カミゴエ
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日はSPCへの反撃と彼らの超能力の根源の話になります。
説明が多いですので、面倒な人はこれを抑えろ。
「ライプニッツいう実在の天才が、神様の存在証明のために作った方程式を利用した能力」
現在のコンピューターとAI言語、金融計算の源を一人で作った中世の天才ドイツ人です。
こいつ居なかったらスマホもネットも現代社会も出来ませんでした。マジです。
でもこいつのせいで、微積分の授業が出来ました。憎いぜ。
どうぞお楽しみください
深夜の神戸港――その一角にある、神庫重工が誇る非公開の地下秘匿ドック。
表向きは民間の大型コンテナ船の修繕ドックを装ったそのコンクリートの要塞の底で、神倉重工の御曹司である松河が用意した超高速の海上ステルス揚陸艇が、漆黒のハル(船殻)を微かに震わせながら出港の時を待っていた。
SPCの強力なレーダー網だけでなく、政府や身内の監視の目すらも完全に欺瞞するこの特務艇には、白雪湊を奪還するため、国境も立場も超えた者たちが集結していた。
コクピットの周辺では、これからの突入作戦に向けた最終調整が行われている。
だが、その一角では、今回の「最強の助っ人」たちの間でなんとも温度差のある会話が交わされていていた。
「……ダメ! 何千回も映像を解析したけど、有効な手立てが無い!」
そう言ってモニターを前に青い顔で地団駄を踏んでいるのは、純国産強化人間最高峰の鳳凰だった。
彼女の目の前には、かつてSPCのお兄様が新宿で使った『重力遮断』——弾丸の運動エネルギーを一瞬で消し去る未知の現象を収めたVTRが再生されていた。
「あんな正体不明の力で、もし零式が何か変な細工でもされていたら……!」
「……鳳凰さぁ、あの零式が絡むと本当にポンコツになるよね。心配性もいい加減にしようよ」
呆れたようにため息をつくのは、これまた純国産強化人間最強の一角、チーム四神の朱雀だ。彼女は落ち着いたように腕を組み、焦る鳳凰に大きな声で告げた。
「あんな強すぎるバケモノが、そう簡単に誰かにやられるわけないでしょ。……忘れたの? 私たちなんて、あいつに手も足も出さずに軽くぶん投げられて四人まとめてボコボコにされたのよ? あの圧倒的な理不尽さを肌で知ってるんだから、心配するだけ無駄。今頃あいつは敵の真ん中でマイペースにクレープ食べてるよ、きっと」
「そうそう! スーの言う通りだって!」
「やられたのは私たちの方なんだからさー」
「心配するだけ無駄だよー。鳳凰ちゃん」
他の四神のメンバー、白虎、青龍、玄武たちも口々にケラケラと笑い飛ばす。彼女たちはナナオの底知れない実力を嫌というほど身体で味わっているがゆえに、その生存を微塵も疑っていなかった。
しかし、鳳凰だけは「だって、相手はSPCって得体がしれないやつらなんだから……!」と、パタパタと走り回っている。
自覚の無い淡い恋心が彼女を無駄に掻き立てているのだ。デリカシーのある四神たちは、その事には一切触れずに生暖かい目で見守っていた。……要するにメンドクサイのだろう。
その様子を、揚陸艇のキャプテンシートにもたれかかりながら、松河が優雅に扇子をパタパタとあおりつつ眺めていた。
「……んまぁ、鳳凰ちゃんてば、青臭くってグッときちゃう。若いって素晴らしいわねぇ。まぁ、あの子たちの言う通り、ナナオ君はただの強化人間じゃないし、なんにも心配いらないと思うわよ」
艶やかなオネエ口調でそう微笑む松河は、きらびやかな特務仕様のコートを翻し、ふらりと揚陸艇に乗り込んできた。
「ちょっと松河、何でシートに座ってるのよ。あなたまで乗る気じゃないでしょうね? これから向かうのは、得体のしれない連中の本拠地よ?」
出港準備を確認していた神崎玲奈が、ジト目で鋭く突っ込む。
「あら、当たり前じゃないの、玲奈ちゃん。ヴァンス博士に呼ばれたのもあるんだけど、パトロン気取りで後ろで見送るなんてワタクシちゃんの趣味じゃないのよ。可愛い女子たちの委員長ちゃんが拐われて、その顛末を見届けないなんてお姉さんの名がすたるわ。それにね、私の可愛い子たちの面倒をみてくれる大切な太陽(ナナオ君)の晴れ舞台なんだから、最前線で見届けてあげないとねぇ」
悪びれもせずウィンクしてみせる松河に、玲奈は「……神庫重工の御曹司が何やってるのよ」と盛大な溜息をつく。
さらに、今回の揚陸艇の利用名目について思い出し、玲奈はこめかみを押さえた。
「まったく……神庫重工の管理下にある鳳凰たちを『自衛隊への正式配属前に行われる、海外の防衛装備見本市(兵器ショー)への神庫重工としての公式参加、ついでにその現地での慰安も兼ねて』で通すなんて、よく上層部を丸め込めたものだわ……。九頭竜官房長官の耳に入ったら、またねちっこく小言を言われるっていうのに」
「固いこと言わないの、玲奈ちゃん。ちょうど見本市なら、来月からイタリアであるんだから、まるで嘘じゃないのよ。それに、うちの会社もこんな時の為に裏工作が出来るような準備をなんて当たり前のようにやってるわ。あなたの大っ嫌いな豪徳お父様も扶桑重工の為にやってるからね。そういうとこは見習いなさいよ。こういう保険は非常時にこそ役に立つってもんでしょ?」
「はぁ、あんたも気軽にアイツの名前なんて出さないでよ!」
いがみ合う二人の横で、ヴァンス博士は静かに揚陸艇のメインコンソールに座り、仲間たちへと視線を向けた。
これからの戦いに向け、 SPCが持つ能力の正体について共有しておく必要がある。
「……さて、出港のついでに、これから戦うことになるSPCの連中が使う『力』の原理について話しておこうか」
ヴァンスの言葉に、船内の空気が少し引き締まる。
「さてと、彼女らの能力の根底にあるのは、『シュレディンガーの猫』のようなものさ。
……例えば、目の前で箱の中に猫を入れようか。中学や高校で習う『物理学』では猫は必ず生きているって結論になる。でも『量子力学』っていうミクロの電子を扱う学問に当てはめると、箱の中の猫は生きているし死んでもいるんだ。これを重ね合わせっていう。
では、猫の生死は何で決まるのか。それは『観測』という行為だ。機械でも人間でも、箱を開けてその猫を観測した瞬間に生死が決まる。機械的に観測する行為そのものがどちらかを決めるんだ。観測者の意思とは関係無くね」
「待って、それがSPCとどう関係あるの?」ラプターが眉をひそめる。
「大ありさ。この考えは二十世紀初頭に人間がたどり着いたとされているが、実ははるか昔に『単子』という考えでたどり着いた大数学者が居たんだ。
この世の全ては、単子で出来ていて、モナドにはさっきの猫が生きている情報や死んでいる情報と同じように、あらゆる状態の情報が含まれる。その猫の生死を決定するのは僕らの『観測』であり、その結果は『神様の予定調和』に決められている。これがモナドロジーと言う哲学だ。
分かったかい? 最先端の量子力学と、四百年前の単子論の概念がほぼ変わらない事を。
そして、この考えを提唱したライプニッツは、過去も未来も含めた万物を座標で表す『微積分』と、0と1でこの世の全てを現した『2進法』を生み出したんだ。これらは現在のAIやコンピューター理論の根幹を成している。彼の学問は全て『神様によって万物は存在する』と言う事に集約されているんだ」
「この天才ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツとSPCを繋ぐ線についてだね。ちょっと歴史の話になるが、彼は生前、ハノーファー選帝侯 に仕えている。ハノーファー王家は、現在の連合王国の王家だ。当時の彼らの金庫番と言えば聖十字騎士団だ、これは後のマルタ騎士団になる。この金融の系譜がSPCへと繋がるんだ。
ライプニッツの予定調和への執念のすさまじさを感じるだろう。彼は王家の権力と騎士団の豊富な資金を使って、神の予定調和を地上に表そうとしたんだろう。差別や貧困と言った断絶の無い世界を願って……」
「……あのー、博士」
突然、四神の玄武がのんびりと手を挙げた。
「要するに、その四百年前の天才が作った『神様の計算式』を、今のSPCの女の子たちが使って、私たちがどう動くか全部先読みしたり、動きそのものを止めたりしてドヤ顔してるってことだよね? で、私たちはその式にハマっちゃってるからボコボコにされてる、と」
「……まあ、簡潔に言えばそういうことだ。素晴らしい理解力だな、玄武君」
ヴァンスは苦笑しつつ、ホログラムを操作した。
「彼女らは『観測』という認知行動を複数の人間で超絶な計算を行い、対象物の微積分的な座標を特定し、確率を強制的に固定する術を持っている。あの日、弾丸のエネルギーが消えたのも、ラプター君の動きが止められたのも、すべては計算された『観測』によるものさ」
ヴァンスは手元のホログラムに複雑な計算式を映し出した。
「じゃあ、そんなのどうやって攻略すればいいっていうのよ……!」
切実なラプターの問いに、ヴァンスはわずかに口元を引き締めた。
「ラプター君が提供してくれた花園神社でのナナオ君の映像を、僕の協力者と徹底的にシミュレートした結果だがね……。対処法は一つしかない。彼女たちの演算能力を完全にオーバーさせるほどの圧倒的な攻撃、つまり、ナナオ君の音速パンチによる圧縮空気のような、直接的な大質量を叩きつけることだ。あれほどの物理的暴威の前では、いかに精密な単子の観測も計算も意味をなさなくなる」
「はあ?アイツのパンチが音速を……?」
思わず素のトーンで声を漏らしてしまい、すぐ頭の中で冷汗がドッと噴き出す玲奈。
(……って、ちょっと待ってよ! あいつはうちの実家、扶桑重工が極秘裏に作り上げた超強化人間『零式七七〇』って設定じゃない! その機体性能すら私が把握してないなんて知られたら、嘘八百がバレちゃう大失態じゃない……っ!)
思考を光速で回転させた玲奈は、キリッと澄ました顔を作り直すと、わざとらしく鼻を鳴らした。
「って、さすが、うちの扶桑重工の最高傑作、超強化人間『零式七七〇』ね。け、計算どおりの能力よ」
玲奈の唐突の動揺に訝し気な視線を送るラプターや鳳凰、四神や松河の視線を華麗に無視し、玲奈は腕を組んで涼しい顔を装ってみせた。
この場で唯一、ナナオが『宇宙人』である事実を知っているヴァンスだけは、玲奈の演技に苦笑いを禁じ得なかった。
「……さてと、相手はAIC(自動識別装置)をオフにしても黙認されるほど特権階級にある艦だ。本来なら洋上で見失うのが当たり前だが、白雪君のおかげでそうはならない」
ヴァンスがホログラムに世界地図を映し出すと、そこに無数の光の点がまたたいた。
「各国の諜報員が、沿岸のソナーブイの反応、衛星が捉えた海面の航跡、そして港湾労働者の目撃情報を、我が租界地区の「運動会応援サイト」に報告してきている。
世界中のスパイが『白雪湊』という共通のアイドルを追うために、この海域を巨大な追跡網に変えてしまったのさ。……個々の精度は低くとも、これだけ数があれば、どんなステルスも逃げ場はないよ。
信じられない事だが、一人の女子高生の行方を世界中の裏社会の住人たちが追っているんだ。四百年前のたった一人の天才の執念に、今を生きる国境を越えた僕たちの執念が、負けるわけにはいかないだろう。」
ヴァンスは隣にいる愛娘鳳凰の頭を撫でながら、力強く頷いた。
地下ドックの水門が音もなく開き、漆黒の神戸港の海原へと続く闇が広がった。
揚陸艇のエンジンが地響きのような重低音を響かせ、船体下部のリフトファンが唸りを上げて高圧の空気を両舷のハル(船殻)の間に送り込む。
神庫重工の秘匿ドックを飛び出したそれは、双胴のハルを水面に浅く噛ませたまま、夜の海を切り裂く。
「SES」と呼ばれる双頭船、荒波をものともしない圧倒的な直進安定性と、ソナーの探知網を欺瞞するステルス性を兼ね備えたその怪物艇は、時速一〇〇キロをも超える爆音の滑走で、洋上の要塞『セフィラ・マジェスティ』へ向けて闇夜を駆けていく。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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