↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜  作者: 益城 茜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/76

追う者たち

いつもお楽しみいただきありがとうございます。

本日はナナオ、白雪奪還連合軍の道中のお話です。

どうぞお楽しみください。

 深夜の神戸港――。

 神庫重工の秘匿ドックの奥底で、双胴のハルを水面に浅く噛ませた超高速の海上ステルス揚陸艇《トランスポーター》が、低く唸りを上げて離水した。


 キャプテンシートにふんぞりかえるとばかり思われていた松河だったが、信じられない事にそのまま操舵席で背もたれにもたれかかる。

 操舵席《コックピット》に座った松河は、きらびやかな特務仕様のコートを脱ぎ捨て、助手席に放り投げると、シャツの袖を肘まで無造作にまくり上げる。その引き締まった腕には、かつてアメリカの荒れ狂うオフショア・パワーボートレースで刻まれた古傷が、淡い照明の下に微かに浮かび上がっていた。


 松河の操舵で船は瀬戸内海を抜け、豊後水道を抜ける頃、松河は船内放送を行った。


「……さて。乗客のみなさーん、今から一気に日本領海を抜けちゃいまーす。遊覧クルーズとは違う外洋でのフルパワークルーズ。外洋の波は高低差が高いわよ。しっかり掴まってなさいよね」


 オネエ言葉でおどけてはいたものの、緊迫感あるプロフェッショナルな声が操舵室に響く。

 松河はシートに深く腰掛け、両手をミリ単位の狂いもない正確さでコンソールに添えた。


 ――ガシャッ。


 重い金属音が響き、揚陸艇のエンジンが最高出力を叩き出す。

 船体下部のリフトファンが轟音を上げて高圧の空気を両舷の間に送り込み、ハルが水面からふわりと浮き上がった。SES(サーフェス・エフェクト・シップ)特有の、水面を滑空する直前の圧倒的な浮遊感。


 松河の目が、夜の闇の先、果てしない外洋のうねりを捉えて鋭く細められた。


「行くよ!」


 スロットルレバーを限界まで押し込む。

 瞬間、強烈なGが乗員たちの身体をシートに押し付けた。


「「「「「ふわぁあああああああああああ!!!!!!」」」」」


 急激な重力変動を乗客に刻む時速一〇〇キロを優に超える爆発的な加速。双胴の船首が荒波を切り裂き、周囲の海水を白濁した怒涛の泡へと変えていく。


 一般的なプレジャーボートの枠を遥かに超越したモンスターマシンの暴力を、松河は一切の迷いなきドライビングテクニックでねじ伏せていた。波のうねりのタイミングを完璧に読み切り、衝撃を殺しながら、まるで海上を疾走するシャチのように揚陸艇を滑らかに、狂気的な速度で加速させていく。


 日本の排他的経済水域を抜け、台湾最南端の高雄港で補給を行い、再び揚陸艇が爆音を響かせて夜の海を滑走し始める。

 シートに押し付けられていた一同の息が整いかけた頃。

 操舵席のコンソールから、ふっと船内放送のスイッチが入る電子音が鳴り響いた。


 長時間のクルーズにかかわらず、松河は片手で巧みにステアリングを握り、もう片方の手でマイクを掴むと、それまでのレーサーの顔から、いつもの艶やかなオネエの笑みへと表情を切り替えた。


「――あー、あー、皆さま。本日は神庫重工グループが誇る極秘の特務クルーズへようこそ。キャプテンのワタクシちゃんよ」


 ふふんと軽い調子で笑い声を挟みながら、松河の口調はしかし、次の瞬間からスッと鋭く、冷たい響きを帯びた。


「アテンション・プリーズ、お嬢様方。楽しい船旅はここまで。ここから先は、世界を裏で牛耳るSPC(セフィラ・キャピタル)の地味な『チクチクとした臨検の嵐』みたいな嫌がらせや、人殺ししか能がない野蛮な海賊どもがひしめく、文字通りの地獄の十字路よ」


 客席で身構える鳳凰や四神の面々に向かって、松河はバックミラー越しに妖しく、しかしはっきりと意志の宿った眼差しを向けた。


「……さあ覚悟してちょうだい? ワタクシちゃんがこんな違法すれすれの船を全開で飛ばしてるのは、親のすねをかじった道楽でも、玲奈ちゃんに脅されたからでもないの。

 あの新宿の地下で、行き場のない強化人間の女の子たちに、あたたかい女子寮の居場所をくれた、私たちが見ないふりをしてたのに……そんな子たちの太陽であるナナオ君と、白雪ちゃん。あのふたりを、得体のしれない野望に巻き込むなんて絶対させないわ」


 松河の声から軽口が完全に消え、そこにあるのは「租界女子のお姉さん」としての、あるいは「彼女たちを生み出したもの」としての確かな覚悟と怒りだった。


「自分たちが生み出しておいて見棄てざるを得なかった娘たち。彼女たちを助けてくれた恩を返さずして何が意地よ。……いい? これから先は、少しでももたつけば容赦なく撃ち落とされる、本物の修羅場よ。シートベルトはきつく締めておきなさい。……死にたくなかったら、ワタクシちゃんが切り開く波の軌跡に、死ぬ気でしがみついてきなさいよね!」


 パチン、とインジケーターのスイッチを切る乾いた音が響く。

 そのシビアで熱を帯びたアナウンスに、船内の空気が一気に引き締まった。

 確かな覚悟を乗せた超高速ステルス揚陸艇は、さらなる怒涛の加速を上げて、暗雲立ち込める南シナ海を進む


 ◇◇◇


 インドネシア、ジャワ島スラバヤ港。


「またか……! これで三回目だぞ!」


 港湾管理官からの度重なる臨検に舌打ちしたのはヴァンスだった。元米空軍の技術士官として数々の修羅場や理不尽なプロジェクトの左遷をくぐり抜けてきた彼であっても、この「行政手続きと合法的な遅延工作」の連続にはうんざりといった面持ちである。


「――安全保障上の疑義。および特異装備の積載に関する照会……日本国側担当者不在の為に確認が取れていない。だそうよ。まったく、九頭竜のやつ、どれだけの役人を飼い慣らしているのよ」


 玲奈はそう吐き捨てると、手元のセキュア端末を激しくタップし、直接日本の外務省官舎へと回線を繋いだ。不思議と玲奈の声音は底冷えするほどに美しかった。


「――お疲れ様、外務省欧州局の河野局長? 私よ、公安四課の神崎だけど……じゃなくて扶桑重工の神崎玲奈って名乗りの方がいいかしら?」


 電話の向こうで慌てふためく息遣いが聞こえる。彼女は一呼吸置くと、逃げ場のない脅しを静かに叩きつけた。


「誰の指図でこんな馬鹿な遅延工作をやっているのか知らないけれど。よく聞いて? 現在、防衛庁が正式就任を心待ちにしてやまない、うちの扶桑重工の『零式七七〇』――その運用配備における全権は、今この瞬間、公安四課市ヶ谷分室長である私の個人管轄下にあるの」


 玲奈の唇が冷ややかな笑みを描く。


「私の実家の権限であり、私の一存でもあるわ。……もし、このまま一秒でも無駄な足止めを続けさせたなら、扶桑重工は『零式』の防衛庁への正式就任をすべて白紙に戻すわ。明日の早朝は防衛庁の幹部たちからあなた宛てに矢のような怒号の電話が入るんじゃない。防衛庁には『詳細は、河野局長個人にお伺いください』って私から説明するわ。外務大臣には上手く言い訳しておきなさい」


「なっ、神崎さん、それは――ッ!」

「――切るわよ。次はないわ」


 プツッ、と冷徹に回線を切断した玲奈は、沸騰しそうな怒りを抑え込むようにこめかみを押さえた。


「まったく、九頭竜のやつ……!誰に頼まれているかは知らないけど、余計な事ばかり」


 どれほど時速一〇〇キロを超える圧倒的なスピードを誇る特装艇であっても、「国家の法」と「停船命令」の前では減速を余儀なくされる。


 ジリジリと削られるタイムリミットに、鳳凰をはじめとする日本の若い強化人間たちは「もう! 何なのよこの足止めは……!」と歯噛みした。

 一方、歴戦の猛者であるF22ラプターことスーザンは、静かにアイスコーヒーを飲みながらデッキで空を見上げていた。


 海路を阻むものは、九頭竜やSPC(セフィラ・キャピタル)の遅延工作だけでは無い。人の持つ貧困や悪意といった断絶そのものもまた、一行に立ちはだかる。



「――気を付けろみんな、前方から小型の高速艇(ボート)の群れだ。ソナーおよび視覚情報、海賊の武装集団と断定」


 ヴァンスがキーを叩きながら、低い声音で警告を発した。


 海賊の巣窟として知られるアデン海の海域。


 不審な影がステルス艇の進路を塞ぐように、一斉に牙を剥いて接近してくる。ロケットランチャーや重機関銃をマウントした複数のボートが、物量に物を言わせて威嚇射撃の弾幕を浴びせかけてきた。


「……っ! こんなところで足止めを食らってる暇はないっていうのに!」


 海賊の頭上、空中で鳳凰が両手のスラスターノズルを解放しようと身構える。

 彼女たち強化人間が持つ各部スラスター。

 姿勢制御の為に本来は使うものであるが、対人で使用すれば六百度を超える火炎放射器と化す。


 しかし、その動きはほんの一瞬――「生身の人間を、自分の手で焼く」という、本当の修羅場を前にして、彼女の手がわずかに硬直した。


(訓練じゃない……本物の、殺し合い……?)


 チーム四神のメンバーたちも、息を呑んでスラスターを構える手が微かに震える。スペックは世界最高峰であっても、彼女らはまだ「自分の手で命を刈り取った経験」がなかった。


 その絶妙な硬直の隙間を、一筋の風が通り抜けた。


「――どきなさい」


 ――F22ラプターことスーザン・メイだ。

 彼女の背中には、世界中の紛争地帯の空を単機で舞い、数え切れない修羅場で自らの手で敵を止めてきた者だけが纏う、底知れない静けさがあった。


 迷いなどない。


 ラプターの拳が、あるいは機体から展開された最小限の高速武装が、一瞬の閃光となって放たれる。

 轟音と共に、最先頭にいた海賊のボートが船体ごと綺麗に両断され、海面へと沈みゆく。肉の焼ける匂いと火薬の煙が夜風に乗って鼻腔を突いた。


「――躊躇っていても、敵は容赦なく撃ってくるわ」


 振り返りもしないラプターの声が、ルーキーたちの耳に響いた。


「命の刈り取り方は教えてあげない。……生き残りたいなら、私についてきなさい」


 その圧倒的な「実戦の重み」と、一切の感情を排した殺気の前に、鳳凰は息を呑み、そして自らの手を強く握りしめるとラプターに向かい言った。


「さすがね!世界最強を名乗るだけあるわ。でも……」


 鳳凰は、援軍として向かってきた高速艇の頭上を陣取ると躊躇わず腕部のスラスターを解放する。

 赤い炎の轟音と軽油の黒煙の向こうで、戦士の顔をした鳳凰がラプターへと不敵な笑みを返した。


 微笑みを返しあう二人の後ろでは、夜の海面に向かって放たれた、チーム四神の高熱ブレスが四本、襲い来る海賊たち複数のボートを一飲みにする。

 激しい悲鳴すら飲み込む圧倒的な熱量の前に、敵の影たちは跡形もなく散り失せていった。

 初めて「自分の手で命を刈り取った」その重みは、小柄な少女四人組の身体を小さく震わせた。しかし、その瞳にもはや迷いはなかった。


 恐怖を飲み込み、訓練の殻を破って「修羅」の領域へと足を踏み出す者たちの背中を、イラク戦争での従軍技術者として最前線を支えた経験のあるヴァンスが、苦渋を含んだ笑みで見据えながらシステムを最適化していく。


「やれやれ……これだから最前線はごめんなんだがね。頼むぞ、鳳凰、四神のみんな。モタモタしているとあの暴れん坊(ラプター)に先を越されるぞ!」


 勇ましい叱咤の声を少女たちに無線するヴァンス。その声と裏腹に彼の横顔には、戦いの哀しみを知る憂いがあった。


 アデン海の激闘を抜けたステルス揚陸艇は、潮風を切り裂きながらさらに北方――紅海の碧く長い水路へと突入していく。

 目指すは地中海への咽喉、世界経済と軍事のチョークポイントであるスエズ運河。


「……アデン海の海賊を片付けたところで、本番はここからよ。――政治と軍事が入り混じる、海の伏魔殿ね」


 操舵席のモニターを睨みながら、松河が低く呟いた。


いつもご愛読いただいありがとうございます。

火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。

『続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、

下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!

ブックマークと感想も是非ともお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。