生存戦略
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は素晴らしい強敵と頼もしい仲間の話です。
どうぞお楽しみください。
最悪の状況下で闖入してきた年長の仲間に対して、白雪が怒りながら文句を言う。
「……あのねえ、大人の貴方たちに言いたくないけど相手は歴史に残る超人ぞろいよ。安易に『やってやるわよ』って回答できるような相手じゃないの。分かってるの?あの巨像で戦闘されちゃたまんないから『運動会』に強引に持ち込んだのに……英雄相手に総当たり戦なんて」
松河はふわりと笑って両手を振った。
「良かった白雪ちゃんが無事で、ホッとしちゃったわよ。や~だ、そんなに怒らないでよ。ワタクシちゃんも玲奈ちゃんも十分に勝機ありと思ってるのよ」
それに続くように、玲奈が腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
「私はね、悔しいけどあんたを相当認めてるのよ、白雪。あいつらが何者か知らないけどね、超人相手にあんたがした交渉内容は見事としか言えないわ。『参加者に平等な内容で、試合に関係ない人へ被害が及ばない』だっけ。計算づくでやったんだったらあんたも十分怪物よ」
最後にヴァンスが静かに歩み寄り、眼鏡のブリッジを押し上げながら優しく微笑んだ。
「白雪君、君が付けた縛りは、彼らがどんなに超絶な超人だったとしても、我々対戦相手のレベルに合わせるって事だよ。しかも周囲に被害を出さないって約束もつけたんだ。僕からも言わせてくれ。よくやったよ僕たちの『IINCHOU』。さて、ここからは任せてもらえるかな。僕ら大人が君たちと最善の結果が残せるように超人との知恵比べだ」
ヴァンスは巨像と英雄たちを見据えて力強く答える。その視線に気づいてかライプニッツが人懐っこい笑みを浮かべて声をかけてきた。
「やあ。これで選手がみんな揃ったんだね。改めてみんなに自己紹介だ。僕たちはSPC。遠い昔から人類をより良き道に導く神の教えを守るものだ。君たちが作ったこの社会の大半は僕らの学問から生まれたんだよ。分かりやすく言うと僕らはボスキャラだ。僕らの善意を忘れ、学問だけを利用して戦争と貧困と分断を選んだ君たちを、神の名の元に完全管理する。」
これを受けたアイザックも不思議な笑みで話しかける。
「左様、我々にも責任がある。我らの危険な学問を人間に善意がある事を前提に残してしまった大罪だ。それゆえに我々は同志と共に泥をかぶることにした。世界を正しく導くためには、手段を選ばないと決めたのだ。物理学をも超えた形而上学を編み出し、結果生まれたのが我らの愛しい子供、代行者ルクレツィアとその娘たち。そして、善意の上に作られた暴力装置、矛盾の人形たる「巨像」だ。巨像は世界各地に配置した。君たちが『運動会』に負けたなら、我々は現存人類を神の名の元に管理する。これにはナナオという代行者にも参加してもらうぞ。彼と巨像、二つの恐怖と脅威を使ってすべてを管理する。君たちが勝ったなら、この野望を保留する。」
リチャードがさらに獰猛な笑みで付け加えた。
「さあ、我々は超人だ。一騎当千の伝説を持つ武人が君たちを激しく出迎えさせてもらう。武と知の超人が手ぐすね引いて追いかける。若者よ。より良い明日を掴みたいと思うなら、我々にかかってくるがいい。我らの陣容はここに記してある。戦乙女から受け取るがよい」
胸から羊皮紙を取り出すとリチャードは、F35ことアリスへ手渡した。
受け取ったアリスは複雑な表情で、「ふう」とため息をつくと、まっすぐ姉であるF22ことスーザンの元へやって来た。
「……お姉ちゃんさあ、連れ戻すつもりなら全力で抵抗するからね」
アリスは姉スーザンを睨みつけながら、羊皮紙を手渡した。そして振り返ることなく、SPCの仲間の待つ巨像の元へと立ち去るのだった。
羊皮紙をそのままヴァンスに渡すと、スーザンは遠ざかる妹の背中をずっと見つめていた。
◇◇◇
昼の日差しを遮らんばかりの巨像が立つマンダラキ港。
狭い港の入り口を跨ぐようにそそり立つ巨像とエーゲ海は、かつての伝説「世界の七不思議のひとつ、ロドス島の巨像」にふさわしい眺めであった。
その港内の埠頭の一つでは、神倉重工の誇る高速揚陸艇が打ち上げられたシャチのようにひっくり返って黒い船底を外気にさらしている。その周りでは、ヴァンスを中心に作戦会議が開かれていた。
相手陣容が書かれた羊皮紙と手持ちのロドス島マップを見ながらヴァンスは深いため息をついた。
「……白雪君、君には本当に助けられた。相手が本当に超人過ぎるんだよ、あの縛りが無ければ強化人間であっても戦いにならないかもしれない。」
「パパ、どういうこと?単なる強いだけの人間なら、私たちの敵にならないと思うけど」
鳳凰は、強化人間としての素直な矜持を父であるヴァンスに投げかけた。
「うん。通常ならそうなんだけど、彼らは普通の物理が通用しないんだ。あの巨像も僕らの物理学なら、自重で自壊するはずだ。しかし自壊をしていないし、人間と同じスピード感で動いてる。彼らが物理を超越した形而上学って言ってたのがまさにそれだよ。
恐らく彼らは、自分たちに都合のいい情報だけを取り出す技術を持っているんだ」
「待ってよパパ、それって要するに……私たちがどれだけ強い一撃を入れても、あいつらの都合で『なかったこと』に改ざんできるってこと?」
鳳凰が眉をひそめると、ヴァンスは苦笑しながらうなずいた。
「大体そんなところさ。僕たちがやっているのは立体的な物理の殴り合いだけど、あいつらはその大元の『設計図』を書き換えている。巨像が自壊しないのも、重力というペナルティの項目をごっそり消去しているからなのさ」
「……なにそれ。反則もいいとこじゃない」
「彼らは、この世界が「0と1」のようなコードで出来てるって理解してるんだ。最新の物理学がようやくたどり着いた境地なんだけど、彼ら哲学者は何百年も前からそれを考えていた。その中の完成形がライプニッツのモナドロジーなんだ。僕たちの最先端理論『ホログラフィー理論』と、本質的に同じことを言っているのさ」
「何百年も前に……それじゃあ……」
「ああ。だからこそ、白雪君が持ち込んだ『運動会』の縛りが唯一の救いなんだよ。彼らががいくら世界を書き換えられる超人ぞろいでも、僕たち対戦相手のレベルに能力を固定させ、場外への被害を出せないという『ルール(足枷)』を縛り付けた。……つまり、その情報書き換えの演算リソースを、僕たちとの個別の勝負に縛り付けることに成功したんだ」
「玲奈ちゃん、これ見て!相手のメンバーえげつないわよ。司令塔がデカルト、ライプニッツ、アイザック・ニュートン、ケプラーでしょ……。そして、実際に立ちはだかる『鬼』の四天王が、『十字軍を率いてエルサレムを奪還した軍神ゴドフロワに、中世最強の獅子心王リチャード、オルレアンの聖女ジャンヌ・ダルク、死してなお敵を討った不敗伝説のエル・シド……!西洋史を見渡しても、これ以上ないってくらいの最強の格が揃ってるじゃない!』」
松河が冷や汗を流しながら、手渡された羊皮紙の陣容を仲間たちに読み上げる。
「ちょっと待ってよ、それって歴史の教科書か神話のオールスターじゃない。そんな化け物たちと、ロドス島全土で旗取り合戦(運動会)をするって言うわけ……?」
玲奈が呆れたように額を押さえると、ヴァンスは静かに目を細めてその名簿を見据えた。
「――なるほどね。現代社会のほとんどを作った『知の超人』たちが敷いた形而上学のシステムが、彼ら歴史上の英雄たちを『武の超人』として実体化させているのか。『巨像』も含めてね。……相手にとって不足なし、か」
片手を上げたF22ラプターことスーザン・メイが、軍人の顔でヴァンスへと提案を投げた。
「ヴァンス、米軍士官として『強化人間を前衛にした遊撃による各個撃破』を進言するわ。幸いこっちには六人の強化人間が居る。どんなに相手が強くとも、ルールの縛りがある状態なら強化人間がペアを組んで一人に当たれば勝算は高い。チーム四神の四名で英雄二名、鳳凰とあたしは各々英雄一人ずつを担当する。そうすれば、あなた方非戦闘員は指揮に集中できるわ」
「さすが、キャリアの長い現役士官だ。純粋な戦闘なら賛成したいところだけど……これは『運動会』という名のスポーツなんだ。しかも相手がこちらのレベルに合わせてくれるという条件付きだね。
ならば、僕ら非戦闘員も参加しない手はない。人員の総数は白雪君を含めて人間四名、強化人間六名の合計十人。その枠内で自由にチームを組んで出場できる。総当たりだから一度試合をすればそのメンバーは非参加になるがね」
「……悔しいけど一理あるわね」
スーザンは片眉を上げながらも、すぐに軍人らしい切り替えの早さで頷いた。
「あたしは"殲滅戦"に染まりすぎてたってことか。ヴァンス、続けて」
ヴァンスはニヤリと笑い、地図上の敵に見立てた四つの駒を指し示した。
「だから、最初から固定の数で分けたりはしない。遭遇した英雄たちの特性を見極め、その都度最適な組み合わせ(オーダー)をぶつける。場当たり的に見えるかもしれないが……このルールの隙を最大に突くなら、これが一番の悪あがきさ」
「――私たちもフリーの遊撃駒として自由に使ってくれるんだ」
チーム四神の朱雀が、笑みを浮かべながら肩を鳴らす。軍人としてはまだルーキーである彼女たちにとって、大御所たちの手の内で縦横無尽に暴れ回る戦術は、むしろ血が沸き立つものがあった。
「文句は言わないよ。ルーキーのぼくたちが派手に撹乱して、あの化け物たちの隙を作ってやればいいんでしょ?」
「ふん、調子に乗らないでよ、玄武。いざとなったらあたしが全部持って行くからね」
「全部は無理よ、私が居るもの。ね、パパ」
F22ラプターことスーザンが呆れたように鼻を鳴らしつつも、その背後で鳳凰が静かに闘志を宿す。世界を飛び回る現役最強のラプターと、個としては最強スペックを誇る鳳凰。そして、伸びしろだらけのルーキーである四神たちだ。
この話し合いを見ていた白雪は、自分の交渉がヴァンスや松河、神崎玲奈と言った大人に甘やかしではない評価を肌で感じていた。そして強烈な自負を胸の内に抱いていた。
自分の交渉がいかに完璧だったか、彼女は少しだけ大人たちを「見下して」いた。
高校生として生きるにはあまりにも優秀すぎる白雪が持つ悪癖だ。
だが、目の前で繰り広げられている光景は、その甘い自負を木端微塵に砕くものだった。
玲奈が瞬時に見抜いたのは、単なる感情的な評価ではなく、国家と組織を渡り歩く官僚としての冷徹な法理と利害計算の整合性だった。松河が飄々としたおネエの仮面の下で隠していたのは、巨大企業の現役役員として数多の修羅場をくぐり抜け、市場や権力を手玉に取ってきた圧倒的な経営者目線。そしてヴァンスは、技術者・科学者・戦術家、そして父親としてのあらゆる視座を統合し、絶望的な理不尽をただの「攻略可能なゲーム盤」へと一瞬で再定義してみせた。
理不尽な超人たちを相手に、自分が絞り出した「運動会」という名の縛り。それを大人たちがただの子供の強がりではなく、勝機を掴むための唯一にして最善の戦術基盤として全幅の信頼を置き、計算づくの布陣へと昇華させていく。
(……この人たちの誰にだって、私届いていない、まだ全然足りてないんだ)
目の前で地図を囲み、不敵な笑みを浮かべながら次の一手を語り合う大人たちの背中を見つめながら、白雪は小さく拳を握りしめた。自分が持ち込んだ小さなルールの隙間に、彼らは命懸けの勝機を見出している。ならば、ここで縮こまっている場合ではない。
「……上等よ。私たちが持ち込んだ土俵なんだから、最後は盛大にひっくり返してやる」
白雪は気後れを飲み込み、キッと前を向いて仲間たちの輪へと歩み寄った。
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