猛禽と獅子
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は中世最強と現代最強の話です。
どうぞお楽しみください。
海岸沿いの道路を滑らかに走るSPCの無人観光バス。
車内では、白雪が「誘拐の慰謝料の一部」として回収した機材の山を前に目を輝かせ、玲奈や松河たちがワイワイと騒ぎ立てている。その賑やかな空気から少し離れた窓側の席で、F22ラプターことスーザン・メイは腕を組み、静かに思考を巡らせていた。
(――生身であれだけの……)
脳裏に焼きついているのは、直前に行われたエル・シドと鳳凰の激闘だ。
サイバネティクスや生命工学による改造で極限まで高められた自分たち強化人間のスペックは常人をはるかに超える。しかし、あのエル・シドは、何の科学的恩恵も受けていないはずの生身の身体で、純粋な武芸と魂の重みだけで鳳凰の超速ラッシュを完璧にいなしてみせた。
SPCの英雄たちが持つ規格外の「格」、そして現実の物理法則を凌駕する存在感。十二歳から戦場を飛び回り、米軍でも『最強』の称号を手に入れた軍人であるスーザンにとって、それは驚愕であると同時に、戦う者としての闘志を強く刺激するものだった。
(……舐めてたわけじゃない。でも、想像以上よ。あいつらのスペックは、単なるフィジカルの強さじゃない。歴史の重みと、世界を書き換える形而上学の恩恵がある)
スーザンはちらりと前方の座席を見る。そこでは、先ほどの戦いで得た名剣『ティソナ』と『コラーダ』を不思議そうに眺める鳳凰。そして、次の戦いに向けて気合を入れるチーム四神の姿があった。
(エル・シドとの戦闘で鳳凰の打撃力は完成したわ。ルールであっても、彼女が勝ちぬけたのは正直痛い……。残されたのは、私とチーム四神。アデン海からここまでの実戦を経て、ルーキーだった四神たちは驚異的なスピードで『戦闘者』へ化けていっている。あの子たちの学習能力の高さは本物。個々のスペックでは私や鳳凰に及ばなくても、あの適応力があれば……)
スーザンはタブレット端末を取り出し、画面に視線を落とした。
そこに表示されているのは、SPC側から提示された「武人の四天王」のリスト。
ゴドフロワ、ジャンヌ・ダルク、エル・シド、そして――。
《 獅子心王 リチャード 》
十字軍という巨大なシステムを崩壊させないため、前線で補給戦術を徹底し、個人としての圧倒的な武勇と生存力で生き抜いた男。異教徒の大英雄サラディンにすら一目置かれ、エルサレムへのキリスト教徒の巡礼を認めさせた不屈の胆力。
軍歴や戦略的な規模で言えばゴドフロワには一歩譲るかもしれない。だが、「個としての戦闘力」と「戦場のプロフェッショナル」としての生存戦略にかけては、現在の最強でありプロの軍人である自分が、最も相対するべき相手だとスーザンは直感していた。
(綺麗事だけじゃ生き残れない戦場の過酷さを知っている。……私と同じ、『戦闘者』よ)
勝敗は別として。プロの軍人として、自分がこの男と戦わなければならない。
そして、自分がリチャードとどのように切り結び、どうやってその強大な壁に風穴を空けるか――そのすべての戦闘データを、後を追うチーム四神たちに残すこと。それこそが、今ここで自分が果たすべき「託すための動き」なのだと彼女は確信していた。
(単独任務ばかりだけで、チームプレイが苦手なんて言ってられないし……)
だからこそと専用回線を使い米海軍の戦術サーバーへとアクセスした。
画面に映し出されたのは、先ほどの鳳凰とエル・シドの剣戟から抽出し、徹底的に解析した「予測アルゴリズム」と「超速機動における神経接続のデータ」だ。
(……やるしかないわね)
本来、正規の許可も経ずに自軍の戦術サーバーでの分析結果を友軍へ共有するなど、後でどれほどお叱りを受けるか分からない「重大な独断専行」である。軍規や保安規定から見れば完全に懲罰ものの越権行為だった。
だが、これから挑む『英雄』の壁と人知を超えた巨像の破壊力を目の当たりにした彼女には、そんな手続きを踏む暇などない。
スーザンは手元の端末で、サーバーでの鳳凰とエル・シドの立ち回りの分析結果を素早く編集し、鳳凰とチーム四神へMADL(友軍第五世代強化人間のリンク通信)で一斉送信する。
「……っ!? なにこれ……?」
背後で、青龍が専用端末を思わず二度見した。
朱雀や玄武、白虎たち四神の端末が一斉に激しいアラートを鳴らし、脳直結の神経回路に直接流れ込んでくるような膨大な戦闘データの波に息を呑む。
「ラプター、これ……! 私たちの戦術OSに、勝手に新しい戦闘データが……! こんなの、一発レッドカードの違反行為じゃ……」
朱雀が冷や汗を流しながら問い詰めると、スーザンは端末から目を離さず、しかしどこか不敵に言い放った。
「文句はあとで聞き入れてあげる。……いい? これは、さっきのエル・シドの立ち回りを私の戦術サーバーで解析した戦闘データよ。正規の手続きなんて踏んでる暇はないから、私の権限であなたたちの戦術サーバーに強制的に派生させたわ」
「勝手にそんなことして、バレたらどうするんですか……っ!」
「友軍同士だからそこまで大ごとにならないわよ。そもそも私たちは今、世界を揺るがす怪物を相手にしているのよ。規律を守って全滅したいなら、勝手にデリートしなさい」
スーザンの容赦ない言葉に、四神の面々は絶句する。
ここでスーザンは、助手席の近くに座っていたヴァンスへと視線を向けた。
「ねえ、ヴァンス。この戦闘解析データをベースに、あの子たちの神経接続を限界まで引き上げる最適化パッチを組み上げてよ。あなたの腕なら、この生データから即席パッチくらい作れるでしょ」
突然の無茶振りに、ヴァンスは目を丸くし、呆れたように両手を広げた。
「……手持ちのPCだけでは不可能だが、当ては有る。租界女子寮のベルゲ君との共同作業ならね。というわけで、松河重役も神崎女史も目をつぶってくれ。白雪君、ベルゲ君に連絡を頼みたいんだが」
「ワタクシちゃんは問題無いわよ。女子寮なら秘匿性も完璧だもの」
「バレなきゃ良いわよ。バレた時は『記憶にございません』よ」
「さっき中継繋げたばかりだから、連絡はすぐ取れるわよ。ヴァンスさん」
スーザンは端末から目を離さず、緩やかな笑みを浮かべて仲間たちに告げた。
「『赤信号みんなで渡れば怖くない』だったかしら。日本のコメディアンも上手いこと言うわね」
車窓の向こうでは、海岸沿いの道路の先に、断崖絶壁の上にそびえ立つリンドスのアクロポリスとアテナ神殿の遺跡が姿を現し始めていた。
無人バスが静かに減速し、決戦の地・リンドスへと到着する。
軍人としての誇りと、ルーキーへ技術と意志を繋ぐ覚悟を胸に、猛禽――スーザン・メイは静かに立ち上がり、バスの扉の開く音を待った。
◇◇◇
(――どうしてこうなった……っ!)
直立不動の王者の姿勢(自称)を保ち、最低限の払い落しでラプターの連撃に次ぐ連撃をどうにかこうにかポーカーフェイスで耐え忍ぶリチャード。
(気を抜くと一瞬で後ろに回り込むんですけど、この娘!)
リチャードの胸中で、心臓がけたたましいドラムロールのように爆音を響かせていた。肋骨の裏側でバクバクと暴れ回る心臓は、情報体となった自身二度目の人生であることを綺麗さっぱり忘れているかのように、文字通り死の恐怖を訴えている。
(死んじゃう!マジで死んじゃう……)
……悲劇の発端は三〇分ほど前に遡る。
リンドスのアテナ神殿跡、歴史の重みが作り出した厳かな空気の中で、待ち構えていたリチャードの前にバスで現れた一行。
いつも通り正々堂々の騎士の名乗りを上げたリチャード。
その名乗りに軽いため息で応えたのが、ラプターのコードネームを持つ米軍最強の強化人間――スーザン・メイだった。
「随分早い出番になったわね。」
「君が私の相手だな、強化人間の少女よ。外見に似合わずかなりの手練れと拝見した」
「……さすがの慧眼ね、獅子心王リチャード。あなたが英雄サラディンと争った戦術や補給ロジスティクスは軍事史でもたっぷり教わったわ。だからこそ私はあなたを舐めない」
(ええっ?一体何習ったんだよ……。まあいいか、線の細い女性だから現代兵器使うんだろうな。でも、それだと俺死んじゃうから……そうだ、徒手格闘で組打ちに持ち込めば大丈夫だろう。強化人間って言っても体格差もあるからな)
「まあよい。競技についてだが、現代兵器でこのアクロポリスを破壊するわけにはいかん。徒手格闘はどうだろうか?君は線が細いが強化人間だ。不利になるとは思えんが」
「不得手とは言わないわ。あなたも武器は使わない、徒手空拳の『何でもあり』ってことね」
……現代兵器だと殺されるし、確実に勝てそうな勝負ならという理由で選んだ素手での勝負だったが、それが今、彼の命を削り取ろうとしていた。
戦闘行為は最小限に抑えたい。だが勝ちたい。
そんな虫のいい思惑と「競技をこちらで指定した以上、王者の獅子は先手を譲るものだ」という、我ながら最高にカッコいい台詞を吐いてしまった手前、引っ込みがつかなくなった結果がこれだ。
――ドゴォッ!! 轟音がアテナ神殿跡に響き渡る
リチャードは胸板で初撃を受け止めようとした瞬間、
(なにこれ、攻城兵器なのっ!?)
と心の中で叫びながら掌で軌道を逸らす。
目の前で繰り出されるラプターの超速の連続打撃を、リチャードは必死の形相で、しかし外見上はあくまでアンニュイな微笑みを貼り付けたまま、最小限の体捌きとディフェンスだけでどうにかこうにか受け流し続けていた。
(強化人間って……、こんなに強いのかよっ……!)
激突するたびに、痺れるような衝撃が情報体となった身体を揺らす。
かつての彼であれば、幾多の修羅場を潜り抜けた百戦錬磨の武勇を誇り、肉弾戦のパンクラチオンなど得意分野のハズだった。
それにSPCの学者先生たちが言っていた。『僕たちの身体は活字や創作、歴史の情報から再構成されている。その中には後世が勝手に膨らませた伝説や神話の補正も含まれているから、生前よりとんでもなく強くなっているはずだ』と。
だが、どうだ。
目の前の女――ラプターの放つ一撃は、圧倒的な『物理の暴力』で伝説の英雄補正などというファンタジーを、木端微塵に叩き割るものだった。
譲った初手は胸板で受け止め、そのまま関節技に持ち込もうと思ったのが甘かった。
攻城戦で使うバリスタのような拳が飛んできたのだ。驚愕に目を開いたままでリチャードは掌で初手を逸らす。すると背後に回ったラプターがニヤリと笑うと頸動脈を狙った抜き手を突き出す。
(怖いって!ちょっとなんか違うんですけど!!!!!)
もし最初の人生の純粋な生身の肉体でこんな化け物と殴り合っていたら、初撃のワンパンで秒殺されていた自信がある。いや、今だって一歩間違えれば首が飛ぶか心臓をえぐられている。
(嘘だろ……! 先手を譲った、なんてカッコいいこと言ってる場合じゃなかった……っ! これ、普通に死ぬ! 死んじゃうからね!? サラディンと戦ってた時より何倍も命の危機なんですけど……っ!)
涼しげな王者のポーズを完璧にキープしながら、リチャードの脳内は全方位に向けて絶叫と冷や汗で満たされていた。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
『続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、
下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!
ブックマークと感想も是非ともお願いします。




