事実は小説よりも奇なり
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
ナナオを狙う九頭竜官房長官と神崎玲奈のプチバトル。
あとヴァンスと鳳凰の親子も登場です。
本日もお楽しみください
翌朝、永田町。
総理大臣官邸の奥深く、一般の職員は立ち入ることすら許されない特別な応接室。重厚なマホガニーのテーブルを挟んで、神崎玲奈は冷徹な無表情を張り付かせたまま、ソファーに深く腰掛けていた。
その隣には、場違いなほどピシッとしたスーツを着せられ、緊張で借りてきた猫のように固まっている五味ナナオの姿がある。
「――ほう。CNFJ(在日米海軍司令部)の防諜窓口が、直接データをこちらに開示することに同意した、と」
眼鏡の奥の細い目をさらに細め、手元のタブレット端末に表示された暗号データをスクロールしているのは、内閣官房長官・九頭竜だった。政治家として戦い続け、全てのキャリア官僚を統括する地位を得た彼の表情には一切の無駄な感情が浮かんでいない。蛇のような、狡猾さと計算高さだけが張り付いている。
「ええ。今回の新宿での件は、米軍の『ラプター大尉』個人から、我が国の『公安四課市ヶ谷分室長』への情報共有という形で処理の打診を受けています。これにより日米の防諜摩擦は発生せず、共同事案としてチャラとなる。……九頭竜長官、あなたが私に作ってくださった『貸し』は、これで完全に相殺ということでよろしいですね?」
神崎玲奈は一切の温度を感じさせない声で言い放ち、手元のコーヒーカップに口をつけた。
一般的なキャリア官僚であれば、官房長官という「官僚組織の統括者」を前にして、これほど不遜な態度は取れない。だが彼女は、日本近代化のすべての土台を握り、男女問わずそのトップが会長を歴任してきたメガコンツェルン・『扶桑重工』の長女だ。彼女にとって、自身の立場を盾にして保身と権力闘争に明け暮れる九頭竜の小賢しい立ち回りは、ただの“通過点”にすぎなかった。 九頭竜を越えることは、野心の道程の中で、 ひとつの段差を踏み越える程度の意味しか持たない。
九頭竜はしばし沈黙し、それからフッと皮肉な笑みを口元に浮かべた。
「さすがは神崎室長だ。扶桑重工の『御令嬢』は、手回しが早くて助かる。……私としては、そちらの『五味ナナオ』君と友達になれる機会を得られたというものだ」
九頭竜の視線が、玲奈の隣で固まっているナナオへと向けられる。値踏みするような、冷たい視線。
その瞬間、玲奈の細い眉がピクリと跳ね、グラスを持つ指先にわずかな力がこもった。それを隠すように、玲奈は冷ややかに鼻で笑う。
「彼と友達に? 冗談を。五味ナナオは公安四課が管理する一級の『強化人間案件』です。扶桑重工の虎の子でもある零式に素人が下手に手を出せば、新宿・租界地区のど真ん中で起きたような『墜落事故』が永田町で再現されることになりますよ」
「……くくく、手厳しい、そういったところも父上にそっくりだな」
「……っ!」
一瞬の怒りを覚えつつも、九頭竜を目で制する玲奈。
一矢報いた九頭竜は肩をすくめ、タブレットを閉じた。
その時、ナナオの脳内で、航行AIエルピスがクスクスと楽しげな笑い声を響かせていた。
『ぷぷぷ。ナナオ、見ましたか? 今の神崎玲奈の心拍数の微増を。九頭竜があなたに視線を向けた瞬間、彼女の脳内物質は明らかに“攻撃的防衛”のパターンを示しました。おやおや、やはり新宿以降、彼女のあなたに対する「依存度」は極めて不健全なレベルまで跳ね上がっているようですね』
(エルピス、静かにしてくれよ……。ただでさえ胃が痛いんだから……)
ナナオは頭の中で必死に懇願したが、エルピスは聞く耳を持たず、さらに演算結果を愉しげに弾き出していく。
『いいですか、ナナオ。このままではラプター大尉だけでなく、この日本の最高権力の一端を握る神崎玲奈まで、「個人所有できる最強兵器」というあなたに脳を狂わされてしまいます。全く、有機物の恋愛感情や所有欲というバグは、いつ見ても合理的ではありませんね』
「まあ、今日のところは引き下がりましょう、神崎室長。……ですが、F35ライトニング・ゼロの着陸ポイント、セフィラ・キャピタル(SPC)が所有する『治外法権のクルーズ船』の動向は、引き続き四課で監視を」
「言われなくとも」
玲奈は立ち上がり、ナナオの肩を軽く叩いて促した。
応接室を出て、官邸の長い廊下を歩きながら、玲奈は小さくため息をつき、スーツの襟元を少しだけ緩めた。
「はぁ……あの蛇男と話すと、寿命が縮むわ」
「お、お疲れ様です、神崎さん……。やっぱり、すごい人たちなんですね、政治家って」
「小賢しいだけよ。……それよりナナオ。この後、私と租界地区の工廠に来なさい。ヴァンス博士を呼んであるわ。あんたにも見せたい映像があるのよ」
「映像ですか?」
「ええ。新宿でラプターが発砲した際の映像、あの『不可解な能力』の正体についてよ」
◇◇◇
神崎玲奈に呼び出され、ヴァンスが指定された新宿・租界地区の地下工房へとやってきたのは、日が完全に落ちた頃だった。
花園神社を抜けて租界の入り口、キレイに塗り替えられた鉄扉を潜るヴァンスのすぐ後ろを、一人の少女が弾むような足取りでついていく。
強化人間として世界最高峰の戦闘力と優れた映像解析能力を持ち、天才ヴァンス博士が国産技術の粋を集めて再構築した愛娘――『鳳凰』。
「ねえ、パパ。今日の解析依頼、零式も立ち会うんだよね?」
鳳凰はヴァンスの袖をちょこちょこと引っ張りながら、心底嬉しそうに声を弾ませた。
彼女にとって、この外出は大好きな父親であるヴァンスと過ごせる特別な時間であり、それと同時に、あの公式戦での高度一万メートルの墜落から自分を助けてくれた「同じ純国産の最高傑作」である零式に会える最高の機会でもあった。
ヴァンスは、ナナオの正体が「エルピスという超AIが生み出した宇宙人」であるという事実を、娘である鳳凰には詳しく説明していない。最初からの「極秘裏に調整された、日本独自の超強化人間・零式」という情報をそのままにしている。
だからこそ、鳳凰にとってのナナオは、強化適合率の低い「男性体」が同じ血の滲むような調整を耐え抜いて、鳳凰やラプターといった世界最高峰を凌駕するに至った「最強の憧れ」だった。
大尉としてのプライドを盾にしながらも、ナナオの一挙一動に耳まで真っ赤にしている初恋ラプターとは違い、鳳凰の零式に対する感情は、現時点ではまだ純粋なリスペクトと、淡いときめきが混ざり合った「好きになっていく」段階の、健全で、真っ直ぐなものだった。
「ああ。神崎室長に新宿の戦闘映像の解析を頼まれてね。ナナオ君もそこに呼んであるとの事だ」
「やった……! 零式、元気にしてるかな。あの時は本当に凄かったなぁ。パパ、今日はしっかり仕事のサポートをするからね!」
気分を最高に盛り上がらせ、拳を握りしめる鳳凰を、ヴァンスは「やれやれ」と不器用に微笑みながら見つめた。
地下工房の一角に設けられたラボ。
重厚な防音扉を開けると、そこには既に神崎玲奈と、パイプ椅子にちょこんと座って手持ち無沙汰にしている五味ナナオが待っていた。
「待たせたね、神崎室長」
「待ったわよ、ヴァンス博士。……あら、鳳凰も一緒ね」
玲奈が片眉を上げると、鳳凰は「お疲れ様です、神崎室長!」と綺麗な敬礼をビシッと決めた。
そして、その視線がナナオへと向いた瞬間、彼女の瞳がパッと輝く。
「零式! また会えて嬉しい!」
「あ、鳳凰。お疲れ様……。身体は大丈夫だった?」
「うん! あんたが助けてくれたおかげで、無傷! さすがは零式ね。……私、やっぱりあんたの隣が一番落ち着くんだ」
鳳凰は当然の権利であるかのようにナナオの真隣へとすり寄り、嬉しそうに胸を張った。
純国産最高峰強化人間同士のコンビとしての揺るぎない信頼を隠さない態度に、玲奈の細い眉がピクリと動く。
「……仲が良いのは結構だけど、鳳凰、仕事の時間よ。お父さんのサポートを始めなさい」
「あ、はい! 失礼しました!」
玲奈の心なしか温度の低い声に、鳳凰は慌てて端末の前にスタンバイした。
ヴァンスは手慣れた手つきでメインコンソールを操作し、ラプターから提供されたお兄様への発砲映像を、正面の大型モニターに展開する。
「よし、始めるぞ。神崎室長が持ってきた、ラプター大尉が歌舞伎町で50口径をぶっ放した瞬間の映像だ。――鳳凰、不鮮明なエリアの補正と、弾道の熱量・空間歪みの解析データをオーバーレイしてくれ」
「了解、パパ。解析開始するわ!」
鳳凰の瞳の奥で、強化人間としての視覚処理システムが高速起動する。
彼女の持つ優れた解析能力により、ラプターが捉えた歌舞伎町の夜の映像が、高解像度で再構築され、大型モニター上に浮き上がっていく。
スローモーションで再生される、ラプターがデザートイーグルを構え、50口径の弾頭が火薬の爆風と共に銃口から飛び出す瞬間。
その弾頭が、対象のわずか数十センチ手前で、まるで目に見えない壁に衝突したかのように、唐突にその場に「完全停止」した。
「……な、にこれ……?」
鳳凰が、思わず息を呑む。
映像の横に表示された熱量グラフ、および空間の物理演算データは、あり得ない数値を弾き出していた。
「摩擦熱によるエネルギーの減衰じゃない。空間の運動エネルギーが、衝突の瞬間に『完全なゼロ』に固定されている……。パパ、物理的にどう説明すればいいの……?」
人類最高クラスの頭脳を誇るヴァンスですら、その異様な光景を前にして、思考を一時完全に停止させられかけていた。
沈黙するラボの中で、玲奈、ヴァンス、そして鳳凰とナナオの四人が、モニターに浮かび上がる「未知の力」の残滓を、ただじっと見つめていた。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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