願い
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
因縁の二人の戦いは最高潮に突入します。
あーあ、本当に文章が上手くなりたいと思いました。
もっといっぱい書くぜ。
上昇した二人の高度は五〇〇〇メートルを超えた 。
地上を見下ろせば、新宿の街明かりは箱庭のジオラマのように遠く、見上げる者たちにとって、二人の少女は夜空を裂いて踊る小さな光の粒子にしか見えない 。
青い炎を引いて舞うのが米軍のエース、ラプター。それを追う深紅の炎が、エリオット・ヴァンスの祈りの結晶、鳳凰である。
運動会の本部テントで、神崎玲奈は一切モニターを見ようとしなかった 。彼女の視線は、ただ一点――校庭の隅で首を痛めるほど空を見上げている、五味ナナオに固定されている。
(……あんたには、見えているんでしょうね。物理的な距離なんて関係なく。……一体、あんたは何なの、ナナオ)
玲奈の予感通り、ナナオの網膜にはエルピスを介した「量子もつれ」によるリンク映像が、音声と共に鮮明に投影されていた。
それはモニター越しでは決して味わえない、鼓動すら共有する極限の主観視界だった。
◇◇◇
「……ATFの時も言ったけど、今回も勝たせてもらうわ」
加速のGに耐えながら、鳳凰の不敵な声が通信回線を震わせる 。
「私が勝つことが、パパの天才を証明することなんだから」
対するラプターは、かつて自身の肉体を苛んでいた「違和感」が消えた、万全の機動でそれに応えた 。
「あんたのパパ……ヴァンス博士は、文句なしの天才よ。あたしの枷を取り除いてくれた『フェニックスパッチ』、感謝してるわ」
ラプターの瞳に、戦士としての純粋な悦びが宿る。
「ありがとね。ATFでは出せなかった、あたしの『全力』……見せてあげる!」
激突。
深紅と青の光が、大気を爆ぜさせながら複雑にもつれ合う 。
打撃の一撃の重さと瞬発的な戦闘速度は鳳凰が勝り、小柄な身体に似合わぬ破壊力がラプターを押し戻す。
しかし、ラプターは実戦経験に裏打ちされた無駄のない立ち回りと、フェニックスパッチによって解放された超絶的な旋回性能で、鳳凰の背後を執拗に狙い続けた 。
先日のラプターと四神の公式戦は、計算し尽くされた放物線が描く美学だった 。だが、この戦いは違う。意地と意地、矜持と愛がぶつかり合う、凄惨なまでの「最強」の証明。
「いけぇぇっ、鳳凰! 負けるなーー!!」
地上では、砂まみれの四神たちが戦隊ものの決めポーズをとりながら、鳳凰の背負う「父への想い」に涙し、全力で叫んでいた 。
それに応えるように、ラプターのオープンチャンネルにも、海を越えたエールが飛び込んでくる。
北は三沢から、横田、厚木、岩国、南は普天間、嘉手納。
基地の上空で待機する米軍の強化少女たちが、自分たちの「最強」であるエースに声を枯らしていた。
『負けないで、ラプター! あんたはあたしたちの誇りなんだから!』
国を背負い、仲間の想いを背負い、一生懸命に空を駆ける少女たち。
その光景をエルピスの視界で見届けていたナナオは、ふと、ある既視感に気づく。
(……ああ、これって。俺が知ってる、地球のスポーツの……)
それは殺し合いでも、データの奪い合いでもない。
ただ純粋に、誰よりも高く、誰よりも速く飛びたいと願う者たちが繰り広げる――最高に熱い「代表戦」そのものだった。
◇◇◇
二人の戦いは、もはや人知を超えた領域へと佳境を迎えていた。
二五〇メートル四方の「檻」という極小の起点から、赤と青の光跡が垂直に伸び、夜の空を切り裂いていく。
戦闘高度は音速戦闘の下限とされる三〇〇〇メートルから、空気の薄い一万メートルへ。
そこから再び地表へと向かって、狂ったような速度で上下軌道を繰り返す。
新宿の夜を彩る、あまりに美しく、あまりに激しい流星の舞踏。だが、その光の渦中にあるのは、魂を削り合う少女たちの純粋な激突だった。
◇◇◇
パークタワー新宿の特別個室。
先ほどまで老獪な策謀を巡らせていた九頭竜も、そして彼と対峙していた米高官たちも、今や食事や談笑を忘れ、モニターに映し出される光の軌跡に釘付けとなっていた。
静寂を破ったのは、誰かの祈りにも似た叫びだった。
「鳳凰……! いけ、鳳凰!!」
「GO! ラプター! 負けるな!!」
その声は、高層階のラウンジから、そして現場の砂埃舞う本部テントからも沸き上がっていた。現場の技術者も、軍人も、自衛官も。
そこにいるすべての者が、彼女たちの背に自国の誇りと、己の矜持を託していた。
もはや彼女たちの公式戦は、見守る「俺たち」全員の公式戦となっていた。
空を駆ける彼女は、地で見上げる俺たち自身なのだ。
『頼む、勝ってくれ』
誰もがそう、心から願わずにはいられなかった。
地上で首を痛めるほど上空を仰いでいたナナオは、ふと校庭に視線を落とす。
隣の白雪が両手を握り、ヴァンス博士がモニターを凝視し、松河もなりふり構わず髪を乱し、涙目で鳳凰の名を叫んでいた。
ベルゲもスズメも租界の女の子も皆、声を張り上げた。
「「「「「頑張れ!」」」」」」
ナナオは、その「熱」の正体に気づく。
(……ああ、そうか。これが思いだ。人が人を思う心だ。……)
それは、純粋で、熱く、ひたむきな「愛すること」そのものなのだ。
ナナオにはそれが、心地よく、まぶしく、尊いものだった。
◇◇◇
一万メートルの頂点から、再び境界へと急降下する二つの光。
父の執念と愛を証明するために「真の最強」を世界に示す鳳凰と、エースとしての誇りを胸に戦うラプター。
その狂熱の渦中で、ナナオは一人、次元の違う「トランス」の底にいた。
エルピスを介した「量子もつれ」によるリンクが、ナナオの感覚を剥き出しにする。
(あつい……。鼓動が、一つに溶けていく……)
鳳凰の加速による激しい動悸。ラプターが旋回で味わう、脳が痺れるほどのG。
それらが濁流となってナナオの網膜に流れ込む。鳳凰の「パパ、見てて」という切実な願い。ラプターの「自由に飛べる」という爆発的な歓喜と『最強』の矜持。
二人の少女の剥き出しの感情と、地上の観衆たちの熱溢れる祈り。
そのすべてがノイズとなってナナオの胸を焦がした。
「いけ……いけぇ、二人とも……っ!」
ナナオの魂もまた、最高潮の熱量で震え、空の果てへと誘われていく。
◇◇◇
再び高度一万メートル。
二つの火の鳥が、互いの残像を食らい合う最後のアプローチ。新宿の夜空が朝焼けに明るく染まる。
一旦、空中で距離を取り相対する二人。
地上で見つめる者たちも、この一合でカタルシスが絶頂に達すると理解していた――
二人は、お互いを見つめ最高の笑顔を見せる。それは賞賛。
そして熱戦の終わりを告げる合図だ。
「鳳凰!!!!!!」
「ラプター!!!!!」
重なる雄叫びと共に、深紅の炎と青い炎が空の果てでぶつかり合う。
その瞬間だった。
プツン。
あまりに唐突に、鮮烈だった世界が「砂嵐」に変わった。
網膜のリンクが途切れ、空を焼いていた赤と青の光跡が、嘘のように掻き消える。
爆音の後に訪れたのは、耳が痛くなるほどの静寂。
『炉心停止。……エネルギー切れです』
エルピスのシステムメッセージが、頭の中に響く。
漆黒の夜空に、ただ二つの「動かない影」が、重力に従ってふわりと放り出された。
最高潮まで高まった熱が、行き場を失って凍りつく。
新宿中が、そして世界中のモニターの前が、あまりの断絶に立ち尽くした。
「え……?」
誰かの、頼りない呟きだけを残して。火の鳥たちは、真っ逆さまに新宿の朝へと落ちていった。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
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