奇跡
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
創作の際にヴィジュアルが先に浮かんで、それに合わせて筆を進める。
そんな風に書いてます。僕の脳の中が上手くみんなに伝わってほしい。
それでは、お楽しみください。
※モナドとは、ライプニッツという超天才の哲学者(微分積分をニュートンとは違う方法で見つけた)が考えた世界の最小単位です。観測が世界を決めるという量子力学的発想を持った初期の一人。
その人が考えたモナドロジーという考えは、調べると超絶面白いですぜ。
学問か神話か本当にわからなくなりまーす。念の為にちゃんと学問です。
午前五時。
新宿の夜を支配していた濃密な闇が、東の空から静かに剥がれ始めていた。
午前四時の開戦から、およそ一時間。一万メートルから三〇〇〇メートルの空域を、二つの光跡が新宿の空に刻み続けていた。
目撃者は少ない。だが、モニターを見つめる世界中の「当事者」たちにとって、その一時間は永遠にも等しい密度を持っていた。
高度一万メートル。 最後の一合。
その瞬間、鳳凰とラプターの炉が――唐突に、沈黙した。
「……え?」
「うそ……ここで、切れるの……?」
二人の身体が、重力に引きずり落とされる。 推力ゼロ。制御不能。
ただの“少女”として、朝焼けの新宿へ吸い込まれるように落下していく。
その瞬間、ナナオの網膜にエルピスの警告が走った。
『燃料切れ(フレームアウト)。二人とも、自由落下に移行……』
エルピスの無機質な声が、ナナオの脳内に直接響く。
地上の狂熱は一瞬で凍りついていた。
九頭竜も、米高官も、すべての熱狂の渦中にあった人々は、モニターを見つめたまま
「え……?」
という掠れた声を漏らす。熱狂からの暗転が、彼らの思考を停止させていた。
『計算終了。予測被害を提示します』
『一時間にわたる限界稼働の末、高度一万メートルで力尽きた二つの高出力リアクター。
それが自由落下で地表に激突した際に解放されるエネルギーは、数十テラジュール。
戦術核の一歩手前です。
激突の瞬間、新宿・租界地区は地図から消え、駅周辺は更地となります。東京都心でありながら新宿は朝焼けの名所に変わるでしょう』
『その中心にいる二人の少女の生存確率は――ゼロです。ナナオ、どうします。この場からの避難をお勧めします』
エルピスの冷徹なシミュレーション結果が、ナナオに告げられる。
「避難なんてしない……そんな数字、俺が蹴飛ばしてやる!」
躊躇いなくナナオが腰を落とした。
刹那、校庭のアスファルトが同心円状に爆ぜ、衝撃波が本部テントを大きく揺らす。
唐突の衝撃に白雪はタブレットを抱きかかえ、スズメとベルゲは必死でテントを支える。
松河の前髪は乱れに乱れ、ヴァンス博士は空を行くナナオを見つめる。
「な……ナナオ!?」
神崎玲奈の驚愕を置き去りに、ナナオの体が弾丸となって夜空へ射出される。
一、二、三秒。
一気に高度一〇〇メートル。重力に逆らう跳躍がその頂点に達し、身体が静止から落下へと転じようとした、その空白の瞬間だった。
「エルピス、空中元素固定装置起動! サポート頼む!」
『了解……現状の最適解を形にします。空中階段、座標展開!』
エルピスが空間座標を一気に展開し、空中元素固定を最大出力で起動した。
ドォォォォォン!!
空中で、ありえないはずの「踏み込み音」が鳴り響いた。
ナナオの足元に、エルピスが生成した「透明な螺旋階段」が咲く。
高度一〇〇メートルの虚空を起点に、そこから一気に天へと伸びる虹色の道。
ガラス細工のように繊細で、しかし確かに存在する“空の道”。
その一段一段が、朝焼けを反射して淡く輝いていた。
それは信じがたい光景だった。
一度目の跳躍で空に消えた男が、頂点で鋭く旋回したかと思うと、今度は空に向かって「逆落下」するように、大きく旋回しながら加速を開始したのだ。
ドォーン!!ドンドコ!
一段踏み抜くたびに、ナナオの異常な脚力に耐えきれず、透明な階段が粉々に砕け散る。
東の空から差し込み始めた燃えるような朝焼けが、その破片をプリズムのように染め上げた。
ナナオは宙を蹴った。
ドンドコッ! ドンドコッ! ドンドコッ!!
透明階段が、彼の脚力に悲鳴を上げる。
「エルピス、もっと強度を!」
『これ以上は……ナナオの脚力の方が強いです!』
階段が砕け散るたび、ガラスの羽のような破片が夜空に舞った。
地上で見上げる人々には、それがまるで、光り輝く天使の羽が新宿の空に舞い散っているか
のように映った。
地上二五〇〇メートル
落下してくる鳳凰とラプターの身体が視界に入る。
「二人とも――!」
死の加速度に身を任せ、虚空を掴んでいた鳳凰とラプターの視界に、朝焼けを背負い、空を猛烈な勢いで「駆け上がって」くる男の姿が飛び込んできた。
『ナナオ、今です!』
ナナオは最後の一段を蹴り飛ばし、空中へ跳んだ。
「届……けッ!!」
ドンドコォォォン!!
地上二〇〇〇メートル。
彼は両腕で二人をしっかりと抱きとめた。
「……っ、ナナオ……?」
「な、なんで……ここに……!」
だが、休む暇はない。
着地はすれども、足場が次々と砕け、三人は再び落下を始める。
『ナナオ、足場を壊しながら落下しなさい! 衝撃を分散します!』
「了解!」
ナナオは崩れゆく透明階段を、逆に“踏み砕きながら”落ちていく。
ガラスの羽が吹雪のように舞い散り、三人を包み込む。
地上三〇〇メートル。
ナナオは最後の足場を踏み砕き、衝撃を全身で受け止めながら地面へと着地した。
ズド―ンッ……!
校庭に、濛々と上がる砂煙のなか、胸に抱いた二人を見つめながらナナオは言った。
「……おはよう。二人とも、本当にいい代表戦だったよ」
朝日に照らされたナナオの横顔。
鼻の頭には、まだ乾ききっていない生クリームが少しだけ残っている。
あまりにマヌケな救世主の腕の中で、二人の火の鳥は、呆然と、そして同時にその頬を赤く染めた。
◇◇◇
パークタワー新宿・特別個室
九頭竜や米高官は、ただ茫然とモニターを眺めていた。
ナナオが二人を救出し、地上に降り立った瞬間。
室内では歓声に沸き、誰も彼もが抱き合ったり、握手を交わしたりしていた。
そんな室内の朝焼けの光が差し込む窓辺で、
山高帽の男が、聡明そうな瞳の娘――小学生くらいの少女に静かに問いかける。
「……ご覧になられましたか、お嬢様。
あれが 零式七七〇。
強化人間たちのバイタルスキャンでは“ただの人間”と表示されておりますが……」
少女は窓に張りつき、ガラス越しに見下ろす。
ガラスの羽を散らしながら落下する三人。
その中心で二人を抱きしめる少年。
「……お空でモナドが固定されるの、見えたよ。
あの人……天使だね」
山高帽の男は、恭しく頭を垂れる。
「ええ。
あれこそが――我々が求めてやまぬ“代行者”。
神話の源泉たる存在です」
少女は無邪気に笑う。
「じゃあ、あの人は……世界を救うの?」
「救うか、滅ぼすか……それを決めるのは、彼自身でしょう」
二人は実に満足気な様子で地上を見下ろした。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
火木金曜はナナオの日 お忘れなく。
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