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重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜  作者: 益城 茜


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最後の晩餐

いつもお楽しみいただきありがとうございます。

本日はナナオと白雪湊の過酷な人質生活です。

どうぞお楽しみください。


豪華客船セフィラ・マジェスティの厨房は、いつの間にか異様な活気に包まれていた。


「おい新人! 洗い場のラックが波の揺れで偏ってるぞ、しっかり固定しろ!」

「すいません、すぐに直します!」


「ナナオ、皿洗いの後はこっちだ。五〇〇人分の野菜の仕込みが山積みなんだよ、頼むぞ」

「お前、ナナオを都合よく使いすぎだろ。あいつはさっきまで出汁の引き方を教わってたんだぞ」

「いいんです、手伝いますよ。包丁はこうですか、シェフ?」

「おう、すげえな……お前、本当に初めてか?」


豪華客船の人質生活(笑)の中で驚異の美食に酔いしれたナナオは、シェフたちの卓越した技量に感動するあまり自ら厨房に入り浸り、コミ(下働き)として生き生きと働いていた。

波がうねる過酷な船上厨房では、計量のブレや皿の山との戦いが日常茶飯事だが、ナナオは驚異的な学習能力とミス極小の完璧な手際でそれを次々とクリアしていく。その圧倒的な身体能力と素直な人柄により、彼は瞬く間に厨房の「可愛い弟分」として受け入れられていった。


「おい、今日のまかないは何だ?」

「お、例の特製麻婆豆腐だぞ!」

「よっしゃ!」


いつの間にかナナオが振る舞う特製の麻婆豆腐は、過酷な洋上勤務に追われるクルーたちの間で絶品の名物まかないとして愛されるようになっていたのだった。


ナナオだけではない、白雪湊の波及効果は船内の至るところに及んでいた。


「ウガ―ッ!七歳児とのオセロに勝てないなんて。あんたたちズルでしょ。変な力でイカサマしてるんでしょ。」

「私たちそんなことしてないもん!ミナトが弱いだけじゃない」

「弱くなんかない!高校のクラスメイトにも負けた事なんて無いんだからね」

「「「「「「ミナトのへたっぴ!」」」」」」


オセロ板を豪快にひっくり返し、幼いコラスたちと同レベルで喧嘩する我らが「IINCHOU(委員長)」白雪湊は、鬼神のごとき負けず嫌いである。

年長者であるフランチェスカはこの様子に苦笑いをし、あきれた様子でこの光景を見ていたF35ライトニング・ゼロこと強化人間アリス・メイは、時計を確認すると、全員に聞こえる大きな声で食事の時間を告げた。


「いたずらっ子ども、晩御飯の用意が出来たって。今日はナナオの初めてのスイーツだから楽しみにしなさい。ミナト、レストランでいいのよね?」

「レストランでいいわよ。こんなチビッ子たちが一つの部屋で一日中過ごしてるなんて、不健全でしょ!だから女子高生にもイカサマを仕掛ける悪いヤツになるのよ」

「私たち悪くないもん」

「勝手にミナトが負けてるだけじゃない!」

「分かったからみんな、ミナトを挑発しない!ミナトも子供みたいな喧嘩をしない!」

「「「「「「「「私(わたしたち)は悪くない!」」」」」」」


苦笑いをしながらアリスは手早くコラスたちを一列に並べてブラッシングを始めた。

ブラッシングが終わった子たちは、フランチェスカと白雪の手によって可愛らしい髪型へと変えられていった。


これまで部屋にこもりがちだったコラスたちも、白雪湊の強引な引っ張り出しによって、ルームサービスではなくレストランで食事を取るようになっていた。


白雪は、コラスたちを子供のように扱っているが、知能そのものはコラスたちが白雪を余裕で凌駕しているのはご愛敬だ。

それでも、同じ顔が並ぶ彼女たちに対し、妹である椿の髪をいじってきた白雪が次々と新しい髪型にアレンジして「個性」を与えていく光景は、少女たちにとっても非常に新鮮だった。

白雪の手ほどきを受けてフランチェスカもコラス達の髪型を触り出したのも変化の一つだ。


ご覧のとおり、子供と五分の喧嘩をする白雪湊に包容力はない。

代わりに強烈な親分肌を発揮する白雪のマウント気質に、冷徹なはずの年長組のコラスたちさえもすっかり巻き込まれていた。


さらに、アリスと白雪は驚くほどウマが合っていた。

母のように周囲を気遣うアリスと、強引なマウントの権化である白雪。一見すると正反対の二人だが、お互いの内側に宿る「一本の芯(正義)」を本能的に感じ取り、周囲の船員たちからは「まるで親父とお袋みたいだ」と揶揄されるほどの奇妙な信頼関係を築いていた。

内向的なフランチェスカでさえも、白雪の巻き込む力に絆され、この奇妙な共同生活を受け入れつつあった。


だが、そんな穏やかな船内の空気を裏で鋭く見抜いていた者もいた。

白雪湊その人である。

新宿租界地区の地下で多くの強化人間女子たちと暮らし、様々な事情を抱えて追い詰められた者たちの背中を見てきた彼女にとって、アリスが纏う微かな影や、気配など、隠し通せるものではなかった。


食後のスイーツを準備する厨房へ赴くと、白雪はその事実をナナオに静かに共有した。


「……アリスのやつ、裏でどこかに連絡入れてるわよ。きっと、あの子なりの事情があるんでしょうけどね」

「うん、知ってるよ。アリスさんがルクレツィアさん宛の報告書を送っていること……エルピスから聞いてるんだ」

「なんだ、知ってたの。なら話が早いわね。っていうか、きちんと私に言いなさいよ五味くん」


白雪が少し驚いた顔をした後で、いつもの呆れたような笑みを浮かべる。


裏切りと監視の事実をそれぞれがそれぞれの方法で察知しながらも、あえてこの温かな日常を崩そうとはしない。

ナナオは、笑いながら出来上がったクレープ・シュゼットをワゴンに乗せた。


「五味くん、このおしゃれクレープは美味しいんでしょうね?」

「オレンジソースがかかって美味しいよ。あと香りづけにね……」

「えっ?お酒かけて火をつけるなんて、本当に美味しいの……」


軽口を叩き合う二人の足元で、船体は着々と地中海へ、そしてすべての元凶が待つロドス島へと滑り込んでいく。


◇◇◇


聖ヨハネ騎士団が築いた堅牢な城壁が中世の記憶を刻む島、ロドス。


一千年の戦乱と、マムルークやオスマンの猛攻を退けたその古都は、今や地中海屈指の観光地として、夜な夜な観光客の喧騒とライトアップされた石畳の輝きに包まれている。


町の喧騒から隔絶された丘の上――中世の城砦として有名な観光遺跡でもある騎士団長の館。日中には多くの観光客でにぎわうこの地ではあるが、城砦には重厚な歴史と等しい影が秘されている。その最深部は、外界とは隔絶した静寂に沈んでいた。


眼下に広がる漆黒のエーゲ海と市街地の夜景を眺めながら、ルクレツィアは静かに紅茶のカップを傾けていた。

彼女の脳裏には、数分前に山高帽(ボウラーハット)から受け取った報告書と記載された「来訪者」の姿が思い出されている。


――ナナオが、来た。


どのような形であれ、彼が自分のもとへ足を運んでくれたという事実だけで、ルクレツィアの胸中を満たすには十分だったのだ。

彼女の予測では、神の如き強大な力に戸惑い、周囲の無理解と孤独に苦しみながら、数年の歳月をかけ、ナナオはここへ辿り着くはずだった。それが、これほど早く自らの意志でSPC(セフィラ・キャピタル)の門を叩くとは。


拉致まがいの手口を使ったとはいえ、結果としてナナオがSPC(セフィラ・キャピタル)の掲げる理想や行動そのものに深い興味を抱いてくれたことに対しては、フランチェスカの功績を素直に褒め称えたい気持ちだった。その発端が愛娘の自分自身に対する裏切りであったとしても。


しかし、不本意な暴力や脅迫によって、彼が心をすり減らすような形で連れてこられていたなら――ルクレツィアは自らの使徒である山高帽(ボウラーハット)の暴威を使い、フランチェスカを文字通り八つ裂きにしてもまだ足りないと本気で思っていた。


そんな憤りも、報告書にあった船上でのナナオの日常を読むことでキレイに霧散した。彼はやはり自分と協力してくれる代行者だという確信の喜びが報告を読む度に深まるのだ。さらに、会合の地がマルタ島ではなく、SPC(セフィラ・キャピタル)始まりの地となったロドス島ということにもルクレツィアは運命を感じていた。

白雪湊と言うイレギュラーは気にはなるが、セフィラ・マジェスティの位置が知られたところで誰が手出しできるというのか。


満足そうに彼女は、信頼のおける協力者へのねぎらいを思わず口にした。


「ありがとう、F35ライトニング・ゼロ。あなたのような協力者は得難いものよ」


若さゆえの純粋な正義感から、自分たちの理念を信じて選んでくれたことに微かな昂りを感じていたのだ。


ルクレツィアは、紅茶のカップをソーサーに戻しながら、ふと遠くを見つめるように目を細めた。


娘であるフランチェスカが「代行者」にすがりながらももがき続ける葛藤や、彼女に付き従うコラスたちの健気な思い。そして、SPC(セフィラ・キャピタル)の掲げる理想と現実の狭間で揺れ動きながらも、自らの正義を信じて突き進むF35ライトニング・ゼロ(アリス)の姿――その若い心の揺らぎが、彼女には手に取るように想像できた。


迷い、傷つき、それでも何者かになろうともがく若者たちの焦燥。それは効率と計算に満ちた組織の中では「ノイズ」に数えられるかもしれないが、歴史の荒波を越えてきたルクレツィアの目には、かえって人間らしく、どうしようもなく好ましいものに映っていた。


「若いって、本当に素晴らしいわね……。迷い、悩み、自分の正義のために身内を敵に回すその気高さも、すべては予定調和を奏でるための美しい旋律よ」


ルクレツィアは静かに微笑むと、ふと何かに急かされるように手元の報告書へと視線を戻した。達観した優しさの裏側で、その横顔には焦燥とも強迫観念ともつかない冷たい影が、わずかにその輪郭を歪めていた。


いつもご愛読いただいありがとうございます。

火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。

『続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、

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