すれ違いと確信
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
お嬢様ことルクレツィアはナナオに問いかけます。
厨二病あふれる会話と痛々しい勘違い
本日もお楽しみください。
新宿・租界地区の入り口にて
花園神社の鳥居の影から現れたルクレツィアは、警戒態勢をとるラプターや驚く白雪を気にも留めず、ただじっとナナオだけを見つめている。
「……あなた、扶桑重工のコンテナ住まいなんですってね。世界を救う神の代行者がコンテナ住まいなんて、貴方に対する仕打ちは、滑稽を通り越して無礼だわ」
呆れたように溜息をつく少女の姿をした何か。しかし、その碧眼に宿っているのは蔑みではなく、どこか痛々しい同情の色だった。
「扶桑重工が戦前に作り上げた大日本帝国時代の強化人間『零式』……爆撃機から帝都に落ちる特殊爆弾を謎の発光現象で食い止めた事は、米軍の公式文書に残っているわ。既に公開もされているしね。……その系譜を受け継いだ超強化人間『零式七七〇』。あなたも相当な執念を受けて生み出されたんでしょうね。日本と扶桑重工、そして神崎家の執念の結実……」
ルクレツィアは一歩、ナナオへと踏み出す。
「あまりにも独自すぎる技術体系。サイバネティックが一切観測されない、完全なる人間体。恐らくは塩基配列等も変えられていないのでしょうね。強化人間の最優適合者同士の男女個体で交配を重ねた結果の自然発生タイプなんじゃないかと私たちSPCは踏んでいるわ。人の手には余るもの……そんな奇跡を起こせる技術なんて。つまりあなたは、管理下の自然交配で生まれたデザインチャイルド……」
ふっと、彼女の唇から、自嘲気味で冷ややかな笑みが漏れる。
「……私と同じね。歴史と呪いに縛られた、完成された代行者。だからこそ同情するわ、五味ナナオ」
ルクレツィアは小さく手を差し伸べる。
「あんな雑な扱われ方をして、道具として使われて……なぜ怒らないの? なぜ平気な顔でいられるの? あなたを縛るその冷たい血の呪縛から、私が引き上げてあげる。マルタの本邸に来なさい。私とあなたでなら、もっと正しい『神の予定調和』を地上に作れるはずよ。……日本や扶桑重工、神崎家にとっては、あなたの起こす奇跡は便利な戦争の道具にしか見られていないはずだわ」
ルクレツィアは、痛々しいほどの同情を湛えた碧眼でナナオを見つめ直す。
「でもね、その力はもっともっと大きなものよ。貧困や差別、あらゆる分断から人を救うの。ねえ、五味ナナオ。あなたが生まれた本当の理由を、私たちは知っているわ」
ルクレツィアの心からの心酔と真摯な語り口。
それを聞いて、ナナオは内心で首を振った。
(僕が生まれた理由は、エルピスのメンテナンスと、母星からご先祖様が与えられた「居住可能な惑星を探せ」っていうミッションのせいなんだけどな……)
一瞬、そうやって冗談めかして混ぜ返そうかとも思ったナナオだったが、目の前でルクレツィアが心底真剣な眼差しで語りかけてくる姿を見て、それを口にするのは彼女に対して無礼だと感じ、黙って言葉を呑み込んだ。
なお、ナナオが宇宙人である事やその事情をエルピスから聞かされている白雪だけは、横で「あちゃー……」と言わんばかりに苦笑いを浮かべてナナオを見ていた。
その時、沈黙を破ったのはラプターだった。
SPCの名と、その絶対的な会頭の登場に、彼女の身から静かな殺気が跳ね上がる。
「……私の妹、F35ライトニング・ゼロをどこへやったの?」
冷徹な軍人の仮面を装ってはいるものの、ラプターの声と瞳には抑えきれない激怒と憎悪が滲んでいた。
ルクレツィアはお手上げといった様子で、心底心苦しそうに小さく溜息をつく。
「私たちの目的のために働いてもらっているわ。……安心しなさい、もちろん無事だし、軍や自衛隊の泥臭い環境にいるよりも、ずっとエレガントに過ごしているはずよ。あなたも五味ナナオと一緒に私へ協力するのはどうかしら? 歓迎するわよ。……と言っても、無理でしょうけれどね」
ハナから断られると分かっている風に肩をすくめると、ルクレツィアは再びナナオへと視線の先を戻した。
「まあいいわ。五味ナナオ、次はお兄様をよこすわね。その時に返事を聞かせて頂戴。あの子もあなたに興味津々なのよ。……ふふ、私たち、きっと良いお友達になれるわ。だって、あなたも私も血と執念の結実なんですもの。場所の東西は違うけれど、あの大戦では枢軸国同士よ。命を預け合った仲だものね」
言葉の端々に、一〇〇〇年の歴史と戦争の影を匂わせる少女。
「急に色々と話してしまってごめんなさいね。返事はいつだっていいわ。私には時間がたっぷりあるもの……きっと、あなたもそうでしょうけれど。――私たちは、いつでもあなたを【観測】しているわ」
意味ありげで外連味溢れる重厚なセリフをたっぷり残すと、鳥居の裏手の空間が再び不自然に揺らめいた。
カツン、と乾いた靴音を一つ響かせた瞬間、ルクレツィアの可憐な姿は、まるで最初からそこに存在しなかったかのように、夕闇の境内へと溶けて消え去った。
「…………」
静けさが戻った神社前で、ナナオはぽりぽりと頬を掻きながら、ボソッと呟いた。
「……すごく、勘違いされてる気がする」
「……当たり前でしょ」
白雪が盛大な溜息をつく横で、ラプターだけは眉間にシワを寄せたまま、鳥居の裏手をじっと見つめて考えを巡らせる。
(……エレガントに過ごしている、ですって……?)
ルクレツィアが言い残した言葉に、ラプターは嫌な直感を感じ取っていた。
妹——F35ライトニング・ゼロこと、アリス・メイ。
ビスクドールのようにおとなしく可憐な容姿とは裏腹に、誰よりも情が深く、一度放っておけないと決めればどこまでも突っ走る、直情的な熱血漢。
米軍の公式見解では、アリスはSPCに『鹵獲され拘束されている』ことになっている。
だが、お嬢様が語る「SPCは貧困と差別、分断の解決を図る組織」というのが真実で、あの子がその理念や弱者を目撃してしまったのだとしたら——。
(あの子は拘束なんてされていない……自らの意思で、あの場所を選び取っている……!)
確証はない。あくまで姉としての直感に過ぎない。
だが、もしこの危惧が真実だと軍上層部に知られれば、ライトニング・ゼロは救出対象から一転、米軍や日本政府からもお尋ね者となる。家族にしか分からない恐ろしすぎる確信。
一人で抱え込むにはあまりに重すぎる戦慄に、ラプターは窮地に立たされたように唇を強く噛みしめた。
「……ナナオ」
絞り出すような声で呟き、ラプターは縋るような眼差しでナナオを見上げた。
世界最強の強化人間としてではなく、妹を想う一人の姉としての焦燥と揺れが、彼女の碧い瞳に強く宿っていた。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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