反撃のブレイクスルー
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神庫重工、重役室。
かつては贅を尽くした調度品に囲まれ、キザに前髪をいじりながら余裕を崩さなかった松河龍一は、今や見る影もなく床に這いつくばっていた。
目の前のモニターには、もぬけの殻となった地下ハンガーの無残な光景が映し出されている。
「......な、なんで、なんでうちの地下にF35(ライトニング・ゼロ)なんてあったのよ! あんなの、扶桑が勝手に海に落としたじゃない......! なんでそれが、うちの秘密ハンガーから出てくるのよぉ!」
松河は血の気が引いた顔で、自らの髪をかきむしった。
現場の技術者たちが功名心から、巨大資本SPCの誘導に乗って「禁断の果実」に手を出していたなど、彼は夢にも思っていなかった。
自分が何も知らぬまま、「国際的窃盗犯」に仕立て上げられていた事実に、吐き気がこみ上げる。
もしこれが公になれば、神庫重工は社会的に抹殺され、自分も一生刑務所から出られない。
「......あ、ありえないわ。SPCなんて『銀行屋』が何で......」
「あら、素敵なBGMね。あなたの絶望する声って」
公安である神崎玲奈の登場に、松河は「逮捕」の二文字に恐れおののく。
「れ、玲奈ちゃん! 助けて、助けてちょうだい! 嵌められたのよ、私は何も知らなかったの!
全部、現場が、部下が勝手にやったことで......!」
玲奈は、見苦しく縋り付こうとする松河を蔑むように見下ろした。
「静かにしなさい、松河。......今のあなた、自分がどんな爆弾を抱えているか分かっているの?
表には、鳳凰のライセンス料をむしり取ろうと、米軍の将校たちが手ぐすね引いて待っているわ。......あなたが『知らなかった』で済むはずがないでしょう?」
玲奈は一歩、松河に歩み寄る。その瞳には「共犯者」の冷たい光が宿っていた。
「いい? あんたが今言ったF35の件は、私が一生胸の内に秘めておいてあげる。
......最初から神庫の地下には無かった。
そうでしょ? 詳細は後で聞くとして......今すぐここを出るわよ。あなたのところの技術部長も呼びなさい」
「......え? ど、どこへ行くっていうのよ」
「決まっているでしょう。――新宿・租界地区の地下よ」
◇◇◇
松河は、玲奈に引きずられるようにして新宿・租界地区へと足を踏み入れた。
強化人間に係る者が皆、「産廃処分場」と呼んだ場所だ。
しかし、重厚なハッチが開いた先に広がっていた光景に、松河は再び絶叫することになった。
「......な、何よこれ! ちょっと玲奈ちゃん、あんた租界の地下になんてもの作らせてんのよ!!」
松河は、案内された地下工廠の光景に、髪を振り乱して驚愕した。
眼下では、清潔に保たれた広大な空間に、整然と並べられた居住ユニットが並び、その奥には神庫重工の開発室にも劣らない最新鋭の工作機器が並んでいる。
「これ、完全な地下都市じゃない! それにこの設備......。
ここなら、うちの開発室にも劣らないわ。いえ、この現場の密度なら、外部の目を盗んで、強化人間の開発から機体パッチの作成まで......零式にも驚いたけど、なんてことしてるのよ」
松河の戦慄に、隣にいたエリオット・ヴァンス博士が静かに頷いた。
「驚くのも無理はない、松河重役。......実は、私も最初は驚いたんです」
「だが、見てください。
彼女たちは資本や国家の道具ではなく、一人の『部員』として、ここで生きている。
ここは、世界で唯一の、誇り高い自治の現場ですよ」
松河の驚愕とヴァンスの賞賛を耳にした、白雪も胸を張って誇らしそうだった。
そこへ、一人の少女が静かに歩み寄ってきた。汚れのない清潔な作業服に身を包んだベルゲだ。
その表情は穏やかで、技術者としての落ち着きを取り戻していた。
「......あ、あの......松河重役様。......四神さんの時の、ラプターさんのレギュレーションチェックのデータ......改めて、見直してみました」
ベルゲは、手元のホログラムディスプレイを操作し、二つの波形を空中に重ね合わせた。
「......神庫の部長さんたちが、動画から逆演算してくれた、姿勢制御のログ......。......これを見て、確信しました。......これ、ヴァンス博士が昔YF23用に作った、未完成のプログラムと同じ......バグ、です」
ベルゲの指先が、波形の不自然な「歪み」を指し示す。
「......以前、彼女が言っていたんです。......『制御の癖が強くて、いつも姿勢を自神庫重工分で無理に修正している』って」
「......飛行のたびに、彼女は自分の身体能力でその『穴』を埋めて、終わるたびにフルメンテナンスをしないと、機体が保たない......。......博士が去った後、......一行も、直されることはなかったんですね」
ベルゲの言葉は、静かな、ただ純粋な技術者としての悼みに満ちていた。
「つまり……ラプターは最初から不完全なままだったってこと?」
白雪の声が、静まり返った工廠に小さく響いた。誰も答えなかった。その沈黙が、答えだった。
「この話をベルゲ君から聞いたときに、YF23の未完成だった姿勢制御プログラムを思い出したんだ。
まさかF22ラプターにそのまま転用してるとは、夢にも思わなかったよ。彼らの功名心で私は計画を外されたんだろうな」
ヴァンス博士も技術者の業に深いため息をついた。神庫重工の技術部長が、その場で吐き捨てる。
「......その通りです。我々が逆演算で弾き出したあの不自然な挙動は、米軍の最新技術などではなく、ただの『未完成』だった。
我々が『最強』と信じてベンチマークしていたものは、開発時のバグを強化人間の肉体と過酷な整備で強引に支えているだけの代物だった。
結果、四神も博士が作った姿勢制御プログラムに救われることになったわけだ」
玲奈は、黙ってデータを見つめていた松河の肩に、冷たく、しかし力強く手を置いた。
「決まりね、松河。......今ここで、この地下の技術と、あなたのところの技術リソースを使いなさい」
「F22ラプターの挙動を完コピしたせいで、バグを持っていた『四神』。あの子たちは鳳凰用の姿勢制御プログラムで、バグが無くなって完成したんでしょ。……つまり」
「米軍が放置し続けたそのバグを修正する『パッチ』を、今すぐここで完成させるのよ」
玲奈の瞳には、勝利を確信した鋭い光が宿っていた。
「鳳凰がアメリカの盗用ではないこと。
そして、世界最強を自称する米軍こそが、自分たちの愛機の欠陥すら直せない『停滞した無能』であること......。あのアメリカ人たちに、たっぷりと分からせてやるわ」
「......ふん。いいわよ、やってやろうじゃない。あのアメリカの連中に、特大の『恥』をかかせてやるわ!」
松河が不敵に笑い、前髪を跳ね上げた。
日本の軍需を担う二大巨頭と、新宿・租界地区勢、稀代の天才ヴァンス博士。
超大国の傲慢に抗うための、最強の「共犯者」たちが、今ここに誕生した。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
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