戦う資格
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日はジャンヌ・ダルクと食事リゾートというお話です。
どうぞお楽しみください。
獅子心王リチャードとの死闘、そして英断による『分け』。
――リンドスのアクロポリスで、あまりに壮大な戦い(リチャード以外の世界的主観)を終えた一行を乗せ、SPCの自動航行無人バスは、ロドス島の東海岸を静かに北上していた。
無双の騎士王との激戦を終え、精根を使い果たし、ぐったりとしたラプター。
彼女の残したリチャードの戦闘ログを解析し、実戦シミュレートを何度も脳内で繰り返すチーム四神たち。
新宿租界地区女子寮の強化人間でもある技術者ベルゲと連携しながら、ヴァンスが作業しているチーム四神の神経伝達パッチ作成をサポートする鳳凰。
車内の空気は、どこかピンと張り詰めている。
『五味ナナオ奪還』と『SPCによる人類管理の阻止』を目指す一行にとって、現在の戦績はエル・シド戦での勝利、そして獅子心王リチャード戦での「引き分け」という、1勝1分けのきわめて有利な状況にあった。
だが、誰一人として楽観視する者などいない。
「……次の相手は、ゴドフロワか、あるいはジャンヌ・ダルクか」
神崎玲奈が車窓の外、眩しくきらめく青い海を見つめながら低く呟いた。
「敵の思惑が読めないわね。武人としての誇りをぶつけてきた前の二人と違って、彼女たちがどんな手で来るか……。もし正面からの戦闘なら、四神たちに前に出てもらうしかないけれど」
「……戦闘以外の可能性もあるよね、玲奈ちゃん」
松河龍一が前髪を気にしながら、めずらしく真剣な表情で頷く。
「例えばさあ、純粋なスポーツ勝負とか、チェスみたいな頭脳ゲームとか……。力を使わなくて命を取らないルールを要求されたら、僕たち非戦闘員だって指を咥えて見てるわけにはいかないよ」
「松河重役の言う通りだね」
ヴァンス博士が鳳凰に接続したPCで作業を行いながら、静かに腹を括るように言った。
「白雪君やナナオ君たちが作ってくれたこのルールだ。私のような技術畑でも、チェスや議論の勝負ならいくらでも知恵を絞るよ」
非戦闘員組である松河、ヴァンス、そして玲奈までもが、どのようなゲームであれ命懸けで受けて立つ覚悟を決め、拳を固く握りしめていた。
そんな大人たちの悲壮感ただよう覚悟を乗せて、無人バスは滑らかに走行を続ける。
――ピコン。
その時、車内中央の大型モニターから軽快な電子音が鳴り響いた。
『あと20分ほどで当バスは、目的地に到着いたします。――次のエリア:ファリラキ』
モニターに躍り出た『ファリラキ(Faliraki)』の文字に、一行は思わず顔を見合わせた。
「……ファリラキ?」
戦闘シミュレーションを終えた青龍が首をかしげ、スマートフォンを取り出して即座に検索欄に打ち込む。
「なにここ……『エーゲ海有数のリゾート地。広大な水着エリア、ウォーターパーク、クラブ、極上地中海グルメが楽しめる娯楽都市』……えっ、娯楽エリア!?」
「本当だーよ! ほら見て、この写真! 美味しそうなシーフードと、めちゃくちゃでかいウォータースライダーがあるじゃん!」
朱雀が青龍の画面を覗き込み、目を輝かせる。
「え、エラー……『決戦の地』と『巨大プール』の親和性が検知できません……」
玄武が混乱して呟き、白虎は「な、なにかの罠じゃないのぉ!?」とキョロキョロし出した。
困惑する一行をよそに、モニターの画面がスッと切り替わった。
『乗客の皆様へ。ファリラキ・ウォーターリゾートでのご夕食メニューをお選びください。地中海風シーフードパエリア、焼きたてギロスピタ、極上ステーキプレート、各種トロピカルスイーツ……。ご希望のメニューにチェックを入力してください』
「……はあ!? 決戦前にメニューの選択!? これもSPCの策略なの!?」
玲奈が思わず声を裏返らせた。
「大丈夫よ玲奈ちゃん。そんなケチな連中じゃないわよ、世界の金融シンジケートSPCですもの! えーっと、なになに!? ちょっと待って、このシーフードパエリア美味しそうだけど! 騙されても良いからポチっちゃえ!」
松河はちゃっかりメニューをチョイスした。SPCの株価操作で痛い目にもあったりしたが、企業人としての嗅覚はしっかりしている事は間違いない。
それを切っ掛けに一行はなし崩しでメニューを次々注文していった。
決戦の緊張感は、どこかへ音を立てて崩れ去ろうとしていた。
結論、みんな空腹だったのだ。
◇◇◇
同じころ――。
ロドス島屈指の規模を誇る『ファリラキ・ウォーターパーク』。
眩しい陽光が降り注ぐ巨大なウォータースライダーの最上階で、白い水着に身を包んだ快活な少女――ジャンヌ・ダルクは、スマートウォッチの画面をチョンチョン突いていた。
(あうっ、……! 無人バスの速度設定、巡航速度のままにしてたから思ったより早く着いちゃうじゃないですか! それにバスの中にトイレはありますが、移動時間ばかりで食事休憩入れるのをすっかり忘れてました)
彼女は手慣れた手つきでバスの運行システムにアクセスし、メニュー予約画面を車内モニターへ転送したところだった。
(空腹は万物の敵です! よーし、これでみなさんの食事は大丈夫でしょう!)
スマートウォッチを確認し、満足そうに頷く。
「お姉さん、次の順番ですよー!」
係員の呼び声に、ジャンヌはパッと顔を上げた。
「はーい! 行ってきまーす!」
シュバーッ!!
最高時速から一気にチューブ内を滑り降りるジャンヌの爽快な悲鳴が、ウォーターパーク全体に響き渡った。
(よしっ! あとスライダー2つに乗れば全コース完全制覇でーすっ!!)
◇◇◇
ファリラキ・ウォーターパークのVIP専用入場口。
無人バスが停車し、プシューと扉が開く。
「ようこそ、五味ナナオ様御一行。ファリラキ・ウォーターパークへ」
彼らを出迎えたのは、高級リゾートにふさわしいドアマンやスタッフ達。
教育の行き届いた彼らは、白雪の撮影機材などを台車に乗せると一行を先導した。
足を踏み入れたのは、色彩豊かなパラソルと巨大なプール、にこやかに微笑む富裕層の家族連れやカップルたち、そして耳を突く歓声と波の音に包まれた完璧なレジャーリゾートだった。
「……何よここ。運動会どころか、完全にパリピの遊園地じゃない……」
あまりのギャップに脱力した玲奈が、開いた口が塞がらない様子で眩しいプールサイドを見上げる。
その時だった。
「きゃはははははーっ!! すっごーいです!!」
天高くそびえ立つ超大型絶叫スライダーのチューブから、白い水着を着た金髪の少女が弾丸のように飛び出し、手足をバタバタさせながら巨大なプールへ豪快にバシャーン!!とダイブした。
ダイナミックな水柱が上がり、周囲の観光客から拍手が巻き起こる。
水面から顔を出した少女は、濡れた金髪をバッと後ろにかき上げると、眩しい笑顔でこちらへ向かって大きく手を振った。
「あーっ! もしかして、あれが次の相手とか言わないわよね……? もしそうなら、私、本気で脱力して倒れるわよ……」
玲奈が引きつった顔で頭を押さえた、その瞬間。
「おーい! お待たせしましたーっ!」
スタッフから手渡されたパーカーを水着の上にさらりと羽織ったその少女が、軽快な足取りで一行のもとへ駆け寄ってきた。
「ようこそ、ファリラキ・ウォーターパークへ! 神の代行者・五味ナナオ様のお友達の皆さん! 私がSPC所属、ジャンヌ・ダルク! 今回の第三戦はお姉さんがお相手ですよー!」
「ジ、ジャンヌ・ダルク……っ!?」
四神たちが一斉に身構え、松河とヴァンスも目を見開く。
しかし、ジャンヌは一切の威嚇を見せず、快活にウインクしてみせた。
「まあまあ、そんなに警戒しないでください! 皆さん、移動でお腹空いてるでしょ? バスでメニュー選んでくれました?」
「え、あ、うん……パエリアをチェックしたけど……」
呆然と答える玲奈に、ジャンヌは「ナイスチョイス!」と親指を立てた。
「ここはSPC運営のリゾートですからね、私、食べ放題のフリーパス持ってるんですよ! だからゲストの皆さんからは一銭もいただきません! 景色のいいテラス席を予約してありますから、まずは美味し~いご飯を食べながら、第三戦のルールをどうするか決めましょうか!」
これから戦う敵というより、むしろ最高のホストのような笑顔で手招きする聖女ジャンヌ。
覚悟を決めていたはずの一行は、完全に毒気を抜かれ、ただただ顔を見合わせるしかなかった――。
◇◇◇
エーゲ海を一望するウォーターパーク最上階のVIPテラス席。
パラソルの影が落とす白いテーブルには、SPCの「タダ飯」権限によって注文された豪華絢爛な地中海料理が、これでもかと運び込まれていた。
「空腹にしみるわ……! 警戒して注文躊躇した私が馬鹿みたいじゃないの!」
「でしょ玲奈ちゃん!? このパエリアのエビの出汁、ヤバいわよ!」
松河と玲奈は、一口食べた瞬間から食の虜となり、豪華なシーフードパエリアや極上ステーキを前にテンションを上げて夢中でフォークを動かしている。
四神たちも「このお肉、めちゃくちゃ柔らかいーよ!」「僕たちのエネルギー補給にも最適だね」と、すっかりリゾートの空気に流されて舌鼓を打っていた。
一方で、四神用のパッチ調整作業をしながら片手でサンドイッチをかじるヴァンスと鳳凰、疲労困憊で高濃度スムージーを流し込むラプターといった面々は、それぞれの状況に応じたチョイスで静かに食事を済ませていた。
ジャンヌはその様子を「ふむ」と何かに納得しながら見つめていた。そんな中、テーブルの端でひとり異彩を放っていたのが白雪湊である。
「よしっ、サンドイッチとクロワッサンをテイクアウト用に五十個ずつ追加……っと。スタッフさんお願いね!」
白雪は自分の豪華な料理もしっかり平らげつつ、ちゃっかりSPCの無料パスを最大限に活用し、今後の道中で全員が食べる分のお弁当や軽食を大量に注文。スタッフへのテイクアウトをお願いしていた。
「ちょっと、白雪……? あんた、何やってるのよ」
呆れ返る玲奈に対し、白雪は自慢げに胸を張ってみせた。
「何って玲奈さん、お弁当の確保ですよ! これからの道中の食費も浮くし、いつ食べられるか分からないじゃないですか。こんなの慰謝料の一部にもならないわ」
ジャンヌも「分かってますねー! 貰えるものは病気以外全部貰っておくのが賢い生き方ですよ!」と白雪を絶賛していた。
そんなジャンヌ自身の目の前には、何枚ものステーキのメインディッシュとその横にうずたかく積み上げられた、大量の「食パン(白パン)」の山。
「んぐ、むぐ……! やっぱり食事の基本はパンですよ、パン! ふんわりして甘くて、何枚でもいけちゃいますね!」
両手に大事そうに抱え、至福の笑みを浮かべてモグモグと頬張るジャンヌ。積み上げられたパンの要塞で顔が見えなくなるほどだ。
「……あのジャンヌ女史、なんでそんなに食パンばかり召し上がるのですか?」
玲奈が不思議そうに尋ねると、ジャンヌはパンの山の上から一枚を愛おしそうに手にとった。
「私はジャンヌで結構です。敬語も不要ですよ、神崎さん。ふふん、分かってませんね! タダで好きなだけ白いパンが食べられる……これ以上の幸福がこの世にありますか? 昔はですね、硬ーーいパンがあるかないかで命が決まったんですよ! だから私は、パンに対してだけは絶対に妥妥しないって心に誓ってるんです、特に白パンには!」
力説するジャンヌの言葉には、笑いの中にも不思議な生々しさと説得力が宿っていた。
最後の白パンをパクリと口に放り込み、オレンジジュースでごくごくと流し込むジャンヌ。
プハッと息を吐くと、彼女はナプキンでちょこんと口元を拭い、先ほどまでの「駄聖女」の表情から一転、きりっとした鋭く美しい瞳で一行を見渡した。
「――さて、お腹もいっぱいになりましたし、そろそろ本題に入りましょうか。
……私たちの『第三戦』についてです。きっぱり言いますと、この中で私と戦う資格がある者は一人も居ないです」
その一言で、テラス席の和やかな空気が張り詰めた。
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