たった二人の姉妹
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
野望の悪女、神崎玲奈。彼女にはたった一人の共犯者がいます。
玲奈の妹、神崎梨華の登場です。
本日もお楽しみください
深夜の神楽坂、その一等地に佇む重厚な神崎の屋敷から数キロ離れた、市ヶ谷にある公安四課の分室。
神崎玲奈は、デスクのバックアップ用外付けハードディスクから、二つの極秘データを個人の秘匿端末へと吸い上げていた。
一つは、公安が採取した、五味ナナオの完全なDNAデータ。
もう一つは、新宿大運動会の公式戦において、鳳凰とラプターの墜落を救うためにナナオが夜空へ架けた、あの『透明な虹の橋(空中階段)』の超高解像度追尾映像である。
画面の中で、光の螺旋を一足飛びで踏みしめる少年の姿が、デジタルノイズを立てながら再生されている。
(……こんなでたらめな現象は、特別な強化人間ってだけじゃ説明できない。でも、だからこそ利用価値があるのよ)
玲奈の細い指先が、送信ボタンをタップした。
送り先は二つ。一つは、彼女が死ぬほど嫌悪する父親、扶桑重工会長の神崎豪徳。その圧倒的な資金力と日本の近代産業の根幹を成した権力、扶桑重工の力を利用するために繋がらざるを得ない。
そしてもう一つは、フランス・パスツール研究所にいる、たった一人の共犯者だった。
数分後、厳重に暗号化された国際回線が、玲奈の耳元で静かに震えた。
「……梨華? 届いたかしら」
『お疲れー、お姉ちゃん。うん、今フランス側のサーバーにパッチ当てて、バイオデータと映像の解析終わったとこ。……っていうかさ、マジでこれ物理法則バグってんだけど。ウケる』
スピーカーから響く妹――神崎梨華の声は、二十五歳という若さで生体情報工学の頂点へ駆け上がった天才研究者のものとは思えないほど、軽薄で派手なギャルの響きを帯びていた。だが、ひとたびデータを前にすれば、その言葉の解像度は極めて高く、冷静な専門家としての顔が覗く。
「結果はどうだったの。あのナナオが起こした質量のある発光現象とのメカニズムは、データから読み取れた?」
『それがさ、あの虹の橋の映像、高密度エネルギーの熱量測定を走らせたら、光そのものに物理的な「応力」と「質量」が発生してんのよね。意味不明でしょ?』
「その結果はどういうことなの、梨華?」
『まるで何にもわかりませーん。この事に関しては本当に意味不明ってこと。現在の科学じゃ説明できないの。量子力学的には、そこに虹の橋が発生したって曖昧な説明する事が限界。……っていうか、これってさ、光を無理やり物質化させてるっていうより、世界のシステムに直接『量子演算パッチ』でも当てて、その空間の物理法則ごと書き換えて元素を固定してるって言った方がまだしっくりくるレベルなんだよね。ま、そんなことできるわけないから、意味不明なんだけどさ』
「……物理法則の、書き換え」
『そう。だけどね、そんなデタラメやってるナナオくん本人のDNAの「種判定」自体は、普通に【人類】って出るのよね。塩基配列の並びも染色体数も、現存人類と完璧に一致してる。……だけどね、エピジェネティクス(遺伝子の使われ方)の数値が、人間の上限を五〇倍くらいブッチ切ってんの』
「五〇倍……?」
『そう。筋肉の増殖を司るミオスタチンの抑制率が異常に低くて、骨形成の遺伝子が常時マックスでONになってる。おまけに工業用の高強度スキャナーで骨密度を逆算したら、常人の「一〇倍」は密度があるのよ。これ、航空宇宙素材と同じ格子構造。なのに体重は常人レベル。……お姉ちゃん、これ「地球上のどんな極限環境」でも絶対に説明がつかない遺伝子の発現パターンだよ』
玲奈はフッと眼鏡の位置を直し、冷たい笑みを漏らした。
「やはりね。私の睨んだ通りだわ。あの男……本人はいつも馬鹿の一つ覚えみたいに『俺、宇宙人なんですよ』なんて中二病みたいな冗談を言っているけれど、DNAが人間と一致した以上、その線は完全に消えた」
『あはは、宇宙人とかマジウケる。本気で言ってたんだ、その子』
「ええ。理解不能な力を誤魔化すための、お粗末な大嘘よ。……間違いないわ。ナナオは、どこかの組織が、実家の扶桑重工級の裏資金を注ぎ込んで極秘裏に作り上げた、地球最高峰の『遺伝子操作型プロトタイプ』よ。でなければ、父さ……、いいえ、アイツがあれほど零式に固執するはずがないもの」
玲奈の脳内では、「人間が理解できない超技術」が、自らのプライドと常識の範疇である『地球の陰謀』の枠へと、完璧に、そして頑なに翻訳されてロックされていた。彼女はどれほどの奇跡を見せつけられようとも、ナナオが「本物の宇宙人」であるという不条理だけは、絶対に認めるわけにはいかなかったのだ。
『まあ、お姉ちゃんがそう言うなら、そういうドロドロの血統の最高傑作ってことでいいんじゃない? 『アイツ』を超えるための絶対的な武力としては、これ以上ない最高の手札だしね』
梨華はパリの研究室で、長めのネイルが施された指先でキーボードを叩きながら、何気ないトーンで言葉を続けた。
『あ、そういえばさ。よもやま話なんだけど。最近、フランス国立科学研究センター(CNRS)の量子観測部門に、国家予算レベルのヤバい資金が流れてるのよね。出資元はヨーロッパ最大の投資会社「セフィラ・キャピタル」――通称SPC。……お姉ちゃん、何か聞いてる?』
「……SPC? 米軍との交渉の後に、松河のヤツが、幽霊みたいな黒ずくめの山高帽をそんな風に呼んでいたわ」
『へえ、もう日本にも幽霊が出没してんだ。実態はマジで不透明なんだけど、そこの研究員たち、科学者のくせに「完璧な代行者による世界の固定」がどうのって、宗教みたいなオカルト論文ばっか回してるのに、論文内容すっげー精度高いの。書類と記録メディアでしかデータのやり取りしないアナログな奴らでさあ、外部所員とのやり取りには幽霊みたいな黒ずくめの帽子男が必ず間に入るんだって。きしょいよね――』
「――――」
玲奈の脳裏に、カチリ、と微かな引っかかり……が残った。
セフィラ・キャピタル。その名前は、なぜか公安の監視網からも、意図的に隠蔽されているように静かだった組織だ。
「……いいわ、梨華。SPCの動向も引き続きハッキングして頂戴。それがどれほど巨大な化物だろうと関係ない。利用できるものは、神崎の血の最後の一滴まで利用してやるわ」
『おっけー。じゃ、またね、私のお姉ちゃん』
通信が途絶え、静寂が戻った市ヶ谷分室で、玲奈はデスク脇のゴミ箱にあった、ナナオがいつも間抜けな顔で食べているコンビニのクレープの包み紙を、冷然と見つめた。
(五味ナナオ。あなたが何者で、誰に作られた人形だとしても構わない。……あなたは、この私が世界の頂点へ登るための、唯一の切り札になってもらうわ)
彼女の歪んだ野心と、完璧に「誤解」されたナナオへの支配欲が、薄暗い部屋の空気の中で、暴走の火種を灯し始めていた。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、
下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!
ブックマークと感想も是非ともお願いします




