零式の謎(笑)
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
タイトルにもありますが、ナナオに秘密はありません。
未読の方は、1話からお楽しみください。
鳳凰が校庭を切り裂く。
ラプターのような肉薄するドッグファイトではない。
音速に近い速度で空域を旋回し、一瞬の交差で対象を「斬る」、必殺のヒットアンドアウェイ。
その軌道はランダムに、そして執拗な回避行動を伴って更新され続けていた。
並の強化人間であれば、網膜が捉える残像を処理するだけで脳が焼き切れる、純粋な速度の暴力である。
だが、五味ナナオはただ、深く息を吐いた。
「エルピス、座標の同期を。……あまり長くかけると、このクレープの生クリームが溶けちゃうからね」
『了解です。ナナオ、迎撃点を算出。……今です』
刹那、ナナオが地を蹴った。
クレープ片手に重力を嘲笑うような二十メートルの跳躍。
彼は鳳凰が「次に現れる場所」へ、最短距離で己の身体を叩きつけた。
「えっ――!?」
鳳凰の視界に、本来そこにいるはずのない「冴えない顔」が突如として出現した。
ナナオの手が、鳳凰の右手を掴みかける。
鳳凰は本能的な恐怖に突き動かされ、機体の慣性を無視した強引な軌道修正を敢行した。空気が悲鳴を上げ、彼女は間一髪でその掌を振りほどく。
だが、その回避行動の代償は大きかった。
「……っ!」
右肩に走る鋭い痛み。無理な転向は、彼女の強化された骨格すら軋ませた。
◇◇◇
地上へと静かに降り立ったナナオに、エルピスが無機質な声で告げる。
『ナナオ、目標の右肩部、過負荷による筋繊維の損傷を確認。戦闘継続は推奨されません』
ナナオは鳳凰を見上げ、首を振った。
一方で、ヴァンス博士もまた、別の意味で驚きを隠せなかった。
「……鳳凰、降りなさい。私達の負けだ。格闘技も、怪我をした方が負けなんだから。受け入れるよ」
博士は、震える手でモニターを閉じた。
回避行動を繰り返す音速目標に対し、一度の跳躍で正確に座標を合わせる。
「勘」や「身体能力」で説明がつく領域ではない。
鳳凰が描く複雑な曲線の方程式をリアルタイムで解き、己の質量体の運動エネルギーに瞬時に変換し、誤差数ミリで交差させる。
実現には、スパコンクラスの演算資源を自分の肉体と完全に同期させ、瞬時に出力を切り替える必要がある。
(……ありえん。持ったクレープもそのままだ。……この少年には、地上のあらゆる兵器の比ではない『演算性能』と直結している)
ヴァンスはその不気味な算術の片鱗に、エンジニアとしての本能的な寒気を覚えていた。
◇◇◇
鳳凰が、校庭の土を蹴ってナナオの前に降りてきた。その瞳には悔し涙がたまっている。
「……引き分けにする?」
ナナオが気遣わしげに尋ねると、鳳凰はグッと唇を噛み締めた。
「……負けてないけど、パパの言うことが正しいから。今回は……」
悔し泣きをしながら、それでも父への信頼を優先して負けを認める少女。
ナナオはそんな彼女に、さも幾多の修羅場を潜り抜けてきたかのような、深みのある声で言った。
「君は強いよ。……あのタイミングで俺の手を振りほどいたのは、君が初めてだったから」
だが、脳内のパートナーから、氷のように冷ややかな嘲笑が飛ぶ。
『ナナオ、あなたの対戦履歴は「四神」と「ラプター」のたった二件です。今のセリフは聞いていて恥ずかしいです。ぷぷぷ』
(……わかってるよ。でも、こういう時は雰囲気だろ?)
嘘は言っていない。
だが、サンプル数が「二」しかない状態で吐いていいセリフでもなかった。
挙句、クレープにかじりつくナナオ。いろいろ台無しである。
鳳凰はそんなナナオの心の葛藤など知る由もなく、絶対強者からの(分母の極めて小さい)賛辞に目を見開き、それから顔を真っ赤にしてパパの影に隠れた。
「……次は、絶対に負けないんだから!」
◇◇◇
夕闇の迫る校庭。練習試合の幕は引かれ、一同は撤収の準備を始めていた。
その喧騒から少し離れた場所で、神崎玲奈は一人、夕日に染まる自分の手を見つめていた。
彼女の指先は、さきほどから微かに震えたままである。
(……何なの、今の。あんなの、強化人間の枠に収まるわけがないわ。ヴァンス博士と純国産化計画の結晶『鳳凰』を、あんなジャンプ一発で詰ませるなんて……)
玲奈の脳裏に、ナナオがたまに口にする「宇宙人」や「月の裏側」といった突拍子もない言葉がよぎる。
だが、彼女は即座にそれを思考の外へ放り出した。そんなお伽話を信じるほど、彼女のプライドは安くない。
(……そうよ。ナナオは、先代のおじい様かお父様がどこかで拾い上げてきた、超高度なバイオコンピュータ搭載の極秘プロトタイプなのよ。……。今はそれでいいわ)
あまりにも現実離れした光景。
それを「扶桑の隠し技術」という無理な理論で塗りつぶし、自分の常識を守ろうとする。
だが、彼女の震えは止まらない。
もし、ナナオという存在が「自分の理解」の範疇にない何かだったとしたら。
「良くやったわ、ナナオ!あんたのおかげで私のメンツも守られたわ」
彼女の不安を押し殺し、夕闇の中に消えていく少年に向かって、努めて明るい声を出した。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
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