ロジスティクス
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は獅子心王リチャードの本質という話です。
どうぞお楽しみください。
リチャードとラプターの戦闘を見守るのは、実際に運動会参戦中の神崎や松河、ヴァンスと鳳凰やチーム四神の強化人間たち、SPCの超人たちだけではない。
ロドス島観光の人気スポットであるアクロポリスのアテナ神殿は、現地の観光客が放つ熱気に渦巻いていた。俳優らしき美青年とアクロバティックな格闘を見せる美人モデルの演武は、青い海と古代遺跡の持つ絶景に映えるスペクタクルなショーとなっていた。
「今回の旅行、超アタリじゃん!リゾート出来て、無料のとんでもないショーが見れるなんて」
「ええ、ロンドンのウエスト・エンドで舞台見に行かなくてよかったね。タダなのは最高だし、あの俳優さん超イケメン!動画撮らなきゃ、動画」
そして、この様子は我らが『IINCHOU』白雪湊の手によって全世界へと中継されていた。
新宿租界地区女子寮サイトのライブ中継は、ついに同接数が数十万人を超えようとしていた。
『ロドス島運動会 第二戦』のライブコメント欄は高速で大量の字幕が押し流されていくのだった。
@military_mania
F22ラプターってマジかよ、合衆国最新鋭の強化人間がこんなとこで動いてるとこ見られるとかやばすぎだろ。俺こないだミリタリー雑誌のグラビア特集買ったわ
@gg_lover
おお、即完売の特集な。ワイ、買えなくて悲しス。やべえ、めちゃくちゃ美人だわ……。強化人間の人ってなんでこんな美人ぞろいなんだろうね。金髪でムチムチ過ぎて死ぬ
@nami_hei_08
戦意高揚と国家の威信とかじゃない?それに単純にキレイなものが戦う姿は胸打つやん
マジレスすると、サイバネティクスに耐えられる脳は女の子だけだから、女の人しか強化人間に成れんのやで
@military_mania
中途半端な情報じゃのう。男性型強化人間は、世界で日本だけが大戦時に完成させた。扶桑重工の零式シリーズだけ男性型じゃ。先々月に二代目がロールアウトされたと報道アリ。
@nami_hei_08
補足サンクス。帝国の軍神を忘れとった。ちな、俺日本史苦手。
@anime_suki_99
作画すごすぎワロタ。アニメのアクションものみたい。ってか、これガチのライブなんでしょ?CG抜きなのマジか
@cinema_freak
今度の役者もまたカッコいいなあ……。でも誰だよこいつ? どこかで見たことあるぞ
@theater_otaku
オフブロードウェイの舞台に出ていた俳優だ。間違いない。ソースは俺の観劇記憶。
@producer_wan
第一戦の渋い俳優もだけど、絶対売れるよなこの人も。何この運動会って中継、ヨーロッパの売れ線俳優とか使ってんの? スポンサー金持ちすぎだろ
@boxer_daisuki
何このリチャードってやつ、ほとんど動かずに笑いながら防御してるすげえ……
@analysis_otaku
ボクシングの超高度なパーリングってやつだろあれ。見ててヒヤヒヤするわ
@yabai_tte
いや待て、相手は強化人間だぞ。ガチの殺し合いなら一瞬で死ぬから、これプロモーション用の撮影か何かだろ、絶対
――コメント欄横のライブ画面で、不敵に笑っていた美青年の表情がふと変わり、彼はこう告げた。
「――ラプター……猛禽か。なるほど、王者の大鳥。それならば、この俺『獅子心王』も本気を出さざるを得ないな……」
その一言を発し、リチャードはゆっくりと両手を大きく広げた。
刹那
中継カメラの映像が激しく揺らぎ、アテナ神殿を取り巻く空気が文字通りに凍りついた。
ロドス島の風が止まり、波の音が消え、画面を見守る白雪湊が息を飲んだ。
生身の人間から放たれたはずの圧倒的な「王の重圧」は、電波と回線を伝って、中継を補佐する租界女子寮の少女たち、そして世界中で画面を見つめていた同接数十万人のネットユーザーの視覚へと直接叩きつけられた。
(【システム通知】チャット欄パケット送信が一時的に激減しています……)
……。
……。
……。
(※チャット欄 空白時間 2分03秒)
……。
……。
◇◇◇
(うう、俺、こんなに大勢の人が見ている前で、両手広げて何やってんだろ。そういえばジャンヌに見せてもらった動画サイト、レッサーパンダは威嚇の時に両手広げて立ち上がるんだよな。あれってかわちいよな……)
(って、いや何考えてるんだ俺の脳みそは! 一発殴られたら肉団子だってのに、いま可愛い動物でメンタル安定させてる場合じゃないだろ!!)
蒼天と青い海を背景にしたアテナ神殿の古代遺跡。観光客でごった返すアクロポリスの中心で行われている、強化人間と大英雄(笑)の死闘。
両手を広げたリチャードの内心は、真正面から自身を見据える強化人間F22ラプターの迫力から必死に現実を逃避していた。彼の脳内では、リチャード自身が両手を広げるレッサーパンダとなって、強大な白頭鷲を威嚇するシュールな映像が絶賛再生されていた。
(はあーっ、早くこのポーズやめたい。足の裏つりそう。ていうか、みんなスマホ向けてこっち撮ってるし……うわ、見られてる見られてる、恥ずかしい死にそう)
冷や汗を流しながら、脳内ではそんなヘタレ全開の独り言を繰り広げていたリチャードだったが、やがて「あれ?」と周囲の異変に気づく。
――周囲が、妙に静かだった。
先ほどまで「キャー、超イケメン俳優がキメポーズしてる」と野次馬気分でスマホを向けていた観光客たちが、いつの間にか呆然と立ち尽くしている。
その顔に浮かんでいるのは、名も知らぬ俳優への興味や好奇心といった感情ではない。
見守る観光客も敵も味方も誰もが言葉を失ったように、その場に『立つこと』しかできなかった。ただ底知れぬ畏怖と、圧倒的な尊敬の念だった。
さらに、目の前で殺気立っていたはずのF22ラプターに至っては、両膝をわずかに震わせ、まるで全身を金縛りにでもあったかのようにその場から一歩も動けなくなっている。
(えっ……? なにこれ。マジで俺、何かした……?)
ちらりと周囲の様子を窺ったリチャードは、そこで初めて悟った。
――なるほど。わかったぞ。
この過剰なまでの静まり返り方、そして相手の強化人間が冷や汗を流して硬直しているこの完璧な空気感……。
(そうか! これだ! 俺の『微動だにせず両手を広げた無言の演技』がめちゃくちゃツボにハマって、みんな圧倒的な演出に気圧されてるんだ……! すげぇ! 俺のハッタリ演技、大成功じゃん!)
本人は「自分のハッタリ芝居がうまくいって相手がビビっている」と盛大な勘違いに浸っていたが、実際のところ、それは演技やハッタリのレベルを遥かに超越していた。
歴史上の大衆が積み上げてきた「獅子心王」への信仰と熱狂が、彼の無自覚なオーラを増幅させ――彼を目にした人間全てを畏怖と崇拝の底に叩き込む、正真正銘の『チートバフ』として大爆発していた。
リチャード本人は自分自身を『裸の王様』と勘違いしている。
しかし、彼が「食べ物が無いと詰む」と必死で考えた、海上輸送と陸運拠点の併用による軍事ロジスティクスは、現代軍事でもそのまま応用され続けている。これは彼が作った偉大な功績である。
それだけではない。「勝てる戦しかしない」「敵だらけのヨーロッパを変装で逃げる」「捕虜になっても王の威厳で相手を感心させた」といった数々の逸話や伝説は、リチャード一世が『英雄の皮をかぶった生存狂』であることを裏付けているのだ。
開き直ったリチャードが放つ『生存への執着』は強烈なカリスマとなり、世界をも圧倒する王者のチート『獅子心王』へと変化するのだった。
尚、本人に一切の自覚は無い。
……しかし、世界は、人々は、両手を広げるリチャードの次の言葉を静かに待ち望んでいた。
◇◇◇
両手を広げた絶対不可侵の要塞として、世界中の視線とラプターを完全に凍りつかせていたリチャードの脳内は、今まさにフル回転で大パニックに陥っていた。
(いや、待て待て待て! 俺の名演技に呑まれてみんな固まってるけど、これいつまでも動かないわけにいかないじゃん! 相手が本気出して突撃してきたら、俺の人間レベルの腹筋なんて一瞬で肉団子だわ!物理法則的に死ぬ! 確実に死ぬ!)
無事にこの状況から逃げ出したい。できれば無傷で、なんなら「勝者」として優雅に立ち去りたい。だが、この圧倒的な戦闘力を誇る最先端の強化人間を前にして、ものすごく鍛えた戦士(生身)でどう勝てというのか。勝てるわけがない。勝負を挑むこと自体がすでに詰んでいる。
必死に、死に物狂いで脳みそを絞り尽くしたリチャードの脳裏に、ふと、先ほどまで近くにいたあの老練なスペインの英雄、エル・シドのイケオジ顔がよぎった。
――『人間が託すってことの意味は、生き死にを超える。親が子に何かを残すように、師が弟子に何かを渡すように、人は自分一人じゃ終わらねえ。自分が歩いた道の先を、誰かが歩いてくれる。たとえその先で、俺の知らねえ景色を見ることになったとしてもな』
(そうだ……!)
リチャードの脳内に、雷鳴が「ピカーン」と閃いた。
エル・シドや学者たちが語っていた言葉、そして彼らがこのロドス島という舞台で示していた「次代へ繋ぐ」という文脈。
自分一人でこの戦闘メカ子とガチで殴り合って肉団子になる必要などないではないか。ここでスマートに次へ繋げばいい。そう、別の誰かに――次に控えているであろう勇者とも称されるゴドフロワか、あるいは聖女ジャンヌの野郎に、この面倒な戦いを丸ごと押し付ければいいのだ!
(これだ……! 俺の生存ロジスティクス、これしかねえ!!)
「負けないため」の最善にして唯一の戦略。それは自ら戦うことではなく、華麗に、かつ最高にカッコよく「次へ託す」こと。
だが、問題はその言い回しだった。
「いや、やっぱ無理ぽなんで、後はよろしこ!」などと言おうものなら、ただのヘタレクソニートとしての自分自身を全世界に晒し者にしてしまう。
(どう言う……? どう言えば「次代の英雄への期待と、大局を見据えた王者の余裕」を演出できる……!? 唸れ、俺の中の『獅子心王』……ププッ)
(くそっ、『獅子心王』を唸らせたところで、脳内の俺が笑うだけじゃん。吟遊詩人のレパートリー総動員しても、都合よくカッコいいセリフが出てこないぞ……っ!)
真剣に、冷や汗を流しながら「最高にカッコいい丸投げのセリフ」に頭を悩ませるリチャード。
だが、その真剣すぎる苦悩の表情すらも、周囲の人間には「強大な敵を前にして、なお次の一手を見据える深遠なる王の思考」と勝手に変換され、さらなる重圧となって周囲の空気を歪ませていく。
――本人の必死な保身と、世界が勝手に奉る神聖なカリスマの乖離は、ついに極限へと達しようとしていた。
一方ラプターは、目の前のリチャードがどう出て来るのか完全に分からなくなっていた。
圧倒的な格を持つ王であることは魂が理解している。
仮に、観客や遺跡への被害を考えず、冷徹に音速攻撃をリチャードに仕掛けたとしても、彼女には自分が勝利する姿は想像できなかった。
(なんて存在感なの……軍事基地そのものを相手にした方が……)
ただ両手を広げる相手に対する、次の一手が見当たらないラプターは焦りながらリチャードを見つめていた。すると、何を思ったのかリチャードは、大きく天を仰ぐと両手をゆっくりゆっくりと降ろした。
重圧を失った世界は再び動き出す。
ロドス島に風が吹き始め、波はその音を取り戻す。そして『獅子心王』は、ラプターに向かって静かに語り掛けた。
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