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重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜  作者: 益城 茜


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北極星と魔女と鬼

いつもお楽しみいただきありがとうございます。

本日はセフィラ・キャピタル発祥の地、ロドス島での

お嬢様ことルクレツィアとの遭遇です。

どうぞお楽しみください。


『セフィラ・マジェスティ』の航海は二重の意味で順調だった。


 中東情勢の悪化により合衆国艦隊が配備され、緊張感が漂うアラビア海という海域だが、特にトラブルもなく航海は進んだ。


 仮にこの船を襲う海賊が出ようものなら、F35ことアリス・メイによる空中からの攻撃やナナオの超フィジカルから繰り出される攻撃で一瞬にして無残な姿になるだろう。

 さらに白雪湊からの海賊も涙目になること間違いない「鬼の罵声」を浴びる事も付け加えておく。


 また、白雪とナナオを加えた一行の共同生活は、アリスの持つアメリカンマザーのようなぶっとい母性と、白雪湊のまるで昭和の親父のような強烈な親分肌、そしてその全員を優しく照らす五味ナナオの素直な明るさによって、いつしか温かな「疑似家族」の様相を呈していた。

 閉ざされた心を開くには十分すぎるその日々に、コラスたちやフランチェスカの表情にも次第に明るい笑顔が戻っていた。


 だが、セフィラ・マジェスティが合衆国と産油国が利権を争うきな臭いアデン海を抜け、紅海へと北上するにつれて、フランチェスカの顔に少しずつ陰りが見え始めた。

 最終目的地であるロドス島が、刻一刻と近づいてきている。

 これから母・ルクレツィアへ突きつける反抗の重みを前に、彼女の心は不安と緊張で波立っていた。仲間たちの明るい笑い声のなかでふと見せるその陰りを、ナナオは決して見逃さなかった。


 やがて、船はスエズ運河の南口へと到着した。

 到着時間が夕方を超えた事もあり、最終の北向き船団はすでに通過した後だった。

 全長約二〇〇キロに及ぶスエズ運河では、夜間の航行と単独航行は制限されている。つまり、日中に一定数を超える船団で無いとスエズ運河は通れないのだ。その為に、地中海へと抜ける北向き船団の再開は、夜明けを待たなければならなかった。

 こうして、静まり返った運河の入り口で、一行は朝までの長い待機を余儀なくされたのだった。


 ◇◇◇


 深夜。


 フランチェスカはただ一人、船の最上階にあるプールサイドの展望デッキに立ち、夜空と海原を眺めていた。


 スエズ運河の船団《コンボイ》待ちの間に見上げる、複数の船の灯りと満天の星空――それが、今の彼女にとって数少ない心安らぐ時間だった。

 夜になっても、スエズの砂漠から吹く風は涼しくなる気配を見せない。乾いた熱が黒い船体にまとわりつき、展望デッキの金属製の手すりはまだじんわりと温かかい。


 フランチェスカは、男装の際に着ていた白のワイシャツと黒のトラウザーズに身を包んでいる。

『お兄様』としてウイッグで髪を男性風にまとめ、ガチガチとしたフォーマルな着こなしの男役のようなスタイルとはまるで違う。


 白いシャツの裾をトラウザーズに入れず、裾をそのまま軽く流している。

 長くしなやかな髪はスエズの乾いた風を孕み、強い海風は、白いシャツを彼女の豊かな胸に押し当て優美な曲線を描いた。

 月明かりに照らされたその姿は、息を呑むほど美しかった。


 母との決戦を思い、フランチェスカの胸の奥で恐怖と葛藤が渦巻く。それでも、彼女の胸のなかには確かな反骨の火が灯っていた。

 複雑な想いに浸りながら微動だにせず立っていると、ふと、背後から柔らかい気配が近づいてきた。


「こんばんは、フランチェスカ。ここは、とても素敵な眺めだね」


 振り返ると、そこにナナオが立っていた。


「ナナオ……」

「冷たいものでもどうかな」


 彼は手際よくトレイからグラスを持ち上げ、冷えたアイスコーヒーをフランチェスカへと差し出す。


「……そうしてると、なんだか本当の客室係(ステュワード)みたいだね」


 強張っていたフランチェスカの口元に、ほんの少しだけ力が抜け、自然な笑みが浮かぶ。


「お隣よろしいでしょうか?」


 芝居がかったセリフを言いながら、笑うナナオ。

 船での下働きで覚えた美しい所作で、彼女の隣へと並んだ。フランチェスカも笑いながらそれを受け入れた。

 ナナオは、アイスコーヒーを飲みながらフランチェスカの柔らかい緑を含んだ瞳をまっすぐ見据えて言った。


「なんだか落ち着かないようだけど、不安な事でもあるのかな」


 ナナオの目を見つめながら、フランチェスカはナナオに答えた。


「ナナオ、あなたのやさしさは本当に嬉しい。……でも、もう大丈夫。あなたとたくさん話して、勇気をいっぱいもらったもの。アリスにも、コラスたちにも、白雪にも。」

「乗り越えられそうなんだね。フランチェスカ」

「……正直分からないけど、多分、大丈夫」


 フランチェスカの瞳を見つめていたナナオは、海の遠くへと視線を投げた。


「ねえ、フランチェスカ。ビックリしないで聞いてほしいんだ。この船がロドス島に着いたら、僕は一度ルクレツィアさんの処へ行くよ。そして彼女が何をしようとしているのかを、彼女の口から聞くんだ」


 ビクッとなったフランチェスカの気配を感じて、ナナオはもう一度フランチェスカを見つめた。


「……ひょっとしたらルクレツィアさんに協力することになるかもしれない。だけど、僕は君たちを見棄てる事はしない。仮に僕の身に何かがあったとしたら、白雪さんが言った通り、フランチェスカはコラスたちを連れて、新宿にある租界地区の女子寮に身を寄せればいい。あそこにならみんなの居場所がきっと見つかるよ」


 ナナオの言葉を聞いたフランチェスカは、驚いたように目を見張り、それから――ふっと、今までにないほど穏やかな笑みを浮かべた。


「……ありがとう、ナナオ。優しいんだね、やっぱりあなたは私の神様だ」


 彼女はグラスをテーブルに置き、スエズの夜風をその身に受けるように胸を張った。お兄様の仮面を被らなければ、おどおどと怯えていた姿はそこにはない。そこにあるのは、自分の足で立ち、運命に立ち向かう一人の女性の姿だった。


「でもね、ナナオ。私を『見棄てないで』なんて、もう言わない。租界地区に逃げる道があることも、みんなが待ってくれていることも心強いけれど……それじゃあ、私はいつまでも母上の呪縛から逃げられないわ」


 緑色の瞳が、揺るぎない光を帯びてナナオをまっすぐに見据える。


「コラスたちをあの子たちらしく笑わせてくれたのは白雪だし、私に『女の子でいていいんだ』って教えてくれたのは……あなたたちとの時間よ。だから、今度は私の番。私自身の意志で母上とのケジメをつけてくる」


 フランチェスカは、星空にひときわ輝く星を指さすと、


「見てナナオ、北極星だよ。私の神様はね、あの星みたいなんだ。どんなに迷っても、あの星を目指せば、私の道をまっすぐ歩くことが出来るんだ……だからね、ありがとう。私の神様」


 フランチェスカが指さす水平線の少し上、その北極星をずっと見ていたナナオの頬に、温かく柔らかいものが触れた。


「お休み、ナナオ。心配してくれて本当にありがとう」


 真っ赤な顔をしたフランチェスカはチョコチョコと走りながらデッキから姿を消した。

 取り残されたナナオは、熱い頬をさすりながらフランチェスカの後姿を呆然と見送ったのだった。


 ◇◇◇


 翌朝、船はスエズ運河を抜け、地中海側の玄関口であるポートサイドに到着する。

 一五〇年前に作られた美しいモスクのある港湾都市で丸一日かけて補給を済ませると、『セフィラ・マジェスティ』は地中海を北北西に進路を取った。キプロス島の南側をかすめ、トルコ南西の沖を通り、ロドス島へ凡そ九〇〇キロの最短距離、時間にして10時間で到達するルートだ。


 煌めくような青一色の海を時速九〇キロ(五〇ノット)で抜けると、水平線の向こうに大きな島が見えた。それは、白い光を反射する巨大な城塞都市だ。陽光を浴びたロドス島は、 まるで海からせり上がる“石の要塞”のように見えた。

 島の北端に近づくにつれ、 聖ヨハネ騎士団が築いた中世の城壁が海沿いに延々と続き、 その規模は船上からでも圧倒的だった。 見える範囲すべてが城塞で、 壁は褐色の石を積み上げたまま、 何百年も海風に耐えてきた重厚さを湛えている。


 コンクリートで作られた近代的な新しい港をさらに北へ、自然の地形を利用した古い港であるマンダラキ港へ進む。


 中世の美しい石造りの要塞と彫像が飾られた巨大な台座が湾の入り口に鎮座し、歴史ある街並みを背景に、たくさんの高級クルーザーや個人ヨットが並ぶマリーナの一角。

 ――そこに、欧州を牛耳る金融シンジケートSPC(セフィラ・キャピタル)の誇る漆黒の超大型豪華客船『セフィラ・マジェスティ』は錨を下した。


 観光客でにぎわう一角から隔絶されたSPC専用の埠頭には、すでに1台の黒塗りの高級車と、十二名の山高帽が静かに整列して待ち構えていた。

 その先頭に立っていたのは、SPC(セフィラ・キャピタル)の現当主であり、すべての元凶であるルクレツィア・デ・ルカだった。強い日差しを遮る日傘をさして、船に手を振る姿は無邪気な幼女のようであるが、『過去観測』という超常の力で成長を止めた齢六十を超える魔女だ。


『セフィラ・マジェスティ』のタラップが下ろされ、船内からナナオとF35ことアリス・メイが姿を現した。

 それを認めたルクレツィアの顔に、これまでにないほど華やいだ、少女のような満面の笑みが浮かぶ。

「よく来てくれたわ、ナナオ。あなたが来てくれるのをずっと待っていたのよ。それにライトニング・ゼロ、あなたの献身にも本当に感謝してるわ」


 ルクレツィアがナナオを温かく迎え入れようと手を伸ばしたその時、その後ろから一歩、フランチェスカが前に進み出た。

 男装の際に着ていた白のワイシャツと黒のトラウザーズ。長くしなやかな髪をそのままに、彼女は毅然とした表情で母親を見据える。


「……母上」

「あら、『お兄様』の装いも満足にできないなんて悪い子ね。フランチェスカ」


 かつてならその一言だけで恐怖に縮み上がっていたはずだった。だが、今のフランチェスカに怯えはない。

 彼女は足をしっかりと地につけ、まっすぐに母親の目を据えて声を張り上げた。


「……もう、私たちを駒のように扱うのはやめて! 母上のやり方には、もう従わない!」


 それは、彼女が人生で初めて母親へ突きつけた、大きな決意に満ちた反逆の宣言だった。


「……ふふっ」


 だが、実の娘に向けられたのは、微塵の温もりもない冷ややかな嘲笑だった。

 ルクレツィアは一瞥すらもくれず、まるで目障りな虫を払うかのように言い放つ。


「ナナオを連れてきたことは、あなたにしては上出来よ。……遅い反抗期もまた愛らしいわね。望み通りしばらくは、あなたの役目は無いわ。セフィラ・マジェスティに戻ってもいいし、人質さんと一緒にマルタの本邸でバカンスでも楽しめば? コラスたちの未来観測の結果だけは定期的によこしなさい」


「――――っ!」


 侮蔑の言葉に激情を抑えきれず、フランチェスカは思わず手を振り下ろした。

 だが、その掌は音もなく二人の間に割って入ったアリス・メイによってガッチリと受け止められる。


「フランチェスカ、頭を冷やしなさい」


 冷徹に告げると、アリスはそのままスッとルクレツィアの背後へと回り込んだ。

 大切な家族の裏切りとも取れるその行動に、フランチェスカは息を呑む。


「素晴らしいわ、ライトニング・ゼロ。美しい予定調和の剣たる戦乙女ね」


 勝ち誇った笑みを浮かべたルクレツィアは、さらに激高するフランチェスカの心を踏みにじるように追い打ちをかけた。


「ライトニング・ゼロはね、あなたの動きをすべて私に報告してくれる大切な協力者よ。予定調和の実現の為に尽くしてくれている功労者だわ。家族ごっこで馬鹿な娘を慰めるためのお人形にしておくには、あまりに過ぎた存在なのよ。……わかったかしら?」


「馬鹿なのはあんたの方よ、ロリババア。さっきから聞いていれば、気分が悪いったらありゃしない」


 ルクレツィアの眼前。

 ドンと腰に手を当て、ふんぞりかえって胸を張る――『極東の鬼』が、悠然と姿を現した。


いつもご愛読いただいありがとうございます。

火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。

『続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、

下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!

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