閑話 松河龍一の災難
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
今回のお話に出てくるセフィラ・キャピタルはSPCと略してありますが、
現実の「資産の流動化に関する法律(SPC法)」とは関係ありません。
現実の方はスペシャルパーパースカンパニー、いわゆるペーパーカンパニーの一種です。
勉強になりますね。
校庭で「純国産機(笑)最強決定戦」の非公式試合が火花を散らそうとしていた、その同時刻。
神庫重工の重役室では、松河龍一は、不意の来訪者に当惑をしていた。
目の前に座るのは、欧州経済を影で操る巨大資本セフィラ・キャピタル(SPC)の代理人。松河にとって彼らは、自社を支える都合の良い「銀行屋」に過ぎなかった。
「……面会の趣旨が見えませんが。株の件なら、別の担当者へ」
余裕を装い、キザに前髪をいじる松河。だが、返ってきた言葉は彼の理解の範疇を容易く超えていた。
「御社に『預けて』あるF35ライトニング・ゼロ。そろそろ引き上げさせていただきます」
「……はい?」
松河の口から、間の抜けた声が漏れた。
F35ライトニング・ゼロ。それは半年前、日本中のメディアを騒がせた扶桑重工の紛失スキャンダルの主役である。先日のパーティーでも、玲奈をなぶり倒すための最高のネタとして蒸し返したばかりの「失態の象徴」だった。
「勘違いはやめていただきたい。あれは扶桑が日本海に落としたガラクタですよ」
松河は喉の奥で笑った。ライバルの失態を眺めることこそが、ここ半年の彼の娯楽であったのだ。
「すでに各務原の地下七番ハンガーには、私どもの遣いを出しました。回収の手続きは、今ごろ済んでいるはずです」
事務的なその声に、松河の頬が引きつった。
◇◇◇
同時刻。岐阜県各務原、神庫重工・地下深層隔離施設。
松河が激昂しながら起動させたモニターには、パニックに陥った現場の開発陣と、広大な「虚無」が映し出されていた。
そこには、何もなかった。
検証用に封鎖されていると信じていた区画の真ん中に、本来存在し得ないはずの「黒い妹」が鎮座していた形跡――タイヤの跡だけが虚しく残されていた。
「なぜあそこにF35があったんだ! あれは扶桑が半年前に失くしたはずだろう!」
通信機に向かって怒鳴る松河に、開発リーダーは震えながら白状した。
「……半年前、扶桑が公表する直前にSPC側の接触がありました。
米国大使館経由のパスワードのリークもです。
あなたには内緒でF35のブラックボックスを解除し、最高の結果で驚かせてやろうと。
我々は……現場の功名心に負けたのです」
松河は、一切関与していなかった。
半年間も実態を知らぬまま、足元を完全に掬われていただけの無害で無能な「管理者」。
自分は何も知らぬまま、いつの間にか国際的な窃盗の共犯者にされていた。
呆然とする彼の前で、メインモニターが白転する。
『回収完了。保管料は、御社の株式時価総額の15%で相殺させていただきます。良き夢を』
純国産機開発成功で上がった株価だったが、SPCの冷徹な売り抜けで一転、奈落へと雪崩れ落ちた。
SPCという名の第三極にとって、日本企業のコーポレート・ガバナンスの欠如など、最初から計算済みの脆弱性に過ぎなかった。
実態なき資本の影に呑み込まれ、修復不可能な音を立てて崩れ去る覇権の夢。
松河龍一の苦難は、まだ始まったばかりであった。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
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