炎上者
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日はジャンヌ・ダルクの登場というお話です。
どうぞお楽しみください。
マンダラキ港に設置されたSPCの本陣。
戦いの余韻がまだ冷めやらぬモニターの群れの前で、学者組――ライプニッツ、アイザック、デカルト、そしてケプラーが、深い感嘆に満ちた表情で画面を見つめていた。
彼らは高い精神性から来る(※彼らはそう信じている)感動に浸りながら、今回の栄えある『分け』というリチャードの采配に満足そうにつぶやいた。
「さすが、王の中の王。敵味方全てを慮る英断こそが勝利とはね」
「左様だライプニッツ。あれこそが我がイングランドの誇る『獅子心王』。感動で手が震えておるよ」
「ははは、冷静なアイザックを感動で武者震いさせるなんて。やっぱり僕らのヒーローだよ、リチャードは」
「……ケプラー、アイザックのことは言えんよ。君は泣いておる、まあワシもだがな。情緒的な結末だとは思うが、妥協点としては悪くない」
哲学者として名高いデカルトも、リチャードが示した今回の結末に一定の評価を下した。
そこに、激闘を終えた『獅子心王』リチャードが戻ってきた。
(あーあ、勝手に『分け』にした事を学者先生に怒られるかなあ。……エル・シドにだっていらんことを言っちゃったしな。ジャンヌとゴドフロワは誤魔化せるだろうけど……結局俺って行き当たりばったりマンだよな……とりあえず何かあったら土下座でもするか)
といった内心のぐちゃぐちゃを悟られぬように、ポーカーフェイスで歩を進める。
その姿を見るやいなや、先ほどまでリチャードと軽い衝突をしていた老練なスペインの英雄が、迷うことなくリチャードの前に歩み寄る。
「エル・シド……?」
リチャードが内心で「うわ、なんだなんだ、俺殴られるの!?SPCって大人の集団と思ってたのにいいいい!」と身構えた瞬間、
――ガタリと、エル・シドはその巨体を支える片膝を力強く地面についた。
彼は深く頭を垂れ、その厳つい顔にリチャードへの真摯な敬意を浮かべて語りかけた。
「……不遜な口調と行動に、最初はただの小賢しい若年と侮っていた。だが、違ったな」
エル・シドの低く響く声には、一切の偽りがない絶対的な称賛が込められていた。
「あの圧倒的な王の覇気、そして我が説いた『託す者』の思いを瞬く間に汲み取り、最善の調停へと昇華させてみせた。異国の王であるがゆえに軽視しておった。
……しかしながら、貴殿は気高く、得難い傑物だ。叶うならば同時代に轡を並べて、同じ旗の下で戦いたかった」
「……エル・シド、我々は今、轡を並べているではないか。同じ旗の下で」
「ふははははは!正に正に。……大した英雄ぞ。リチャード、いやリチャード王よ」
何度も頷きながら、エル・シドは喜びでリチャードの肩を両手で叩いた。
(えっ……? 俺、なんかすごいカッコいいこと言ったっけ……?)
リチャードが内心で首を傾げていると、今度は無骨な十字軍の巨頭――ゴドフロワがゆっくりと歩み寄ってきた。彼は言葉少なに、分厚い手で自らの胸をドンと叩き、真っ直ぐにリチャードを見据えて静かに一礼した。その仕草だけで、彼が本物の「獅子心王」に捧げる最大級の敬意が伝わってくる。
学者組も手を叩きながらリチャードの帰還と彼の決断に賛意を示した。
敵味方の垣根を越えた英雄たちからのあまりにも想像を超えた賛辞の嵐に、リチャードは笑顔で返すのがやっとだった。
(いい加減、俺、寝たいんですけど。戦闘メカ子に殴られすぎて、手もジンジンするし。獅子心王成分を睡眠で補給したいのよ……)
そんな男たちの熱い空気の脇で、一人の少女がピョンと軽やかに跳ね起きた。
SPCのロゴが書かれた白地のTシャツとデニムを爽やかに着こなし、金糸の百合で縁取られた絹地に聖句とアニメ風の天使が描かれた旗を背負った聖女――ジャンヌ・ダルクである。
彼女はスマホをポケットにしまいながら、リチャードに向かって快活にウィンクした。
「リチャードさん、お疲れ様です! いやあ、今のやり取り、ネットの配信でもめちゃくちゃバズってましたよ。『正体不明のイケメン俳優のアクションと熱演に世界注目』ってトレンド入りしてました!エル・シド卿も大バズでしたし、マジでうらやましいです」
(ネットの配信……? 俺の保身トークがネットのおもちゃに……!)と青ざめるリチャードをよそに、ジャンヌはケラケラと笑い、そして親近感を込めた目で頷いた。
「でも、リチャードさんの言いたいこと、私にはよく分かります。あなたが繋いでくれた思い、そしてこの戦いのバトン……このジャンヌ・ダルクがしっかりと引き継ぎますから!」
(乗り切った!ビッグウェーブ……!みんな単純でマジ良かった!!!!!!)
リチャードの妙に解放されたような表情を気にせず、ジャンヌは背負った旗付きの長槍を軽快に担ぎ直した。
「あ、ウォーターパークの入場予約の時間がもうすぐです。それでは皆様、行ってきまーす!」
まるで遠足にでも出かけるかのような軽やかな足取りで、ジャンヌは次の戦場――娯楽とリゾートの街『ファリラキ』へと走り出す。
◇◇◇
ロドス島のまばゆい陽光が、エーゲ海の波をきらめかせていた。
マンダラキ港から東海岸を南下するローカルバスの窓際。そこに腰掛けているのは、明るい金髪と澄んだ青い瞳を持つ、小柄で愛らしい少女――ジャンヌ・ダルクその人だった。
生前、彼女が過ごしたフランス・ロレーヌ地方の田園や、異端審問の末に処刑台へと連行されたノルマンディーの空は、いつでもどこか湿った鉛色を帯び、底冷えするようなうすら寒さに満ちていた。あのどんよりとした曇天と陰鬱な海が、彼女の心の奥底に、重い記憶として残っている。
だからこそ、このロドス島のどこまでも明るく、温かく、生命力に満ち溢れた青い海と空が、彼女はたまらなく好きだった。
「やっぱり、南国って最高ですよねー」
本当は持ち前の運動神経の良さを活かして、スクーターや自転車を軽快に飛ばして風を切るのも悪くないと思っていたが、旅情を味わうには、車窓から流れる景色をのんびりと眺められるバス移動が一番の贅沢だ。彼女はリュックサックを抱え、ゆったりとその揺れを楽しんでいた。
バス停で乗り込む際、周囲の観光客や地元の人々は少し驚いた目を向けたものだ。
小柄な少女が、白地に聖句とアニメ風の天使が描かれた大ぶりの軍旗を掲げていたからである。だが、彼女が慣れた手つきで旗付きの長槍を器用にカチャカチャと縮め、三段の伸縮ロッド構造ですっきりとコンパクトに収納する。さらに美しい絹地の旗を丁寧に丸めて専用の円筒ケースにシュッと収めてしまうと、その姿は「大荷物を抱えた一人旅の女の子」にしか見えなくなった。
何しろ、あの旗は彼女にとって文字通り「剣より愛した」一番の宝物なのだ。その扱いには人一倍気を使っている。
車窓から見えるエーゲ海の絶景に目を細めつつも、ジャンヌの右手はしっかりとスマートフォンを握りしめていた。
(……さてと、リチャードさんの配信の盛り上がり具合はどうかなー。ついでに私の名前もエゴサっと)
画面をスクロールしながら、彼女の脳裏にはふと、これまでの数奇な運命が蘇る……
えっ、私の人生を振り返るんですか? 聞いても陰気臭い不幸話ですけど、まあいいでしょう。
そもそも、私が生まれた時代と国――十五世紀初頭のフランスなんて、現代の感覚からすれば「時代ガチャと国ガチャをダブルで外した」としか言いようのない、トホホ……だったわけですよ。
私が生まれたのは、山に囲まれ、寒いわ、小麦は育たんわというフランス北東部の貧しい農村・ドンレミ。父親のジャックはこの村のドワイヤン――つまり村長代理だったから、村の中では「比較的裕福」なんて言われてたんですけどね。
それだってあくまで「その時代」での話です。時代ガチャ怖い……。
食卓なんて、毎日が固い黒パンと得体の知れない野菜の煮込みばかり。肉や魚なんて村祭りのおこぼれくらいのもので、「あー! 白いパンが食べたいよー!」って、いつもお腹はペコペコでした。
「お腹いっぱいになりたい!」
その一心で、毎日神様に祈りながら必死で畑を耕したけれど、生活は一向に良くならない。
一生懸命やってるのになんでだよ!って、もうムカムカと腹が立って仕方がなかったんです。
周りの大人は「なんて信心深い子だ」なんて褒めてくれたけれど、現実はどうですか。みんなが死に物狂いで働いても貧乏なままじゃないですか。
ならば、神様に頼んで一発逆転するしかない。そう思わなければやってられなかったんですよ。
そんな私にも楽しみがありました。
村長代理ドワイヤンの父には、いろんな人が訪れます。役人様から流れてくるクソみたいな世情を聞きながら、「私ならこうしてやる」とか色々な妄想にふけるのが、大変楽しい唯一の娯楽でした。本当にショボいですね。
特に、私の人生のトーンを決定づけたのは、何と言ってもあの「白パン強奪事件」ですね。
村にやって来る略奪兵たちによって、ようやく手に入れて心底楽しみにしていた憧れの白パンを根こそぎ奪われたとき、私は色々と限界突破ですよ!
「ふざけんな……! 私の白パンを奪う奴らは、全員地獄に落ちろ!!」
その夜、空腹と怒りで脳が完全に沸騰し、今までの散々考えた「どうにかしてこのクソみたいな状況を打破する貧乏脱出大作戦」の妄想がグルングルン回り続けて眠れない。
そのせいか、真昼間から脳内で貧乏脱出大作戦が「ミカエル様たちからの天啓」として無限再生されるのです。
やばい、さすがに壊れてきた……精神衛生上よろしくないので、私はそれを天啓と言って、周りの大人に聞いてもらうことにしました。
いわゆるガス抜きってやつですね。
「フランスを救うために立ちなさい」「王太子のもとへ行き、オルレアンの包囲を解きなさい」
もう、大人たちは大興奮。
「これは天使のお告げに違いない!」と勝手に盛り上がり、いつの間にか「神の使徒」としての立派な神輿を勝手にこしらえて、私をその上にスポンと括り付けた。
そして、あれよあれよと旗を持たされて、最前線に押し出されました。いわゆるバズという奴ですね。
思いがけず戦争に押し込まれるわ、相変わらずの極限空腹のせいか、脳内の声は止まらない。
おまけに「恐れるな、神が共にある」と、いかにも他人事のように無責任に励ましてくるし、何なら私にも要求が多い。女の身ひとつで戦場に飛び込めと言われて怖くない奴がどこにいるのかと。
「貞潔を守れ」「任務を怠るな」って大概にしてほしい。空腹すぎて祈りをサボれば「助けは弱まるぞ」と普通に怒られるなんて、私の妄想の設定はハードモードに違いないですよ!
その結果、私の人生初の「バズり」は、とんでもないスケールで訪れました。
オルレアンを解放し、王太子シャルルをランスへ導いて戴冠式を成功させ、私は文字通りの「天下大バズり」を記録し、時代の寵児となったのです。
……だが、バズりの次に来るのが「炎上」であることは、現代のネット社会を生きる私たちならよく知っているはず。
用が済んだ途端にクソの王様は手のひらをグルンと返し、私を「不人気のご当地キャラ」として排除。私は最後、敵国に引き渡されて、異端の魔女として、市場のど真ん中で盛大に「物理炎上」し、こんがりウェルダンなゲームオーバーを迎えたわけです。
「十九年で人生完結って、どんだけタイパ悪いんだか。あとで天国に行ったら慰謝料と白パン一気食いの権利を請求してやりたいです」
……まあ、そんな苦い思い出もあるわけですが、私も周りに流されすぎましたね。大反省です。
振り返って、いまやどうですか。
現代に蘇ってみれば、私は世界中のファンタジー作品に引っ張りだこ。信じられないほどポップで巨大なカルチャーのうねりの中心に、私は放り込まれたわけですよ。
世界中で上演される自分をモチーフにした楽曲や舞台、映画の数々。
自分自身の話なのに、散々美化されて何がなんやら分からなくなって、好き放題に消費されているのです。なんだかなあと思っていた矢先、忘れられない出来事がまた起きました。
とんでもなく実存が濃くなったと思って調べてみると、私は何と極東の島国で生まれた某スマートフォンゲームで大人気キャラクターに爆誕してました。
それだけならばまだいいのですが、コミケのカタログやサークルスペースに並ぶ、自分を題材にした「成人向けの薄い本」の数々――。
最初にそれを見つけたときの衝撃といったらなかったです。
(え、私、こんなにおっぱい大きかったっけ!? いや、それ以上にストーリーがめちゃくちゃエロいんですけど!……って、ええっ、触手で?こんな多人数のシチュエーションで!すごく破廉恥なのに。あー、でもこの絵描きさんの絵柄、めちゃくちゃ好み……!)
最初はあまりの羞恥心に顔を真っ赤にして悶絶したものですが、人間とは、慣れとは恐ろしいものですね。
今や、自分の名前に付けられたおびただしい数のハッシュタグを巡回し、いかに自分が愛され、あるいは盛大にネタにされているかをニヤニヤしながら見届ける立派な「エゴサの達人」へと変貌を成し遂げました。
「ふふっ、こっちのイラスト、私のお尻の描き込みがプロの仕事すぎません? 後でブクマしとこ」
スマホの画面をスクロールする指が止まらない。ああ、廃人……。
こんな私ではありますが、神様への信心はもちろん本物です。
でもね、前回はあまりに真面目にやりすぎて、周りに流されすぎちゃってゲームオーバーしたんですから、二度目の人生くらい全力でエンジョイして何が悪いと思いませんか!
神様もきっと許してくれる予定です。多分。
SPCという組織も好きですね。
学者先生も本当に尊敬できるいい人たちです。みんな辛い人生や悲しい出来事を乗り越えて、世界と人類をより良き方向に導こうとする良い仲間です。
私以外の武人たち、エル・シド殿は家族思いが煮詰まって国盗りしちゃった善良な方です。リチャードさんは必死で生きた結果、獅子心王と呼ばれるまでになった敵国の王様ですが、私の大事な趣味仲間。いい人です。
ゴドフロワ様はドンと構えて、神の予定調和を地上に表すのに懸命な方です。まっすぐな方です。
みんなが私を本当に必要としてくれます。
そして、なかなか現れない「神様に代わって人類を救済し管理する」という方法に矛盾を感じつつ、「それでも」って踏ん張っている。
――だからこそ、皆が尊敬できるのです。矛盾も全て飲み込みながら、血を吐く思いで前進してきた大切な仲間です。
「リチャードさんも、必死で私に思いを繋いでくださいましたし、うん」
ポン、と膝を打ちました。
リチャードさんが己の信念で引き分けたのなら、自分も自分のやり方で、あの若者たちと全力で遊んでやろう。
ローカルバスのスピーカーから、次の停留所を告げるアナウンスが流れる。
――『次は、ファリラキ、ファリラキ・ビーチ&ウォーターパーク前です』
「おっ、着きましたね!」
ジャンヌはスマホをポケットにしまい、シュッと縮めたロッドケースとリュックを背負い直すと、ぱっと明るい笑顔を浮かべて立ち上がる。
彼女の頭の中は、ウォーターパークの全スライダーを制覇することと、まず最新のコミケ新刊情報をチェックしてからエゴサをすること――そして、これから始まる異邦の若者たちとの胸躍る戦いを心行くまで満喫できることへの期待でいっぱいだった。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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