青い正義
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は、白雪の大演説とアリスの話になります。
どうぞお楽しみください。
豪奢な絨毯が敷き詰められた『セフィラ・マジェスティ』、フランチェスカの私室。
一瞬前までの圧巻の『IINCHOU』旋風の中、白雪湊はゆっくりと部屋の面々を見回した。すると部屋の空気は静かに落ち着いたものへと変化していた。
無意識に行っている彼女の緩急のある状況操作は、客観的に見ると密室で高級商品を買わせる集団詐欺のそれであった。
「……なら、包み隠さず説明しなさい。内容次第では許してあげるわ」
腕を組んで仁王立ちする白雪の言葉を受け、フランチェスカは手元にあった朝食のティーカップをそっと置いた。
ロリータ服のレースを揺らしながら、彼女は自らの出自と、この巨大豪華客船に潜むSPCの狂気について静かに語り始めた。
「……私の本名は、フランチェスカ・デ・ルカ。今年で四十六歳になるわ」
「よ、四十六歳!? このエロカッコいい容姿で!? 露出狂なのに成績のいいヤツ(ラプター)以上の詐欺じゃないの!」
白雪が目を丸くして叫ぶが、フランチェスカは悲しげに首を振った。
「二十代中盤で成長を止められたのよ。……すべては、私たちの『母親』であり、SPC現当主である、お嬢様と呼ばれる怪物ルクレツィア……」
フランチェスカは淡々とオカルトめいた話を続けた。内容は荒唐無稽なオカルトの類だった。しかし、その主張には筋が通っており、聞く者に反論を差し挟む余地を感じさせない一種の説得力があった。ナナオも白雪も彼女の語る「真実」に耳を傾けた。
フランチェスカの口から明かされたのは、あまりにも歪んだ母娘の血の呪いだった。
当主であるルクレツィア・デ・ルカは、実年齢六十九歳。しかし、十歳の少女の肉体のまま千年の歴史とSPCの執念を背負い、地上のあらゆる断絶を無くす『予定調和』のためにすべてを捧げた存在だった。その「すべて」には彼女の人生そのものと彼女の血族さえも当てはまった。
「母上は……私に『使徒』の発現能力が一切現れなかった事に相当不満があったのでしょうね。だから私に『お兄様』という男装を無理やり強いて、満足に演じられなければ地下室で折檻を重ねたの」
男装への強烈な反発、そして女性としての自分を守るための唯一の抗いが、今着ているロリータ服なのだと彼女は肩を震わせた。
「ねえ、フランチェスカさん。『使徒』っていったい何? 不思議な話で全然見えてこないわ」
「『使徒』っていうのはSPCの当主だけが持つ観測能力の一つ。昔、神に仕えた優れた人を実在している様に出来るの。母上は山高帽をかぶった男性として使役しているわ」
「そして……私が十二歳になるまでの間、母上は私のクローンを作り続けた。それが……ここにいるコラスたちよ。この子たちに『使徒』の発現能力が生まれる事を期待したみたい。……だけど、誰も発現する事は無かったの……」
白雪とナナオの視線が、部屋に並ぶ少女たちへと向けられた。
「コラスたちは、単体では私以下の重力遮断しか使えない。けれど……十二人が同時に一対の対象を『多重観測』することで、おぼろげな未来観測……『フューチャー・プロファイリング』を発現させることが出来たわ。これは母上にも出来ないし、SPCの経済活動にも役に立つ。だから、みんな生き残ることが出来た」
最年長である十二歳のアリエス(牡羊座)とジェミニ(双子座)から、最年少の七歳であるピスケス(魚座)まで。仮面の下にあるのは、かつてフランチェスカがそれぞれの年齢だった頃の、同一人物の顔そのものだった。
「でも、母上はこの子たちを単なる『経済運用の人形』としてしか扱わず、名前じゃなくて番号で呼んでいたの。そんなの可哀想すぎて、私は十二星座の名前で『妹たち』を呼んだの。……私の唯一の家族」
話を聞いていたアリエスは俯き、年少組のコラスたちは、静かにフランチェスカのロリータ服の裾をギュッと握りしめる。
「ちょっと待ちなさい」
白雪が片手を挙げて割り込んだ。
「『未来観測』だか何だか知らないけど……何よそれ。アンタたち、預言者か占い師の類なわけ?」
白雪の当然の疑問に、アリエスが冷静に首を振る。
「そんなんじゃないわ。十二人の脳波を同調させて、地球上の金融データや人間行動のパターンを観測しているの。膨大な統計データから『最も発生確率が高い未来』を弾き出しているだけよ」
その瞬間、ナナオと、白雪の耳元に直接エルピスの無機質で冷静な声が響いた。
『白雪湊。補足します。彼女たちの言っている“未来観測”とは、予言ではなく、彼女たち十二体の特殊な脳髄による超高並列の確率シミュレーションです。私の演算能力の数千億分の一程度ですが、地球の技術水準としては極めて高度なデータ解析ですね』
「……なるほどね」
白雪はふぅと短く息を吐くと、呆れたようにオットマンに座るナナオへと視線を向けた。
「普通なら『何バカなオカルト言ってるの』って鼻で笑い飛ばすところよ。でもね、新宿の空に虹の橋を架ける様なヤツが目の前にいて、租界地区の地下では強化人間の子たちと女子寮作ってんのよ? 巨大投資会社の社長が『見た目十歳の老人』でも、その『中年越えの娘』が若くてエロカッコいい見た目でも、『クローンの天才児』を育てて株価や未来を予測してます、くらいで今さら驚いてたら私の胃が幾つあっても足りないわ!」
「白雪さん、僕のせいにしないでよ……」
困り顔で呟くナナオに、アリスも苦笑いを浮かべる。白雪はガシガシと頭をかくと、事もなげに『未来観測』という現象そのものを完全に腹に落としてみせた。
「……ま、要するにアレでしょ。超スゴいAIの天気予報みたいなものでしょ。理解したわ」
一瞬で超常現象を日常の言葉に噛み砕き、強引に納得してしまう『世界のIINCHOU』の圧倒的な呑み込み力。コラスたちは「……天気予報……?」と拍子抜けしたように顔を見合わせている。
「それで、その天気予報で何がわかったの?」
白雪に促され、アリエスが再び淡々と語り直す。
「……私たちコラスの未来観測で、SPCの悲願のためにF35(アリス)が必要だとわかり、日本政府の偉い人を利用して奪還を行った。そして……今回は、ルクレツィアと戦った場合に私たちが生き残る最良の生存戦略として、ナナオと白雪の誘拐が弾き出されたのよ」
白雪は呆れたように頭を抱えた。
「ハァ〜……要するに何かしら。アンタたちは全員、あのお子様格好の毒親に踏みにじられて、逃げ場がなくて追い詰められてたってワケね」
「……毒親って……まあ、否定はできないけど」
アリス・メイが苦笑交じりに呟く。
フランチェスカは湿った瞳で、静かに耳を傾けていたナナオを見つめた。
「外見だけで私を見ない男の人は……あなただけだった。ポイントは、あの新宿の空に虹をかけた神の力……! あなたなら、この瓶詰の地獄から私たちを救い出してくれると、そう確信しちゃったの……っ!」
すべてを吐き出し、深く頭を下げるフランチェスカ。
静寂が室内を包み込む中、オットマンから立ち上がったのは白雪湊だった。
「ふん。事情は良く分かったわ」
白雪は腕を組み、仁王立ちのまま部屋の全員を見回した。
「人を勝手に誘拐して、妹の家庭教師の予定をぶち壊した罪は重いけれど……あんな気味の悪い毒親の言いなりになって、こんな豪華客船で一生籠の鳥なんて胸糞悪いじゃない!」
「し、白雪さん……?」
「決まりね! 誘拐されたお仕置きとして、アンタたち全員私に協力しなさい。私と五味君と一緒にこの鳥籠から逃げ出すのよ。居場所が無いなら租界地区の女子寮に来ればいいじゃない。管理人の私が歓迎してあげるわ!」
ズビシッ!! と指を突きつけ、人質のはずの女子高生が放った前代未聞の『共犯宣言』。
さらに、行く先が無いという恐怖と背中合わせだった彼女たち。奇しくも白雪は、瓶詰地獄の彼女たちに居場所を提案し、歓迎するとも堂々と言ってのけた。
当然、コラスたちは呆然と目を丸くし、フランチェスカは感極まったように口元を覆った。
ナナオはそんな白雪の横顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。
(……やっぱり、白雪さんはすごいな。いつも「まっすぐ」でいてくれる。彼女の方が俺よりよっぽど神様みたいだな)
ナナオの言う通り白雪は「まっすぐ」であり暴走する機関車のように突き進む。行く先がどんな地獄であっても、彼女の正義は曲がる事は無い。暗闇の中でも光り輝く「青い正義」が彼女にはあった。
室内が救われた安堵と温かな空気に包まれる中、その輪から一歩引いた場所で、強化人間F35ことアリス・メイだけは静かに俯いていた。
ふと、その姿に目を留めたナナオの脳裏に、花園神社で彼女が放った言葉が蘇る。
——『SPCは決して邪悪な組織なんかじゃない! 誰も悲しまない予定調和の世界を作るために……私の大切な仲間を守るために、私は自分の意志でここに立ってる!』
彼女が抱く大義は、白雪のように表に出るものではない。だが、その胸の奥には揺るぎない信念が燃えている。白雪とは異なる形で、自分の正義を貫くためにここに立っているのだ。
仲間たちとは少し違う場所を見据えたアリス・メイもまた、「青い正義」を持つ一人だった。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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