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重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜  作者: 益城 茜


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英雄の矛盾

いつもお楽しみいただきありがとうございます。

本日は英雄たちが見せる真の思惑の話です。

どうぞお楽しみください。

 

 ――その喧騒から少し離れた、ロドス市内、小高い丘にある「騎士団長の館」。

 その静謐な一室で。


 埠頭から転移した彼らは、世界各地の管理端末のモニターを見つめながら静かに言葉を交わしていた。デカルトとケプラー、そしてジャンヌ・ダルク、いずれも名だたる知と武の英雄たちだ。


「――それにしても」


 ケプラーの言葉に、デカルトはわずかに視線を動かした。モニターの向こう、同志であるライプニッツやアイザックたちが、いまや若者たちの「運動会」という提案を受け入れ、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべているのが見える。


「私たちが抱えるこの矛盾も、ここでようやく一つの答えを迎えるわけか」


「矛盾、ですか……」


 ジャンヌがスマートフォンを握りしめながら、苦い笑みを浮かべた。

 それは彼ら英雄全員の、決して拭えない共通の悩みだった。


「人間の自力で生きるべきだと説きながら、私たちが作った巨大な管理システムで全てを縛り上げなければ世界が持たない。……我々がやっていることは、道徳の否定であり、自己矛盾の極みだ」


 デカルトが自嘲するように呟く。その精神的な支柱として、彼らが自分を「先生」と仰いでくれることに対して、デカルト自身は常に居心地の悪さを覚えていた。自分よりも遥かに長い歴史と業を背負った者たちが、なぜこの矛盾の塊のような自分を頼るのかと。


「それでも、行わなければならなかった」


 ケプラーが静かに、しかし力強く言った。

 私たちがここで手をこまねけば、世界は二度と取り返しのつかない破滅を迎える。その確信と恐怖があったからこそ、彼らは神の名の元に完全管理ルートを選びかけた。


「……だが同時に、果たしてこんなやり方で本当にいいのかという後悔も、ずっと全員の胸の内にあった」


 ジャンヌが前線のモニターに目を細める。

 だからこそ、彼らは白雪やナナオたちが持ち込んだ「運動会」という不確実で泥臭い賭けを、心のどこかで待ち望んでいたのかもしれない。ライプニッツたちが自分たちの計算や予定調和の檻を若者たちに打ち砕かれる可能性があることを、どこか嬉しそうに、そして救われたような顔で見守っている理由もそこにあった。


「彼らが私たちの絶望を乗り越えてくれるなら、この後悔も抱えた矛盾も、すべて報われる。……そうよね、先生?」


 ジャンヌの問いかけに、デカルトは深く息を吐き、やがて微かに口元を緩めた。


「ああ……。私の築いた理性の限界を、彼らのその不格好な熱量がどこまで塗り替えてくれるか、見せてもらうとしよう」


「……ふむ。あそこの若者たち、なかなかに健闘しているではないか。『IINCHOU』と言ったかな。彼女の提唱した『運動会』などという情緒的アプローチに、まさか我が輩たちの同志がここまで乗っかるとはね」


 モニターの端で、ケプラーがどこか楽しげに、しかし冷徹な眼差しで呟く。

 その傍らで、ルネ・デカルトは腕を組み、理性をたたえた瞳を細めていた。


「褒めたものではないな、ヨハンネス。あような不確実性の高い情動に依存した式典行為など、数学的にも論外だ。……しかし、彼らが我々の問いにまともに答えられず、あの場でただ絶望に溺れていたならば、今頃は別の手順を踏んでいたはずだ」


「……そうね」


 ジャンヌ・ダルクが、重苦しい声音でそれに同意した。

 彼女の視線の先には、ロドス島だけでなく、世界の要所に隠された数多の巨像たちの起動シグナルが点滅している。


「もし、あの若者たちが私たちの歴史の重みに押し潰され、あの『運動会』の提案すら見出せなかったとしたら――私たちは容赦なく、世界各地の巨像を一斉に起動させていたわ」


「ああ。最悪の場合、あの代行者である五味ナナオという個体を停止させ、“神の子”として再起動を行う『ゴルゴダの儀式』を執り行う。そして、全人類を神の意思に管理された――『地上の楽園たる予定調和』に収容する。それが、我々SPC(セフィラ・キャピタル)が用意した選択肢だった」


 さらにケプラーが、モニターの別の区画を指し示しながら淡々と付け加える。


「それに、万が一の強行策や、現場でのイレギュラーな暴走に備えてね。ゴドフロワとエル・シドの二人には、いつでも世界各地の主要防衛拠点へ動けるよう、完全に臨戦態勢で待機させているよ。……彼らが動くことになれば、もはや対話の余地はなく、『力づく』になるがね」


 表向きは白雪の提案に乗り、青春の続きのような「運動会」に付き合っているが、その裏では強大な思惑が、いつでも作動するスタンバイ状態にある。


「……それにしても、一つ根本的な見落としがあります」


 ふいに、ケプラーがモニターから視線を外さず、冷ややかな声音で呟いた。デカルトがわずかに眉をひそめる。


「私たちが構築しようとしている『地上の楽園』、あるいは『ゴルゴダの儀式』による予定調和の枠組みだ。どれほど完璧な管理システムを敷こうとも、歴史的・教義的にそのシステムから外れざるを得ない者たち――いわゆる『異教徒』の問題が解決したわけではない。網を広げればシステムが破綻し、網を絞ればかつての歴史と同じ粛清が始まる」


「そうよ……」


 ジャンヌがスマホを握りしめたまま、苦い顔で引き継ぐ。


「かつて私たちが神の名のもとに戦い、生み出してきた宗教戦争や魔女狩りの構造と、結局のところ何一つ変わっていない。私たちは救済という名目で、また同じ排他的な選別を行おうとしているのよ」


 デカルトは自嘲するように鼻を鳴らした。


「人間の理性による自立を説いた我々自身が、究極の管理において『誰を救い、誰を弾くか』の選別を行わなければならない。……皮肉なものだな」


「――だからこそ、だよ」


 ケプラーが温かい響きを含ませてモニターを指差した。


「あの若者たちが私たちの作ったすべての予定調和を『運動会』という馬鹿げたお祭り騒ぎでぶち壊し、異教徒も何もない地平へ連れていってくれるなら――この『異教徒の問題』ごと、私たちの矛盾はすべて笑い話に変わるだろうよ」


「……そうよね。祈るような気持ちよ、私たちは」


 ジャンヌは複雑な表情を浮かべながら、先ほどから手元のスマホの画面チラ見しつつ、顔を赤らめてぼそっと付け加える。


(……って、なんでコミケのカタログのトレンドに私のいやらしい薄い本が載ってるのよ……! 私の尊厳が今まさにネットワークの海に沈んでいくんだけどッ……!)


「静かにしろジャンヌ。個人的なネットの検索履歴を気にするな」


「ここに来て、実存が濃くなるんですもの! 大勢の薄い本のファンが私を観測してるせいよ」


 ピリついた空気のなかで繰り広げられるそんな内輪の諍いをよそに、ケプラーが冷ややかに画面に映るライプニッツからの合図を指差した。


「……タイムリミットだ。彼らが私たちの絶望を打ち砕くか、それとも私たちが、この世界を神の名のもとに管理された箱庭へと変えるか――答え合わせの時間だね」


 その直後だった。


 暗闇の空間が引き裂かれ、景色が一気に鮮烈な光を取り戻す。

 そこは元の、午後の太陽が降り注ぐマンダラキ港の埠頭だった。


「なっ……なんなのよ、あれ……!?」


 アリスが絶句し、白雪が目をみはる。


 空を覆うような体、人々を見下ろす鉄の顔。波を蹴立て、海を割り、エーゲ海の水平線を圧倒するほどの高さでそそり立つその姿は、あまりにも巨大な、神話の具現そのものだった。

 ――高さ三〇〇メートル超、質量十万トンを超える、人類の業と執念の結晶。


 その巨体が、ごく普通の人間が立ち上がるような、何気ない動作で上半身を起こした。


 直後、ナナオと白雪に、エルピスの声が響く。


『――ナナオ。計算結果が出ましたが、白雪を連れての直ちに退避を推奨いたします。身長三〇〇メートル、腕の長さ約一二〇メートル、スケール比はおよそ一七六倍。あの巨像が人間と同じタイミングで腕を振るだけで、末端速度は実にマッハ三に到達します』


「は……? はあぁぁ!?」


『腕の質量を一万トンと仮定した場合の運動エネルギーは、戦術核兵器の下限クラスに匹敵する爆発エネルギーが、ただの“何気ない準備運動の一振り”から発生します。素晴らしい物理暴力ですね』


 エルピスの叩き出した理不尽すぎる数値に白雪が思わず声を上げる。


 本気ですらなく、ただの動作の延長。それだけで、マンダラキ港の街区どころか島そのものを地図から消し飛ばしかねない災厄が、文字通り「当たり前」として発生してしまうのだ。


「――来るよ! フランチェスカ、計算合せて!」

「分かってる、これならギリギリの枠内……ッ! 止まれ、止まれ……!」


 白雪の声を聞くや否や、コラスとフランチェスカの未来予測と空間把握が極限まで跳ね上がる。

 そして次の瞬間――。


 ロドスの巨像が、ただ何気なく腕を振り下ろした。


 接触すらしていない。ただ腕が振るわれただけで発生したマッハ三の超高圧衝撃波(ソニックブーム)が、マンダラキ港の「埠頭の突端」を粉砕し、海水を大きく押しのけた。衝撃で吹き飛んだ無数の瓦礫と海水が周囲へ降り注ぐ。


「――気を付けてっ!」


 コラスとフランチェスカが血を吐くような気迫で両手を突き出す。

 飛来する瓦礫の雨に対し、未来予測で正確に着弾点と軌道を見極め、運動エネルギーが最も最小限に収まる絶妙なタイミングで――その一瞬を狙い撃つように一気に静止させた。


 ドォンッ! と空中で空気が悲鳴を上げるが、街への二次災害は完璧に抑え込まれた。

 だが、その代償としてコラスたちは顔色を真っ青にし、全身を震わせながらうずくまった。

 フランチェスカも目を血走らせ、鼻血を出しながら膝をついた。


「今の防御で限界。あんな化け物の暴力がもう一度来たら、次はもう防ぎきれない」


 超常の力を持つナナオでさえ、真正面から受け止めるなら塵とならざるを得ない、あまりにも尋常ならざる「質量」の第一撃が、叩きつけられる。


「ロドスの巨像」はSPC(セフィラ・キャピタル)が人類のあらゆる分断を終わらせる為に生み出した、破壊と救済の矛盾そのものだった。


いつもご愛読いただいありがとうございます。

火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。

『続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、

下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!

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