奪還者
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は素晴らしい英雄と仲間の話です。
どうぞお楽しみください。
マンダラキ港の埠頭。打ち上げられた高速揚陸艇の傍らで、ヴァンスはライプニッツへと歩み寄った。ヴァンスから見たライプニッツは、夢幻の存在というにはあまりにも生々しい。ライプニッツは午後の太陽をまぶしそうに手で遮りながらヴァンスを見ていた。
「――ライプニッツ。こちらの方針を伝えておく」
ヴァンスの言葉に、ライプニッツは人懐っこい笑みを崩さず首を傾げた。
「おや、何かね? まさか降参というわけじゃないだろう?」
「まさか。逆さになってもあり得ないね」
ヴァンスは笑みを浮かべ、はっきりと告げた。
「こちらの人員は全員でまとまって行動する。個別の各個撃破なんていう甘い罠には乗らない。常に全戦力を一つの部隊として、君たちの用意した英雄たちを各個に叩き潰していく」
「ふむ……全員でねえ」
ライプニッツは面白そうに目を細めた。
「それは構わないとも。ルールさえ守ってくれるなら、君たちの陣形に文句は言わないよ。まだ身体が動かないナナオ君や、ルクレツィア、フランチェスカ、それにコラスといった私たちの関係者たちもね、この『運動会』の管理・保護対象として、この北端のゴール地点であるマンダラキ港に留め置くことになる。そちらがどう動こうと、このゴールのルールは変わらない。それでは大いに我々の英雄と旗の争奪戦を行ってくれたまえ」
「あぁ、承知しているさ」
ヴァンスが頷くとナナオの様子を確認した。
腹を押さえたままでうずくまっていたナナオであったが、ヴァンスを確認すると軽く片手を上げて無事を知らせた。声を出せる程はまだ回復していないようだ。
背後では大型のヘリコプターが重苦しいローター音を響かせ始めていた。北端のゴールに残る者たちと、南へと向かう者たち。決戦の舞台へ赴くための準備が、着々と整いつつあった。
「さて、出発するわよ。……にしても、これを用意させたのはあいつらSPCだけどね」
松河がフンと鼻を鳴らしながら、SPC側が手配した大型ヘリコプターに一歩踏み込む。
「やだ~っ。めっちゃ内装豪華じゃないの!でも、パパっと移動させることが出来ないなんて不便ね、結局は。形而上学だの神の奇跡だの言ったって、移動手段はこうしてローテクな航空機に頼るしかないわけじゃない?」
その松河の皮肉めいた呟きに、玲奈は腕を組みながらやれやれといった表情でため息をついた。彼女はあくまでリアリストとしての視点を崩さない。
「あーもう、早く行きなさいよ松河。つっかえてるんだから。私はあいつらのやってることは全部ハッタリか、精巧なまやかしだと思うわよ。空間の書き換えだのデータだのって言ったって、きっと手品みたいなものよ。だからこそ、こうしてヘリに乗って移動しなきゃいけないんでしょ?」
「神崎女史、それが一概にまやかしでは無いんだよ」
ヘリの搭乗口に足をかけようとしたヴァンスは、眼鏡のブリッジを押し上げながら振り返った。その瞳には、ハッタリや手品を見る者とは違う、科学者としての底知れぬ好奇と冷徹な確信が宿っている。
「君は『精巧なまやかし』と言ったね。だがね、現代の最先端物理学がどこにたどり着いたか知っているかい?――物理学者フアン・マルダセナが提唱した『ホログラフィー原理』さ」
ヴァンスはプロペラの轟音が響く中、指を一本立てて見せた。
「この世界に存在するあらゆる物質や現象は、突き詰めればわずか十七種類の素粒子たちの関係性の組み合わせでほぼすべて説明可能だ。物質の質量も、光も、そして君の肉体も、すべてはその素粒子たちの相互作用――いわば『情報』の網の目にすぎない。
そしてホログラフィー原理は、三次元空間の重力を含むあらゆる現象が、実はその境界(二次元の表面)に刻まれた膨大な情報の投影、つまり宇宙そのものが一種の『立体映像』であることを示している」
「……情報、ねえ」玲奈は眉をひそめる。
「ああ。彼らは物理法則を『破って』いるのではなく、物理法則の下層にある『設計図』そのものを書き換えている。十七種類の素粒子を束ねる関係性のコードそのものを、彼らの形而上学で書き換えているのさ。だからこそ、本来なら自重で潰れるはずの巨像も、重力というペナルティの項目をごっそり消去するだけで維持できる。
ヘリを使っているのは、彼らが移動というプロセスそのものを『省略する神』ではないからだ。彼らはあくまで、この世界のルール(演算処理)のなかでチートを使っているに過ぎない。だからこそ……このアナログなヘリでの移動も、彼らの敷いたシステム内における『整合性』を保つための必然なのさ」
ヴァンスの言葉に、玲奈はふんと小さく鼻を鳴らした。
「……理屈は分かったわよ。つまり、素粒子を都合よくこねくり回す、めちゃくちゃに高度でタチの悪いデジタル詐欺みたいなものね。余計に信用できなくなったわ」
「はは、まさにその通りだ」
ヴァンスは苦笑を浮かべると、仲間たちとともにヘリコプターへと乗り込んだ。
「白雪、何やってるの早く来なさいよ!」
玲奈が白雪に向かって声をかけた。彼女もライプニッツ達と何やら交渉を行っていたようで、彼らは驚いたように頷きながら大きく笑う。するとアイザックから白雪は何やら受け取っていた。
駆け寄ってくる白雪に玲奈は訝しげに話しかけた。
「あんた、何あいつらと話してたの?」
「何てことないわ、私が出来る事よ。ポケットWi-Fiを貸してもらったの。英雄との運動会を世界に配信するための許可取りもね」
白雪は不敵な笑みを浮かべながら玲奈に答えた。思わぬたくましさを見せつけられ、玲奈は呆れた顔で白雪を見つめた。そんなやり取りをしつつも、二人は大型ヘリに乗り込んだ。
爆音を上げる機体は、ロドス島の北端――マンダラキ港を蹴立てて飛び立ち、一気に島の最南端へと針路を取る。目指すはプラソニシだ。
◇◇◇
プラソニシの南端には、錆びた灯台がある。
強い潮風が吹き抜けるこの地では、ウインドサーフィンやパラセーリングに興じる観光客の姿があちこちに見られる。少し目の粗い砂浜が広がり、干潮時には灯台のある離れ小島まで歩いて渡れるハイキングコースとしても有名な地だ。
その錆びた灯台の下にある木製ベンチに、鋼を思わせる体格のいい男が腰かけていた。
ビーチリゾートに場違いな上下スーツを着ていることや、スーツに収まり切らない膨大な筋肉量、そしてあまりにも端正な顔立ち。
紙のタバコを嗜みながら、空を見上げて紫煙をくゆらせる。
映画のワンシーンを切り取ったようなその光景は、否応なしに衆目を集めていた。
「ふん、俺ほどの伊達男はどこにいても注目を浴びちまうな。どんなに時代が変わろうともこれだけは変わらん」
満更でもないように、周囲の観光客に軽く手を振る伊達男。
……バラバラ……バラバラバラバラ
はるか上空からヘリコプターの風切り音が聞こえてきた。
ちらりと空を見上げ、紙タバコを指でつまんで火を消すと、胸から携帯灰皿を取り出して品のある仕草で吸殻をそれにしまった。
「さてと、決闘の時間か……今日も俺を見守ってくれ、ヒメナよ。ディエゴよ。
クリスティーナよ。マリアよ。愛すべき我が家族よ」
胸から取り出したロザリオに口づけしながら呟くと、男は力強くベンチから立ち上がった。
男の名はロドリゴ・ディアス・デ・ビバール。
嫉妬から君主に見放され、全てを失った悲劇の英雄。だが、失意の底から愛する家族と己の名誉にかけて、広大なバレンシアの土地を異教徒から二振りの愛剣で取り戻した、誇り高き奪還者。
後の人は彼をこう呼んだ。
我が主人「エル・シド」と。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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