謝罪と許し
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日は、SPC編の折り返し地点になります。
バトルもあるよ。
どうぞお楽しみください。
真空と化した静寂を打ち破ったのは、F22ラプターことスーザン・メイの踏み込みだった。
「——アリスッ!!」
音速の思考速度と身体能力が解放される。地面を蹴り、空気を切り裂き、トップスピードに乗るまでのほんの数メートルの加速区間。
音速を超えて敵を粉砕する、ラプターの突撃。
しかし、必殺の一撃を受け止めるかのように、白銀の仮面を被った十二人の「コラス」が彼女へ手を伸ばす。そして掌を開いた瞬間、拍子抜けするほどあっけなく空間も遮られた。
「……っ!? 進めない……!?」
何度も繰り返される超速のダッシュに神社の木々が大きく揺れる。
ところが何度も姿勢を変え、侵入速度や角度、突入位置を変えても、どこに来るかが分かっているかのようにコラス達は、ラプターの侵入を遮り続けるのだ。
更に体勢を変えて、高角度から急襲するラプター。視線の先には実妹のF35ライトニング・ゼロと意識の無い白雪湊がいた。
猛禽の如く獲物に飛び掛からんばかりのラプターであったが、その姿勢のままでピッタリと空中に縫い付けられた。
「……ああっ!?」
静止画像のように空中にピン留めされ、身動きを封じられたラプターが目を見張る。
どれほど強力な運動エネルギーであっても瞬時に殺し、無効化するコラスたちの『重力遮断』。
彼女たち十二人のコラスが特定対象を一斉に観測する事で干渉できる、音速に乗る前の加速区間で運動エネルギーを殺されてしまえば、あとは六十キロにも満たないただの少女の質量。コラスたちなら簡単に空間に固定できてしまう。
信じられない光景に、ナナオはラプターからもらった動画データを思い出す。
「……ヴァンス博士と一緒に見た、銃撃戦のアレだ。エルピスどうすればいい?」
『ナナオ、彼らの能力がヴァンスと私の仮説通りなら、ナナオの力で突破可能です。勢いよく拳を突き出しなさい』
(試してみるよ。ありがとう、エルピス)
脳内に響くエルピスの声に即座に反応するとナナオは、機動力を封じられたラプターの前にぬっと割り込んだ。
「スーザン、下がってて!」
ナナオが前方へ向かって、ただ愚直に右拳を振り抜く。
ズパン、と空気を爆発させる重低音が響いた。
通常、空気の密度は一立方メートルあたりわずか一・二キロ程度に過ぎない。どれほど風圧を高めたところで、コラスたちの『重力遮断』を突破することなど不可能だ。
だが——音を置き去りにするナナオの拳の初速は、空気に逃げる暇すら与えず、目の前の空間を数千気圧で一瞬にして叩き潰していた。
気体から、鉄や岩石にも匹敵する高密度な固体の壁(衝撃波塊)へ。
周囲数十立方メートルの空気を丸ごと超圧縮して押し出した不可視の空気砲——その実質的な質量は、スピード重視の一撃ですら『数トン』に及んでいた。
「くっ……!? 質量が……私たちの許容量を超えている……っ!?」
「未来予測でも……最適解が出ない!」
白銀の仮面の下で、最年長のコラス、アリエスとジェミニが驚愕に目を見開く。
運動エネルギーを「ゼロ」に殺しても無意味。殺しきれなかった数トンに及ぶ『大気の質量』そのものが、巨大な目に見えない壁となって彼女たちの防壁を正面から押し潰したのだ。
「みんな、敵への重力遮断解除! 衝撃波——流しなさい!」
「自分に重力遮断をかけて後ろへ滑って」
アリエスとジェミニの鋭い指令が飛ぶ。
正面から受け止めれば肉体ごと圧殺される。そう直感したコラスたちは瞬時に能力の指向性を切り替えた。空間へのピン留めを捨て、自らの身体にかかる重力と摩擦を『ゼロ』へと解放する。
ドバァンッ! と境内の大気が爆烈した。
数トンの空気塊が防壁を粉砕するが、コラスたちとフランチェスカの身体は、摩擦を失った氷の結晶のように衝撃の波に乗って後方へ滑るように弾き飛ばされた。
地面を転がることもなく、宙を滑って境内の鳥居の柱や拝殿の屋根へと着地する少女たち。
物理的な圧殺は免れたものの、掠めた風圧だけで白いマントが大きく破れ、仮面の端にヒビが入る。ナナオの一撃が持つ桁違いの凄まじさに、彼女たちは戦慄するしかなかった。
「——概念干渉を、純粋な物理の質量で殴り倒した……!?」
信じられない光景に、黒のゴスロリ服を纏ったフランチェスカの顔から血の気が引く。
「やっぱり……彼は神様なんだ……!」
フランチェスカは背後にいるF35ライトニング・ゼロことアリス・メイに泣きながら懇願する。
「……ダメ、これ以上は……! お願いだからやめて、アリス……! その女の子を解放して……! 私の神様をこんな形で巻き込みたくないの……っ!」
低い女性の涙声。男装の麗人「お兄様」の演技など欠片もない、痛切な悲鳴だった。
SPCに生まれ、苦しんできた彼女の根本にある「善性」。ナナオを自分の欲望で裏切っているという強烈な罪悪感と、白雪を人質に取るという卑劣な手段への拒絶が、彼女の瞳からボロボロと大粒の涙をこぼさせていた。
だが——コラスたちとF35ライトニング・ゼロは違った。
SPCの最前線で経済予測を担う彼女たちは、幼い容姿に反して徹底的なリアリストだ。未来観測の多重演算が弾き出した「ナナオを無傷で確保するための唯一の最適解」を、淡々と実行に移す。
白雪湊の誘拐は、幼い彼女たちが決断した生存戦略だった。
また、米軍最強の強化人間であるF35ことアリスは、SPCとフランチェスカ、コラス達を守るというミッションを自らに課していた。
たとえその結論が、実姉や合衆国を敵に回すことになろうとも。
「そこまで。……動かないで、ナナオ君」
冷ややかな制止の声。
F35ライトニング・ゼロが、意識を失った白雪湊の首元に高振動ブレードを突きつけていた。
「これ以上暴れたら、この子の命はないよ。おとなしく私たちと一緒に来てもらうから」
「アリス……っ! あなたね……!」
空中に固定されたまま叫ぶスーザンに対し、アリスは一切揺らぐことのない直球な眼差しをナナオへと向けた。
軍人教育を終えたリアリストでありながら、15歳相応の幼さと、覚悟を決めたら一直線に突き進む不器用な情熱。
「ナナオ君。あなたは誤解してる。SPCは決して邪悪な組織なんかじゃない! 貧困も、格差も、差別も……人が人を傷つけるすべての『断絶』をこの世界から無くすために戦ってる善意の集団なの! 誰も悲しまない予定調和の世界を作るために……私の大切な仲間を守るために、私は自分の意志でここに立ってる!」
「……アリス……」
「だから、来て! 世界を救うために……私たちの神様になって!」
命がけで己の正義を叫ぶアリス。
それを見たスーザンは、深くため息をつき、頭をかいた。
「……ハぁ。やっぱりそう来るわけ、アリス」
「な、何よお姉ちゃん! 私は大真面目よ!」
「分かってるわよ。一度思い込んだら一直線。熱血で不器用で、自分が信じた『正義』のためなら平気で人質だって取っちゃう……相変わらずな性格なんだから」
呆れたような、けれど愛おしそうな苦笑。
自立した一人の人間として、己の信念で戦場に立つ妹の成長を認めた上で、F22ラプターことスーザン・メイは不敵に唇の端を上げた。
「分かったわよ、アリス。今回はその無茶に付き合ってあげる。……でもね、後でたっぷりお説教だから。覚悟しておきなさいよ」
「……っ、分かったようなこと言わないでよ!」
悔しそうに顔を歪めるアリスに対し、ナナオが静かに一歩前へ出た。
「……分かったよ、アリスさん。白雪さんには手を出すな。……俺が行くよ」
「ナナオ!?」
「大丈夫だよ、スーザン」
ナナオは振り返り、スーザンに向かっていつもの素朴で優しい笑みを向けた。
「アリスさんが言った『誰も悲しまない世界』も、白雪さんの無事も……俺がちゃんと確かめてくる。だからスーザンは、地下工廠へ行ってヴァンス博士やみんなに伝えてほしい。俺は大丈夫だって」
「……っ、分かったわよ。絶対に無事で戻りなさいよね!」
「うん。約束だ」
ナナオが小さく親指を立てると同時に、コラスたちの手によって空間がぐにゃりと歪み、黒い影となって彼らを包み込んでいく。
「……ごめんね、私の神様……ごめんなさい……っ!」
フランチェスカの涙声の謝罪を残し、一瞬の眩い光と共に——彼らは姿を消した。
◇◇◇
静まり返った花園神社。
血のように赤い夕陽が、誰もいなくなった境内に寂しく落ちている。
たった一人残されたスーザン・メイは、自由になった自分の拳を強く握りしめた。
「……待ってなさいよ、アリス。ナナオ」
涙をぐっと拭い、夕空を見上げる彼女の瞳に宿っていたのは、折れることのない激しい闘志だった。
「あんたたちの青臭い正義も、大切な仲間も……全部あたしが連れ戻してやるんだから!!」
足元のアスファルトを蹴破り、スーザン・メイは地下工廠へと向かって跳躍した。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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