奪還者と不死鳥
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本日はかっこいい英雄とカッコいい仲間の話です。
どうぞお楽しみください
錆びた灯台の真上からゆるゆるとホバリングを始める大型ヘリコプター。
灯台脇のなだらかな丘の上に砂埃を上げてヘリは着地した。
「やだ~!素敵なフライトだったわ。良いじゃんココ。マリンスポーツが出来てさ!プライベートでまた来なきゃ」
「馬鹿がバカばっかり言って。見直して損しちゃったじゃない!命は取られなくても戦場でしょうが」
「まあまあ、神崎女史も松河重役もそこまでにしようか。どうやらお相手がお待ちのようだ」
緊張を解す為か口数が多い松河を筆頭に、観光客の様なノリでワイワイと降りてくる。
ロドス島の最南端プラソニシに降り立ったそんな一行を遠くに見据えながら、エル・シド――ロドリゴ・ディアス・デ・ビバールは、スーツの内ポケットにそっと報告書をしまった。
(大商人に官僚、そして学者か……。戦力になるのは、あの娘たちのようだな。……強化人間。戦うために作られた科学の子か)
戦闘を前にすると必ず、エル・シドは緩やかに過去へと思いをはせる癖がある。
その脳裏に去来したのは、遠い過去の眩い栄光と、それを焼き尽くした過酷な運命の記憶だった。
遠ざかる時代を思い出し、エル・シドはかすかに目を細める。
今でいうスペインに生を受けた彼は、下級貴族の出でありながらその英明さを認められ、カスティーリャ王国の宮廷において若き日の王――サンチョ2世の側近として厚遇されていた。
優れた主君に仕え、知略と武勇で順調に出世街道を駆け上がった若き日。それは彼にとって、輝かしい栄達の季節だった。宮廷の薫陶を受け、美しき妻ヒメナを娶り、愛しい子供たち(ディエゴ、クリスティーナ、マリア)に恵まれて暮らした日々は、満り足りた幸福そのものだった。
だが、運命は容赦なく反転した。
英明な主君の死と、その後に権力を握った亡き王の弟、そして彼を取り巻く者たちの権謀術数と嫉妬。身の丈に合わぬ栄誉を得たことへのやっかみ、そして新たな王の猜疑心により、エル・シドはすべての地位を剥奪され、理不尽にカスティーリャから追放されたのだ。
王の気まぐれと嫉妬に翻弄され、信じていた君主に見放され、築き上げたすべてを一晩で奪われたあの苦難の日々。愛する妻ヒメナや幼い子供たちの手を引き、所持品すらろくに持たず、一時は泥を這うようにして故郷を追われた屈辱が、今なお古傷のように胸を疼かせる。
仲間とともに傭兵もやった。金にさえなれば、敵勢力の異教徒にも雇われた。全ては愛する家族と仲間の腹を満たすためだ。王の慈悲など、あてにならぬと骨身に染みて知った。
だからこそ彼は絶望に沈む代わりに立ち上がった。
頼れるのは、神への信仰と己の肉体。二振りの剣と愛する仲間たち。そして何よりも肉親への確かな情愛。それらを唯一の武器にして、彼は荒野を駆け、広大なバレンシアの土地を異教徒から切り開き、自らの名誉を奪還してみせたのだ。
王に背き、故郷を追われながらも、彼は己の誇りを曲げなかった。
不条理な現実に泥を塗りつけられようとも、自らの名誉を守り、愛するバレンシアの土地を守り、そこに生きる臣民と、胸に抱く神の教えを守り抜いた。謀略にまみれた王宮を離れてなお、正義に生き、我が身のすべてを捧げて大切なものを通し続けた誇り高き生涯。
彼はSPCに身を置き、歴史の管理者の一角としてこの地に立っているが、その根底にある動機は微塵も揺らいでいない。
何も世界を救う大義名分などではなく、ただ「かつて自分が命がけで守り抜いたような、愛おしい日常と誇りある神の秩序」を守り抜くためだけに、彼はここにいる。
「――さて」
思考の海から引き戻されたエル・シドは、目の前に迫る若き挑戦者たちへと視線を戻した。
スーツの裾を整え、おもむろに二振りの愛剣へと手をかける。その気宇卓越した双眸には、百戦錬磨の武人としての静かな闘志が宿っていた。
◇◇◇
砂浜の潮風がスーツの裾を揺らす中、エル・シドは静かに踏み出すと、目の前に並んだ若者たちを見据えて堂々と告げた。
「先ずは長旅をお疲れ様。そちらの名乗りは必要とせぬよ。うちの先生たちは手際がいいからな。報告の確認は済んでいる。さて、俺はロドリゴ・ディアス・デ・ビバール。――実におこがましいがエル・シド(我が主人)の二つ名で呼ばれている伊達男だ。お前さんたちが通るべく門を守る鬼と言ったところだ。さあ、誰が挑む。一人一回の総当たりだ」
戦人からの宣戦布告を受け、背後のヴァンスが作戦を協議しようと動くより早く、一人の少女がスッと前に手を上げた。
「私が行くわ」
鳳凰が迷いのない足取りで一歩前に出たのを見据え、エル・シドは片眉を上げた。
「――科学の子か。作られた最新の凶器機械といったところだな。……だが、武器だけに頼る相手とは戦う主義じゃねえ。そこに宿るべき持ち主の意志や想いが抜け落ちた道具と斬り結んでも、騎士の誉れにはならんのさ。……別の者を出せ」
「……凶器機械、ね」
鳳凰は一歩も引かず、熱い思いを湛えた双眸でエル・シドを射抜いた。
「私はね、誰かに操られてここに立っているわけじゃない。パパからもらった新しい力も、全部私自身が引き受けたもの。それに万が一負けたって、私の背中には、全てを託せる仲間たちがいる」
その声には、意志のない作られた兵器の冷たさではなく、自らの成すべきを完全に咀嚼した者だけが持つ、熱量が宿っている。
鳳凰はグッと拳を握り締め、エル・シドへと真っ直ぐに切っ先を向けるような気迫で言い放つ。
「意志がないだなんて言わせない。私には、守りたい家族と友達、超えなきゃいけないライバルが居る。……あんたの言う『凶器機械』が本物の牙を持っているか、この身をもって教えてあげるわ」
「いい気迫だな娘……いや、鳳凰と言ったな。最後の試しだ。これに耐えて見せてくれ」
そう告げると、エル・シドは腰から名剣『ティソナ』を鞘から抜き放ち、片手で高く構えた。
瞬間、周囲の空間がぐにゃりと歪んだかのような凄まじい威圧感が爆発する。あまりの重圧に、空気が目で見えるような錯覚さえ覚えるほどの密度で、プラソニシの砂浜を圧倒した。
「何だ、これは……?」
「どうなってるのよ。身動きとれないじゃない!」
「これもSPCの仕業なのっ……!」
ヴァンスも松河も玲奈も、その重圧に足をとられて一歩も動きが取れなくなった。それどころか、アデン海や紅海での戦闘を潜り抜けた強化人間――四神の面々でさえ、突如として浴びせられた重力のようなプレッシャーに、ガクッと片膝をつく。
この異常な空間で自由に動けているのは、常在戦場の歴戦を潜ってきたF-22ラプターことスーザン・メイと、すべての重みを背負う覚悟を定めた鳳凰、そして運動会配信の為にスマホの準備を進めていた白雪の三人だけだった。
すさまじい気圧のなかにあって、エル・シドはふっと表情を和らげ、どこか砕けた口調で笑った。
「――なるほど、二人は本物の戦人、もう一人は恐らく英雄の卵だな。よく分かった。無礼なのは俺の方だ。すまん、鳳凰」
エル・シドが掲げたティソナを下ろし、その圧倒的な重圧が一気に消え去ると、一同は「はぁっ……」と大きく息を吐き出しながら、ようやく普段の姿勢を取り戻した。
その隙に、ヴァンスは心配そうに駆け寄り、愛娘の肩に手を置いて無事を確認する。そんな父の気遣いに、鳳凰は少しだけ照れくさそうに頬を赤らめてそっぽを向いた。
そんな二人のやり取りを目の当たりにし、エル・シドは遠い日の我が子の寝顔をふと脳裏に浮かべながら、しみじみと口元を緩める。
(――科学の子か。だが、生みの親がいればこそ、その胸には熱い血が通っている。時代も形も変われども……親が子を想い、子がその背中を追う本質は何一つ変わらんか)
我が子を愛し、その健やかな成長と未来を願ったかつての自分を重ね合わせ、エル・シドは、ヴァンスと鳳凰を見つめると豪快に笑った。
「ガハハハッ! 実に良い。そうか、我が娘に己の思いを託したか、学者殿よ。ああ、実にいい目だ」
ヘリが轟音を上げて飛び去った後の、吹き抜ける風が心地よい開けた丘。
白雪がポケットWi-Fiを片手に中継の準備を慌ただしく終え、いよいよ開始の合図を告げるべく皆の視線を集めた。
対峙するエル・シドと鳳凰の身からは、それぞれが背負う誇りと覚悟が混ざり合い、戦気となってちはきれんばかりに膨れ上がっている。
「さあ、やろうか。娘よ、君の命は取らぬ。競技は格闘。我が武器はこの双剣よ」
エル・シドが静かに構えをとると、鳳凰もニヤッと不敵に笑い、自らの拳を突き出して力強く名乗りを上げた。
「私は鳳凰。エリオット・ヴァンスの娘。あんたの命を取らないわ。私の武器はパパからもらったこの力。肉体のみで戦うわ」
二人の気迫に満ちた宣言を受け、白雪はスマホのカメラをしっかりと据えながら、高らかに声を響かせた。
「それでは、『ロドス島運動会第一戦、SPCからはエル・シド、私たちから鳳凰! 勝敗はお互いが参ったするまでよ! それでは――はじめっ!』」
不敗の奪還者と不死鳥。二人の激突が、砂塵を切り裂いて幕を開けた。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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