恥を知りなさい
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
玲奈が頑張ります。悪女ですが情に厚いのですよ。
お楽しみください。
後、閑話の山高帽も出るよ。
神庫重工、特別会議室。
そこには、重苦しい沈黙と、勝者の余裕を隠そうともしない傲慢な空気が充満していた。
正面に座るのは、米軍将校たち。
彼らは、手にした「ライセンス違反」という切り札で、鳳凰という日本技術の粋から、利権を奪い取る準備を終えていた。
「――お待たせしたかしら」
扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、神崎玲奈だった。
その隣には、先ほどまでの醜態を消し去り、無理やり「神庫重工重役」の顔を作った松河龍一が並んでいる。
「松河龍一君、遅かったじゃないか。返答は決まったかね?」
将校の一人が、鼻で笑いながら書類を突きつけた。
「鳳凰のライセンス料、ならびに神庫重工の全データの提供。これに応じない限り、君たちは国際社会からの孤立を免れない」
だが、玲奈はその書類に目もくれず、持参したクリスタルメモリを無造作にテーブルへ置いた。
「孤立? 笑わせないで。……孤立しているのは、あなたたちの技術力の方よ」
「……何だと?」
「あなたたちが『盗用だ』と騒いでいる鳳凰のプログラム。……確かに、その土台はエリオット・ヴァンス博士が作ったものだわ。でもね――」
玲奈が合図を送ると、会議室の大型スクリーンに、地下女子寮でベルゲが発見した『二つの波形』が投影された。
「……これ、何だか分かるかしら? 将校さん。あ、失礼、あなたたちじゃ理解できないわね。あなたたちの自慢の愛機、ラプターの最新ログよ。……神庫重工の技術部長が、その執念で逆演算した『真実』」
玲奈の指先が、波形の歪みを鋭く指し示す。
「この歪み、十年前のヴァンス博士の未完成コードと、寸分違わず一致しているわ。……つまり、あなたたちは博士がいなくなった後、一行も、ただの一行もプログラムを更新できなかった。……バグがあることすら気づかず、強化人間の肉体的な酷使と、過剰なメンテナンスパーツの大量消耗で強引に誤魔化し続けてきた……」
会議室の空気が、一瞬で凍り付いた。
将校たちの顔から余裕が消え、動揺が走る。
「ば、馬鹿な……。我々の技術陣がそんな初歩的な……」
「ええ、その『初歩的なミス』を――」
玲奈は、一歩も引かずに将校を睨み据えた。
「新宿租界の地下で、汚水と廃油にまみれながら、棄てられた強化人間の女の子を必死に直してきた修理屋が見抜いたのよ。……恥を知りなさい!」
玲奈の声が、雷鳴のように室内に響き渡った。
「盗まれたと騒ぐ前に、自分たちの足元が腐っていることに気づかなかったの? 未完成な遺産を拝み倒し、バグすら直せないあなたたちが、鳳凰のライセンスを語るなんて片腹痛いわ。……鳳凰は、あなたたちが見切りをつけたヴァンス博士と、日本の技術者が愛を持って完成させた『本物』よ。……盗用なんて言葉、二度と使わないことね」
玲奈は、動けなくなった将校たちの前に、もう一つのデータを表示させた。
「これは、私たちが今この瞬間に完成させた『修正パッチ』。あなたたちが十年かけても直せなかったバグを、私たちは数時間で解決したわ。……もし鳳凰の運用を止めたいなら、どうぞご自由に」
玲奈は氷のような微笑を浮かべ、最後の一撃を放った。
「ただし、その瞬間にこのパッチは世界中に無償公開される。……『Phoenix Patch アメリカが見捨てた男とその娘。日本の仲間と共に祖国の強化人間少女を救う』。こんなショート動画と一緒に、世界中に一斉配信してやるわ」
「なっ……!?」
「F22ラプターの『最強』の正体は、少女の限界までの肉体酷使と、予算度外視のフルメンテナンスでしかなかった……。その事実、米国民にどう説明するのかしら? 自国の少女にそんな壊れた機体を背負わせ、ボロボロになるまで使い潰していた責任を、誰が取るのか見ものね」
将校たちは、蛇に睨まれた蛙のように沈黙した。
玲奈は、机の上に広げられた不当な契約書を、指先で弾き飛ばした。
「利権を盾にした汚い脅しは、ここでおしまいよ。……その代わりに、あなたたちが望んでいた『公式戦』、受けてあげるわ」
「な……公式戦を、受けるというのか?」
「ええ。盗用だ、ライセンス違反だと騒ぐなら、世界中の目の前でその『実力』を証明して見せなさい。……ただし、このパッチと動画の公開は、公式戦の結果が出るまで待ってあげる。……あなたたちが勝てば、この動画データは闇に葬ってあげるわ。……どう? 悪い話じゃないでしょう?」
「ただフェニックスパッチは、日本のライセンスよ」
将校たちは顔を見合わせた。パッチを公開されれば軍の権威は失墜するが、公式戦で鳳凰を圧倒してみせれば、バグの件も「日本の根拠なきデマ」として握りつぶせる。彼らにとって、それは呑むしかない毒饅頭だった。
「……いいだろう。公式戦ですべてを白日の下にさらしてやる。……神庫重工、負ければ鳳凰の名は地に落ちると思え」
玲奈は鼻で笑い、松河を促して立ち上がった。
「ええ。あなたたちの『停滞した最強』と、私たちが愛で磨き上げた『完成した鳳凰』……どちらが本物か、空が答えを出してくれるわ」
松河が、ここぞとばかりにキザに前髪を跳ね上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「……さあ、交渉を続けましょうか。……立場が逆転したところで、ね」
◇◇◇
米軍将校たちが、顔を歪め、逃げるように会議室を去っていった。重厚な扉が閉まる音が、静まり返った室内に虚しく響く。
「……やれやれ、これでおあいこね」
松河龍一が、勝利の余韻に浸るように深く椅子に腰掛けた。
乱れた前髪をいつものようにキザにいじり、軽口を叩く。だが、その声は玲奈の耳には届かなかった。
ふいに、空調の低いうなりが止まった。
「――っ!」
玲奈の背筋に、針を刺すような鋭い殺気が走る。
反射的に振り返った彼女の視線の先――部屋の隅、影の溜まり場に、その者たちはいた。
いつからそこにいたのか。
黒いスーツに、顔を覆うように深く被った山高帽。
まるでルネ・マグリットの絵画からそのまま抜け出してきたかのような、実在感の薄い男たちが数人、彫像のように佇んでいる。
「あんたたち、いったい何なのよ。……SPCの関係者?」
松河が、恐怖と動揺を隠せない顔で男たちに問いかける。松河の追及に、男たちの一人が口を開いた。
それは音というよりも、脳に直接響く、感情を完全に濾過したような無機質な声だった。
「鳳凰(Ho-oh)とラプター。どちらが勝とうとも、我々の予定は変わらない」
男が一歩、前へ踏み出す。帽子の影に隠れた口元が、わずかに歪んだように見えた。
「ATF計画による分断も、日本の技術革新も、我々の掌のなかに……」
男は松河を無視し、射抜くような視線を玲奈へと固定する。
「神崎玲奈。貴女は我々を知らないが、我々は貴女を……そして貴女が抱える『零式』をよく知っている」
その名が出た瞬間、玲奈の心臓が跳ねた。
「『零式七七〇』――。それは我々にとって福音の同胞となるか、あるいは破滅となるか。神となるか、悪魔となるか……」
男は、別れを告げるように短く頭を下げた。
「……また相まみえましょう」
玲奈が問いを投げかけようとした、その刹那。
瞬き一つの間に、男たちの姿は影に溶けるように消失していた。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
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