初恋と拳銃
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
ラプターと実妹のライトニングゼロが相まみえます。
お兄様とのトーヨコバトル。
本日もお楽しみください
「あー、もう! なんであたし、こんなところで信号なんか捕まってるんだろ……」
午後九時を回ろうとしている、東京。
交差点の信号が赤に変わり、ラプターは米軍貸与のオフロードバイクをゆっくり止めた。
新宿三丁目のあたりは、昼間よりも光が多い。地下へ吸い込まれる丸ノ内線の入口、コンビニの白い光、居酒屋の赤提灯。それらが混ざり合い、路面に複雑な色の反射を作っている。
彼女はヘルメット越しに周囲を一瞥し、手持ち無沙汰にクラッチレバーを握ったり離したりする。
手足が長く、女性らしいメリハリがあるライダース姿のラプターは、通学時のブレザー姿と異なりセクシーの一言に尽きた。交差点の停車中も彼女の姿は周囲の視線を自然と引き付けた。
本来は、マッハを超えて空をかける世界最強の『強化人間』。しかし、それは国家の最高機密であり、国防の最終兵器だ。プライベートで夜空を気軽に飛ぶわけにはいかないし、非常時を除く命令以外は飛行しないのが鉄則だった。
目的地である新宿・租界地区は、ラプターが米国大使館から都立高校に通う報告済みの基本ルートからは外れている。プライベートでは自由に飛ぶことが出来ない彼女は、軍の偉いおじさんたちに「完璧な建前」を突きつけて、米軍の備品である高出力の軍用バイクを強引に借り受けていた。
『名目:租界における要注意極秘対象の同時監視任務、および不測の事態に備えた限定的飛行権限の申請』
『詳細:租界トップ「IINCHOU」の動向捕捉、在日中のエリオット・ヴァンスの追跡と監視、唯一の男性型超強化人間・五味ナナオの警戒・監視。これら重要対象の隠密接触に備え、地上機動を主軸としつつ、非常時のみ限定的に飛行することを許可されたし』
これ以上ない大真面目な安全保障上の名目。軍もこれには首を縦に振るしかなかったし、非常時の飛行許可までセットで勝ち取ってある。
正式な訓練や任務に追われてきた彼女が、17歳で初めて知る感情。人はそれを初恋と言う。
でも、生身の彼女の胸にある本当の本音は、ただ一つだった。
(……ナナオ、今日、都立高校の帰りに租界に寄るって言ってたよね)
ただそれだけ。なんとなく、ナナオに会いたかった。
新宿大運動会で助けられる前までは、異性として気にも留めていなかったのに。彼と一緒にいるというだけで、なんだか顔が熱くなるほど恥ずかしいし、嬉しいし、とにかく複雑な感情に支配されてしまっている。
元々、強化人間適性者というのは、幼少期から軍の過酷な施設で訓練を受け、選び抜かれたエリートだけが国防の要となることができる世界だ。
強化人間適性者の特性上、女性しかいない訓練校では、朝から晩まで過酷な戦闘訓練ばかりで、恋愛経験なんてまずなかった。……まあ、やたらと下級生からの告白は受けたのだが。
だからこそ、夜風を受けながら、胸の奥の甘酸っぱい感情にウキウキと戸惑っている今のこの状況は、彼女にとって人生初の「致命的なバグ」だった。
(会ったらなんて言おうかな。別に偶然通りかかっただけだし、監視任務だし――)
アクセルを回し、胸の奥の甘酸っぱい感情にウキウキと戸惑いながらバイクを走らせていたラプターは、いつの間にか新宿・租界地区の裏手に当たる新宿六丁目付近まで辿り着いていた。
「あ……」
左折した先にあるコンビニセブンの白い明かりの中に、思い人であるナナオの姿を見つけ、彼女の胸に嬉しさが溢れそうになる。
しかし、その直後、軍人として過酷な訓練を積んできた彼女の経験が、ピキリと不穏な警鐘を鳴らした。
(……何、あのラテン系の若い男?)
ナナオの隣に滑り込んだ南欧系の貴族めいた若い男。一見すると男に見えるが、網膜が捉えたバイタルデータは明確に『女性』を示している。
その男装の女は、スマートに最高額面の紙幣を投入口へと滑り込ませると、ナナオに釣り銭とシュークリームの袋を握らせ、何やらハスキーに囁いてコンビニを出て行った。
ナナオから離れ、何とも満足そうな表情で夜風に吹かれる男装の女。その背後、物陰から一人の少女が音もなく現れ、影のように寄り添う。
男装の女は、ピクリとも動かない少女の細い肩を後ろから愛おしげに抱き寄せた。まるで意思を持つ美しい人形の長い髪を優しく梳かすように触れながら、誰もいない虚空へ向かってハスキーな声を落とす。
「見ただろう、ライトニング・ゼロ。あれが私の探していた怪物だ。神の権能をあれほど無邪気に、無垢に行使してみせる……。本当に、壊してしまいたいほどに妬ましく、愛おしい個体だね」
(ライトニング……ゼロ……!?)
そのコードネームが耳に飛び込んできた瞬間、ラプターの全身の血が引いた。
新宿の夜霧の奥へと歩き出す二人。ラプターは無言でバイクを降り、気配を完全に消してその背中を追った。
不夜城、歌舞伎町。
ネオンの洪水と重苦しい熱気が渦巻く繁華街をすり抜け、歌舞伎町交番前、ごった返す人間たちで埋め尽くされた『トーヨコ広場』へと差し掛かったその時。
不意に、前を歩いていた男装の女が、ぴたりと足を止めてラプターの方へと振り返った。
狂気と羨望を孕んだ瞳が、まっすぐにラプターを射抜く。
「ここでならいいだろう。――ずいぶんと熱心な尾行だね、米国の誇る猛禽よ」
お兄様が歪んだ微笑を浮かべる。その隣で、感情を一切排した瞳で佇む少女の顔を見て、ラプターは息を呑んだ。
間違いない。そこにいるのは、起動実験中に日本海上で行方不明になっていた彼女の実妹――『F35ライトニング・ゼロ』の姿だった。
「ライトニング・ゼロ……! どうしてあなたがそこにいるの……!」
叫びと同時に、ラプターの身体は軍人としての本能で動いていた。ライダースジャケットの内側から、隠し持っていた大口径のデザートイーグル .50AEを滑らかに引き抜き、銃口をお兄様の眉間へと突きつける。
「その子から離れろ。……さもないと、この場で脳をぶち撒けることになるわよ」
「おやおや、手荒い歓迎だね」
お兄様は少しも怯むことなく、むしろ楽しげに目を細めた。
――ドンッ!!!
歌舞伎町の喧騒を切り裂いて、重厚な銃声が轟いた。
ラプターの迷いのない引き金。放たれた50口径の重戦車のような弾頭が、確実にお兄様の頭部を捉えた――はずだった。
「なっ……!?」
ラプターの目が驚愕に見開かれる。
放たれた弾丸は、お兄様の鼻先数十センチの虚空で、まるで目に見えない壁に『縫い付けられた』かのように、完全に静止していた。
火花も散らず、音も立てず、運動エネルギーをその瞬間に完全に消失させられた金属の塊が、ボトボトと虚しくブロック舗装の地面へ自由落下していく。
「ヒ、ヒィッ!? 銃、銃撃戦だぁ!!」
「キャーーーッ!?」
その瞬間、華やいだトーヨコ広場は一変した。
たむろしていたトーヨコキッズ、自撮り棒を掲げたインバウンドの観光客、客引きの夜職の面々が、悲鳴を上げて四方八方へとクモの子を散らすように逃げ惑う。
騒然とする広場の中で、お兄様だけが歪んだ暗い笑みを浮かべていた。
「米国での君の身分は知らないけれど……日本の警官の目の前で発砲するなんて、ずいぶんとおバカさんだね」
「動くな!! 銃を捨てろ!!」
「警察だ! 全員動くな!!」
歌舞伎町交番から、血相を変えた複数の警察官が拳銃を構えながら飛び出してきた。逃げ惑う群衆とは逆に、あっという間にラプター、そしてお兄様とゼロの周囲を包囲していく。
弾丸を空間に固定するという不条理な防壁の前に、これ以上の発砲は無意味。ラプターは一瞬で戦術的判断を下すと、大口径の拳銃を足元へと静かに落とし、両手を頭の上に上げた。
「おまわりさん、落ち着いて聞いて。今すぐ米国大使館と横須賀基地に連絡して」
彼女はライダースのポケットから、厳重なセキュリティが施された軍の身分証明書(ID)を抜き出し、迫り来る警官たちへと提示する。ヘルメットを被っていないその素顔には、毅然としたエリートの威厳が満ちていた。
「あたしは米国大使館付 海軍大尉 ラプター。あたしを発砲と銃刀法違反で逮捕しても構わない。でも――そのあたしの後ろにいる二人だけは、絶対に逃がさないで! 米軍の最高機密を盗んだテロリストよ、逃がしたら確実に国際問題になるわ!!」
「えっ……べ、米軍……!?」
「国際問題……っ?」
ラプターの圧倒的な気迫と、提示された本物の軍用IDを前に、現場の警官たちに大きな動揺が走る。誰を最優先で確保すべきか、その視線が一瞬だけ泳いだ。
お兄様はそのわずかな隙を見逃さなかった。
「行くよ、ライトニング・ゼロ。――地上の楽園へといざなう『代行者』への接触は、十分に果たした」
「了解、お兄様」
意思のないゼロは、お兄様を優しく抱きかかえると「炉」の出力を全開にする。
彼女の隠されたスラスターから凄まじい高温と蒼白いエネルギーがほとばしり、歌舞伎町のネオンを強烈に照らし出した。
「待ち、なさい……!」
「あぶない、離れて軍人さん!」
警官たちに阻まれ、ラプターの伸ばした手が虚しく空を切る。
騒然とする歌舞伎町の夜空へと吸い込まれるように、お兄様とライトニング・ゼロは一瞬で消え去っていった。
実妹の生存、転変する状況、そして彼女を操る男装の女の不気味な能力。最悪の形で邪魔されたナナオとのひとときを思い、ラプターは屈辱に唇を噛み締めながら、夜の東京の空を鋭く睨みつけるしかなかった。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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