ギャンブラー
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は素晴らしい仲間たちの登場話です。
どうぞお楽しみください。
岸壁を覆うような重厚な城塞。島の北側に広がる、エーゲ海の陽光を反射して煌めく開放的な近代港。
太陽煌めく地中海のリゾートアイランド――それが、今回の目的地であるロドス島だった。
だが、その目的の島を視界に入れた瞬間、松河は操縦桿を握る手に思わず力を込めた。
なぜか島の北端、その一帯だけが、すっぱりと切り取られたように底知れぬ暗闇に覆われている。昼間の陽光がまるでその境界線で断ち切られたかのように、異様な黒い闇が海と空を呑み込んでいた。
「ねえ、松河、ヴァンス……私、夢でも見てるのかしら」
コックピットの席で、怜奈が信じられないものを見るように目を凝らし、か細い声を漏らす。
「最大望遠で近辺を……ダメだ、空間そのものが歪んでやがる。電子機器のセンサーもまったく通じない。完全に真っ暗だ。何なんだ一体……!」
ヴァンスがディスプレイを叩くようにして険しい表情を浮かべる。その隣で、玲奈もまたただならざる気配に歯噛みしていた。
常軌を逸した異常事態。けれど、そこで怯えるような彼らではない。
「……こんな訳分かんない現象ごときで怯えているようじゃ、『租界地区のお姉さん』やってらんないのよね」
松河は不敵な笑みを浮かべると、仲間たちに向けて声を張り上げた。
「みんな! 行くわよ! タービンぶっ飛んでも知ったこっちゃないわ。――フルスロットルよ!」
松河は暗闇を真っ直ぐに睨みつけ、限界までスロットルを押し込む。エンジンが凄まじい咆哮を上げ、機体は爆発的な加速とともに闇の領域へと突っ込んでいった。
到着まで、あと二十分――。
その時だった。
前方を覆っていた不気味な暗闇が、まるで何かを合図するかのように、ふっと明るさを取り戻す。
「――っ!?」
視界が開けた次の瞬間、海面が文字通り大爆発を起こした。
「ヤバいわ! 面舵一杯、波を除け……! あれ……、なによ、あれ……ッ!」
荒れ狂う水飛沫の向こうに、信じがたい光景がそそり立っていた。
クジラよりも遥かに巨大な、どう見ても「人型」の何かが、マンダラキ港の東西の突端を跨ぐようにしてゆっくりと立ち上がっていく。
海水をごうごうと滝のように零し、エーゲ海の水平線を圧倒するほどの巨体。
その絶望的なまでの威容を目の当たりにして、ヴァンスは息を漏らした。
「あれは……人……なのか?」
絶句しながらも、ヴァンスは計器から目を離さず、恐怖を否定するように頭を振る。
「馬鹿な……あんなスケールで人型を維持できる構造なんてあり得ない。二乗三乗の法則で、自らの重さに耐えきれず自壊するはずだ。物理法則を完全に無視している――あれは、ただの『もの』じゃない……!」
直感と、かつて解き明かしたSPCの技術体系が、ヴァンスの脳内で不気味に結びつく。
――モナドロジー。観測による確率の固定。
あれは、物理法則で成り立っているのではない。
物質に限界があるのは、人間が「いつか壊れる」と観測し、物理法則がそれを許すからだ。しかし、あの巨像は、SPCの観測システムによって「絶対に壊れない」という状態に観測され続け、確率の枠内で固定されている。
外部からの物理的衝撃など、あの「観測の呪縛」の前には何の意味も持たない。文字通り、物理のルールそのものが書き換えられている。
(……あれが、敵になるというのか……SPCめ……くそっ、物理を都合よくねじ曲げやがって……!)
絶対的な理不尽の結晶だ。
圧倒的な絶望を目の当たりにしながらも、ヴァンスの脳裏で歯車が回り続ける。
正面からの物理暴力が通じないのなら、あの「観測の基盤」そのものをどうやって覆すことが出来るか。
湾内に現れた巨像は、等身大の人間であるかのような自然な動作で、軽く腕を振るった。
ただそれだけで発生したマッハ三の超高圧衝撃波の余波が、マンダラキ港をまさに地獄絵図へと変えていく。
荒れ狂う暴風と弾き飛ばされた無数の瓦礫が空を覆い、高低差十メートルの怒濤が高速揚陸艇を容赦なく直撃した。
「うわあああっ、船体が持たないわよ!?」
「面舵一杯――! くそ、推進制御が利かない……っ!」
爆風と波に煽られ、揚陸艇はコントロールを失って空中へ投げ出された。
その一瞬の危機に、世界最高峰の強化人間たちが動く。
ラプターが凄まじい跳躍で空を蹴り、放り出された玲奈の腕をガッチリと掴み取る。鳳凰は愛するヴァンスを抱きかかえるようにして守り、四神の青龍は松河の襟首をひっ掴むと、それぞれが崩壊しかかる埠頭へと飛び降り、激しい着地衝撃を華麗にいなして見せた。
ドスッ! と砂煙を上げて、メンバーが次々と地面に転がり出る。
「神崎、生きてるようで何よりだわ」
「……はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「パパ、無事?……って、なんでこんな時にまで考え事してるのよ」
「…………」
「松河重役、大丈夫!?」
「なんとか……な、何よこれ、冗談でしょ……!」
やれやれと服の埃を払う間もなく周辺を確認した一同の目に飛び込んできたのは、――巨像が放った衝撃の余波。その絶望的なまでの破壊から、コラス、フランチェスカ、そして白雪を護り通した代償か。
ナナオは拉致の張本人たちと共に、満身創痍となって地面に倒れ伏していたのだ。
そして、その傍らに立っていた白雪は、まさかこんな面々が降って湧いてくるとは思っていなかったらしく、目を丸くして絶句している。
――ラプター、鳳凰、四神、そして松河、ヴァンス、玲奈。全員の姿を認めた瞬間、白雪は青筋を立てて絶叫した。
「ちょっと、あなたたち……! 一体、何しに来たのよっ!? ここは今、人類の存亡をかけた最前線なのよ、危険だから今すぐ離れてっ!」
白雪の必死の怒号に対し、玲奈は整えた服の裾をパタパタと引っ張りながら、フンと鼻を鳴らして言い放つ。
「何言ってるのよ、白雪。わざわざこんな世界の果てまで、あんたたちを助けに来たに決まってるでしょう!」
「そうそう、白雪ちゃんとナナオ君が拐われたって聞いて、お姉さんたちがほっとけるわけないじゃない」
鳳凰やラプターたちも、やれやれといった様子でそれに続く。
そんな緊迫した空気を微塵も気にせず、松河だけは遠くでひしゃげた自身の特務艇を一瞥し、ホッとしたような、しかしどこか嬉しそうな声を上げた。
「まったく、自慢の高速揚陸艇はあそこの埠頭の端っこで綺麗にひっくり返っちゃってるわ。居住区のほうはペチャンコにひしゃげてそうだけど、肝心の船殻部分は無事みたいね。さすがワタクシちゃんの神庫重工製、いい仕事してるわぁ」
「船の心配してる場合じゃないでしょ!」
◇◇◇
一方その頃、「騎士団長の館」の一室――。
「――ほう、彼らの仲間が来たようだな」
モニターに映し出された、マンダラキ港の埠頭の上へと高速艇から飛び出した一団を見て、ケプラーがどこか面白がるように片眉を上げた。
デカルトは腕を組んだまま、冷徹な瞳でその顔ぶれを確認する。
「ラプターに鳳凰、それにチーム四神の面々……おまけに神庫重工の特務艇まで持ち込んだか。世界最高峰の第五世代強化人間たちが、よくもまぁ一箇所に集まったものだ」
周辺の監視網や国家からの通達によって、彼らの接近と戦力の内訳はすでにSPC側へ完全に把握されていた。
本来であれば、完全管理の箱庭(予定調和)を揺るがしかねないイレギュラー。ここで一斉に巨像の全火力を叩きつけ、文字通り塵へと消し飛ばすことは容易い。
だが、モニタの向こうで若者たちが必死に立ち上がり、それぞれの「想い」をぶつけ合おうとしているその姿に、英雄たちの間で、ふと空気が変わった。
「……どうするね、デカルト先生」
ケプラーの問いに、デカルトはわずかに苦渋の色を帯びた笑みを浮かべる。
「若者たちがあのような熱量で、命がけの『運動会』を仕掛けてきたのだ。押し潰しては、私たちが彼らに抱いている『期待』そのものを踏みにじることになる」
ジャンヌもまた、拳を握りながら力強く頷いて言った。
「そうよ。彼らが自分たちの手で私たちの矛盾を打ち破ろうというのなら――こちらも、真正面から受けて立とうじゃない。向こうも武人が増えたというなら、総当たり戦といきましょう」
完全管理の予定調和から、信念をぶつけ合う「総当たり戦」への移行。
それはSPC側にとっても、ある意味では若者たちの賭けに乗るという名の、最大の譲歩であった。
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