命の鼓動
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本日は英雄と少女の戦う理由の話です。
どうぞお楽しみください
砂浜の潮風を切り裂いて、鳳凰の身体が爆発的な加速を見せた。
鳳凰の名にふさわしい猛撃――強化された肉体が繰り出す鋭い拳と蹴りの嵐は、周囲の空気を歪ませ、打撃の衝撃は重低音となって伝わる。
だが、エル・シドはその極限のラッシュのただ中にありながら、微動だにせず、ただ優雅に身体を流していた。
彼が振るう二振りの名剣――ティソナとコラーダは、その恐るべき切れ味を一切使っていない。あえて刃を返し、重厚な剣の「腹」で鳳凰の放つ一撃一撃を的確に叩き、いなし、軌道を逸らし続ける。
「嘘、あれ達人ってやつ?鳳凰ちゃんのすんごい攻撃をチョコンと動くだけで……」
圧倒的なエル・シドの技量に唖然とする松河がつぶやく。
「……人間ってあんなことが出来るんだ」
「違うよ、朱雀。多分あんなことが出来るから英雄なんだよね。きっと」
チーム四神の朱雀と青龍が息を飲みながら、両者の攻防を見つめていた。
攻撃と防御が完全に表裏一体となったその体捌きは、さながら荒れ狂う大津波を丸太一本で受け流す老練の水先案内人のようだった。
「速いな、科学の子よ」
超音速の打撃をいなす静かな金属音の合間から、エル・シドの落ち着いた声が漏れる。
「だが、お前がその空を駆け抜けられるのは、その足元に何があるか知っているからか?」
「っ、何でそんなに余裕があるのよ……!」
「もう一度聞こうか、鳳凰よ。お前の足元にあるのは何だ?」
「……地面よ!」
鳳凰がさらに出力を上げ、全身の神経を研ぎ澄まして跳躍した瞬間、エル・シドは剣の腹でその拳を受け止め、重圧を伴う一歩を踏み出した。
瞬間、二人の間にまとわりついていた空気が凝縮し、周囲の空間全体が目に見えない重さに沈む。その気圧の底から、エル・シドの魂を揺さぶるような重厚な言葉が紡ぎ出された。
「地面か……お前たちには、この砂浜も、対岸のアスファルトの道路も、その先にあるコンクリートの都市も、どこまでも続く豊かな畑も……それが最初からそこにあった『当たり前のもの』だと思っているのだろう」
ドォンッ! と、剣と拳が激突するたびに、プラソニシの砂浜が悲鳴を上げる。
「だがな、よく見るがいい。この世界に広がるすべての都市も、耕された大地も、誰かが天から降らせたわけではない。はるか昔、名前も残らぬ祖先たちが、荒れ果てた野を切り開き、泥水にまみれ、血と汗を流して一歩ずつ踏み固めて作り上げた『命の結晶』だ」
エル・シドの双眸に、遠い過去の記憶――自らが血を流して切り拓いたバレンシアの荒野と、それを守るために散っていった名もなき者たちの姿が宿る。
「……俺がかつて手に入れたバレンシアの土地もそうだ。広大で、美しい果樹園が広がる地ではあったが、一歩間違えば敵の血に染まり、開墾には途方もない時間と、無数の人命という代償が必要だった。土地とは、ただの足場ではない。そこに生きる者の歴史であり、魂の器なのだ」
繰り出される剣の腹が、鳳凰の身体をかすめるたびに、歴史の重みが物理的な圧力となって彼女の皮膚を叩く。
「この大地は、先祖たちの亡骸で積み上げられている。この川のせせらぎは、彼らが流した血の澱でできている。世界中どこでも変わらん。それを知らず、ただ与えられた実利だけを貪り、自らの自意識ばかりを肥大化させたお前たち現代人は、足元にある『祖先の血肉』を踏みつけにしていることに気づきもしない」
言葉と共にさらに剣を繰り出すエル・シドに、鳳凰は反転し鋭い蹴りを返す。
「商店からは賞味期限切れの食料が信じられない程の数が捨てられている。俺とお前が戦っているこの瞬間もだ。祖先と神が与えた大地の実りを無駄にするとは本当に度し難い事だ」
エル・シドは鳳凰の鋭い回し蹴りを完璧な体捌きで受け流し、至近距離からその瞳を真っ直ぐに見据えた。
その眼差しには一切の悪意はない。かつて世界を愛し、すべてを奪われながらも守り抜いた男が、現代へ向ける痛切なまでの憂いと、魂の断罪だった。
「だからこそ――もう一度、教え直さねばならんのだ。人間が生きるということはどういうことか。土地を愛し、家族を守り、神と祖先が繋いだ秩序の重みを、その身をもって思い知るがいい」
エル・シドの重く深い断罪の言葉が、砂浜の空気を凍りつかせる。
現代の豊かさの裏にある傲慢さを突きつけられ、鳳凰は鋭い息を吐き出した。
「それがどうしたっていうのよ……!」
超速の踏み込みで、鳳凰は一歩も引かずに肉薄する。
五体を打撃の嵐と変えてエル・シドを一気に飲み込んだはずであった。
しかし、全ての連撃連打はエル・シドの持つ双剣に弾かれ、躱され、いなされた。
超人二人、互いが織りなす打撃音は不思議なリズムとハーモニーを周囲へと響き渡らせる。
「なにこれ?ドラムの音か何か?」
「コンガじゃないか、すごくノリがいいぜ。ラテンだな」
「灯台の小島でライブがやってるみたいだわ。ちょっと遠いけど干潮の今なら渡れるよ」
その音が、対岸の砂浜や駐車場でマリンスポーツやレジャーに興じる観光客を、浅瀬でつながる離れ小島へと引き寄せた。
鳳凰とエル・シドが奏でる命の鼓動は、聴く者の心を魅了してやまなかったのだ。
◇◇◇
灯台脇の小高い丘、超人たちの共演は終わる事を知らない。
白雪は、ヴァンスと松河、「なんで私が」と渋る神崎玲奈を撮影に駆り出し運動会の中継を行っていた。三台のスマホを撮影用に同期させ、もう一台、自らのスマートフォンを中継元として、登録者数が百万人に迫る新宿租界女子寮の動画配信サイトにライブ接続していた。
「……ライブ同接者数が十万人超えてる。信じられない」
動画サイトのアナリティクス画面を眺めて紅潮した顔の白雪が顔を上げると、灯台の周囲には多くの観光客が取り巻いていた。
「ドラムじゃないんだ、あれはパフォーマンスか?」
「え……? え、今の何かの映画の撮影!?」
「すっごい……! なんて見事な立ち回りよ!」
誰かが発した声を皮切りに、割れんばかりの盛大な拍手と歓声に包まれた。
さらに、白雪が構える配信画面の向こう側でも、世界中の視聴者から賞賛と驚愕のコメントが滝のように流れ続けている。
してやったりという表情で笑う白雪は、小高い丘で行われる超人技を再び見つめていた。
◇◇◇
背後をチラリと見やりながら、大勢の観客を確認したエル・シドは大いに昂った。
名誉ある戦いに大勢の観客はつきものと、エル・シドは武者震いを隠せない。
ギアを一段上げて、さらにスピードを上げる二人のセッションは、エル・シドだけではなく鳳凰も更なるトランスの彼方へと誘うのであった。
偉大な英雄との剣戟の中、鳳凰の脳裏に去来したのは、自らのルーツだった。
(祖先の血肉……? 土地の重み……? そんなの、私には関係ないわよ!)
過去の英雄から「お前たちは傲慢だ」という一方的な断罪に対する反発。
――それと、同じくらい鳳凰の胸の奥で別の感情が激しくスパークする。
祖先はなくとも、この新しい身体、この血肉そのものが、己の父親であるエリオット・ヴァンスの執念と「娘を生かしたい」という圧倒的な願いの結晶ではないか。
自分自身が、誰かの途方もない想いや命のやり取りという「血肉のバトン」の上に立って、いまこうして息をし、動いている。
(私のこの身体だって……パパが私を護りたかったから、日本に渡って必死になって作り上げてくれたものじゃない……!)
エル・シドの語る「血肉の重み」は、彼女にとって決して他人事などではなかった。だからこそ、その言葉の底にある痛切な祈りが、誰よりも深く胸に突き刺さる。
「過去がどうとか、今の私には関係ない!」
鳳凰は全霊の出力で拳を振り抜き、エル・シドの懐へと飛び込んだ。
「私はね、誰かに流されるまま生きてるわけじゃない! 私を救ってくれたパパのために、今を生きる仲間たちのために、自分の意思でここに立っているのよ!」
「――ほう?」
エル・シドは双眸を細め、剣の腹でその一撃を受け止める。
だが、その拳に込められた熱量は、単なる物理的な衝撃を遥かに超えていた。そこには、与えられた環境に甘えるだけの現代人ではなく、自らの意志で運命を切り拓こうとする「本物の覚悟」が宿っていた。
拳を介した二人の会話は観客だけでなく、戦うお互いの心に深く共鳴した。
エル・シドの脳裏にも、過去の苦い記憶が思い返される。
――かつて自分が家名を守る為、王の命に従うまま、愛しい娘たちを政略婚に差し出したこと。その結果として嫁ぎ先から彼女たちを守りきれず、女性としての名誉を傷つけさせてしまったあの後悔。
家名を守る為に娘たちを管理した事、王命を守るという予定調和の枠組みの中に家族を閉じ込めることが本当に「守る」ことだったのか。それとも、目の前の少女のように、自らの意志で荒野へ踏み出す強さこそを育むべきだったのか。
(SPCの掲げる神の管理と予定調和か……。それとも、自らの意志で抗い、誇りをつかみ取ろうとする者たちの道か……。どちらが、本当に正しいのだ……)
ガギーン!!!!!
鳳凰の連撃を防ぐ鉄壁とも思えた双剣のあまりにも小気味良いリズムが唐突に破調した。
二人の中だけにある共鳴、揺らぎかけたエル・シドの胸中を看破するかのように、鳳凰はさらに踏み込み、その直視する瞳に揺るぎない光を宿して叫んだ。
「あなたの言うことなんて分からない! でも……あなたがその背中に背負ってきたもの、その痛みの意味も全部……!」
鳳凰は一歩も引かず、エル・シドの懐深くへ肉薄する。
彼女の視野は、もはや「パパと仲間のため」という小さな絆だけにとどまっていなかった。過去から脈々と受け継がれてきた命の重みと、未来へ繋ぐべき責任を、目の前の男が剣を介して伝えていた。鳳凰も拳を介してその魂で捉えていた。
「――あなたのその思いも、私が受け継ぐわ!」
その瞬間。
激しい金属音を響かせていた双剣の軌道が、ピタリと止まった。
エル・シドの目が見開かれる。
目の前の少女の姿に重なったのは、かつて荒野を駆け抜け、互いの命と誇りを預け合った愛すべき仲間たちの残影だった。
そして、かつてラモン伯やブカル将軍といった異教の強敵たちと死闘を繰り広げ、刃を交えた果てに、互いの誇りと魂を認め合って名馬バビエカや名剣ティソナとコラーダを好敵手から継承してきた己の半生そのものだった。
(……力ずくの管理や、予定調和の枠組みなどではない。人と人をつなぐのは、いつだって魂のぶつかり合い、そのものだったはずだ)
胸を縛っていた迷いの霧が、一瞬にして晴れ渡る。
エル・シドの顔から厳格な武人の覚悟が抜け落ち、代わりに雪解けのような深い安堵と、途方もない歓喜の笑みが浮かんだ。
(託すべきものは、すでにこの時代に芽吹いていた……。私たちが果たせなかった願いを、この子たちが、こんなにも真っ直ぐに受け継いでくれる)
肉薄する鳳凰の右拳。小さな少女の拳には、彼女の父ヴァンスや仲間の思い、そしてエル・シド自身の思いが託されていた。
「この娘、良い目、良い覇気だ。そして何よりも大きな隣人愛を持っている。小さい拳に大きな思いが見えるではないか!」
彼はあえて、全ての防御の構えを解き放った。
もはや手加減も、受け流しも必要ない。
ズドォンッ!!
世界が揺らぐような鳳凰の渾身の一撃が、エル・シドの胸元に直撃した。
衝撃波がプラソニシの砂塵を四方に吹き飛ばし、不敗の奪還者はその巨体に似合わず、静かにその場に膝をつく。
だが、その表情に敗北の悔しさは一切ない。
「……ガハハ……! 見事だ、科学の子よ。いや――我が思いを託すべき娘よ。我が一族よ」
エル・シドは力強く頷くと、自らの口で敗北を告げた。
「俺の負けだ。……参った」
膝をついたまま、胸から紙タバコを取り出し、火をつけたエル・シド。
咥えたタバコを一気に吸うと、満足そうに目を細め、気持ち良さげに宙へと吐き出した。
伊達男のその仕草はあまりにも画になった。そのために観衆のスマホからはシャッター音が一斉鳴り始める。
エル・シドは名優のように髪をかき上げると、埃だらけのスーツを払った。
女性の黄色い声援が一つ一つの仕草に湧き上がる。灯台の下は撮影会場と姿を変えていた。
「ねえ、なんでエル・シドさんは最後避けなかったの。だってまだまだ戦えるでしょ」
タバコの煙を手でパタパタ避けながら、鳳凰は尋ねた。
「ん?それか……。自分語りは恥ずかしいけどな。お前さんが、俺の思いを託せる相手と分かったら、戦う理由なんて無くなっちまったのさ。鳳凰、お前は誇り高い立派な騎士だ」
鳳凰の小さな手を掴むと、エル・シドはニヤッと笑いながら言葉を続ける。
「勝利には褒美が必要だろう、俺は身内や家臣に大切なものを共有するって決めてるんだ」
その瞬間、彼の傍らにある二振りの名剣――ティソナとコラーダが眩い光を放ち、かつて彼が敵将から受け継いだ名剣とこの場にいない名馬さえも、鳳凰の魂に焼き付けて解放した。
「なあ鳳凰よ、こいつらの名を呼んでみな。剣はティソナとコラーダ、馬はバビエカだ。資格があるならお前さんにも使えるようになる」
馬鹿みたいなことを言うエル・シドを訝しげに睨む鳳凰だったが、「ティソナ、コラーダ」とボソッと言った。
空間を歪めると彼女の小さな手に収まるように二振りの剣が姿を現した。
手の中に収まる双剣を見た鳳凰は信じられないようにヴァンスに向かって――
「パパ! パパ! 見て。私、魔法が使えるようになっちゃった」
「さすがに資格があったようだな鳳凰よ。しかも一気に二振りか。俺の腕利きの家臣や身内だってこんな離れ業出来なかったぜ。思いを託しただけのことはあったな」
娘の手の中にある剣を不思議そうに眺めるヴァンスと、「魔法、魔法」と喜ぶ鳳凰の親子を見ながら気持ちよさそうに笑うエル・シドに憂いは一切なかった。
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