた。


シュウゥゥゥ——ボッ!


十秒周期で排気弁が開放され、目も眩むような白熱したプラズマ熱排気が通路中央を薙ぎ払う。掠めただけで防護服ごと肉体を焼き尽くす高圧の熱風が、周囲の異種金属フレームを真っ赤に加熱させていた。


「この先を通り抜けたいなら、あまねく熱力学の法則を無視するか、僕の頭痛をさらに悪化させるしかないね」


シオンは首の大型ヘッドホンを強く押し当て、胸元に着崩したジャケットのポケットから有線コネクターを引き抜いた。過熱した基板からのピリついたオゾン臭の中、彼は壁面から飛び出した結晶構造のアクセスノードへ荒々しく端子を刺し込んだ。


カチャカチャ、カチャカチャカチャ!

青白いディスプレイの明かりが、不眠で落ち窪んだ彼の目を怪しく照らす。メカニカルキーボードの打鍵音が真空の静寂を小刻みに叩いた。


「排気弁の制御システムに大量の偽造信号ノイズを注入する。僕の計算が正しければ、奴らのクロックは一瞬だけ混乱し、熱排気のインターバルがほんの数秒延長されるはずだ。……朗報は僕の指先がまだ動いていること。朗報でないのは、この安薬の効き目が切れて視界が二重に見えていることだよ」


「能書きを垂れているヒマがあるなら、その二重の視界で確実にエンターキーを叩け」


ルカは通路の隅に転がっていた巨大な異種金属のジャンク板——かつて何かの構造体だった厚手の耐熱プレートを力任せに拾い上げた。ズシリとした重みが腕骨を圧迫する。

ルカは高出力プラズマ溶断機を起動し、眩烈な青白い炎で排気弁の手前にあるトラスフレームを炙り焼いた。


バチバチチチッ!

飛び散る火花がルカの皮製アームカバーへ跳ね返り、焦げた革と油脂の悪臭が急激に鼻腔を刺す。白熱した金属の熱線が耐熱グローブ越しに手のひらを焼き、ジュッと皮膚の水分が蒸発する感触が伝わった。ルカは歯を喰いしばり、溶断したフレームの隙間に耐熱プレートを力任せに打ち込んだ。


「よし……! プレートを溶接して噛ませた! シオン、延長しろ!」


「言われなくてもさ!」


シオンが最後の実行キーを強く叩きつけた。

直後、赤熱していた排気弁の開放テンポが途切れ、制御信号の波形が途切れ途切れに明滅した。稼いだ時間は、わずか五秒。


「ぐずぐずするんじゃないよ、この青瓢箪ども!」


耐圧フライトジャケットの袖を捲り上げたバーバラが、二人の背中を太い手で力任せに押し飛ばした。ガンオイルと汗、そして口にくわえたタバコの甘い香煙が彼女の身体から弾け飛ぶ。


「走れ! 命が惜しけりゃあたしの足跡を踏み越えていきな!」


バーバラは実弾ピストルを固く握り締め、ルカが強引に作り出した耐熱プレートの「影」——プラズマ熱波がわずかに逸れる幅数十センチの安全地帯へ、シオンの首根っこを掴んで飛び込んだ。


ゴーッ!と両脇を掠めていく白熱の熱風。耐圧服の表面が焦げ付く不快な匂いとともに、三人は過熱する排気ブロックの死線をギリギリの足取りで駆け抜けた。


---


熱排気の地獄を通り抜けた先で重い二重気密扉を抉じ開けると、それまでの過熱した狂気が嘘のように、冷徹な静寂が三人を出迎えた。


そこは、広大なエネルギーコアチャンバーの最上部に位置する高所キャットウォークだった。


「……こいつは驚いたね」


バーバラは手すりに太い手をかけ、安酒と硝煙の交ざった息を吐き出しながら眼下を見下ろした。


幾何学的な大空間の底に、黒と青の冷たい光を撒き散らす巨大な先史文明のエネルギーコアが沈座していた。星の核をそのまま切り取ってきたかのような高密度のプラズマ脈動が、一定周期で幾何学的な空間全体を青白く照らし出している。その空間の周囲を、数機の大圧力を誇る巡回防衛ボットが、静かで冷酷な軌道を描いて旋回していた。


「息を殺せ。あの防衛ボットの光学センサーに引っかかれば、次は熱排気どころじゃ済まない」


ルカは身を低くし、腰の工具帯から太い高圧バイパスケーブルと、圧縮空気式の圧着アンカーを引き抜いた。

ケーブルのずっしりとした重みとゴムの匂いが手元に伝わる。ルカはキャットウォークの隙間から眼下のコアの表面を観察し、露出している高圧接続ノードへの射出角度と、着弾時の反動を指先で細かく計算した。


「ケーブルの耐圧は足りるが、アンカーの噛み合いが一ミリでもズレれば、俺たちは一瞬で炭素の粉末になる。角度は三十五度、コアの脈動が沈む瞬間を狙う」


「僕の作業も準備完了さ」


シオンはキャットウォークの金属フレームにへばりつき、有線ポートのコネクターを端末に刺し込んだ。画面に表示される青白いダミーコードのシミュレーション結果を、落ち窪んだ目で見つめる。


「ケーブルがコアに噛み合った瞬間に発生する異常電圧スパイクを、船のメインシステムに『正常な自己メンテナンス』として誤認させるプログラムだ。……成功率は五分五分といったところだね。僕の人生の単位としては、これでも破格の安定率さ」


「確率なんて数字はどうでもいいんだよ」


バーバラは実弾ピストルのシリンダーをチャカリと一回転させ、眼下を一定速度で旋回する防衛ボットの動きに眼光を向けた。


ボットが放つ青い探査光線が、キャットウォークのすぐ下を静かに通過していく。旋回周期は二十二秒。死角ができるのは、ボットがコアの背後へ回り込むわずか三秒間だけだ。



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