大嘘から出たまこと
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「九頭竜君。昨夜の神崎女史の言葉を、単なる酒席の放言として片付けるつもりはないだろう?」
内閣官房長官執務室。松河龍一の口から漏れたのは、昨夜の軽薄なオネエ口調とは似ても似つかない、重厚で紳士的な男の響きだった。
松河は、自社の「四神」の性能に絶対の自信を持っていた。
現場の泥臭い実態も、プログラムがF35から略奪されたものであるという不都合な真実も知らず、ただ「神庫重工の技術力がアメリカを超えた」という報告だけを信じているのだ。
「我々の『四神』は完璧だ。あのアメリカのラプターの連勝記録を止めるという、この国の防衛史上あり得なかった成果を叩き出したんだぞ。 ……これ以上の機体など、我々神庫重工を差し置いて開発できるはずがない。それとも、内閣は我々に開示していない隠し持ったカードがまだあるというのかね?」
松河は紳士の顔で、内閣の「二枚舌」を静かに牽制する。 九頭竜は表情一つ変えず、無言でデスクのモニターに映像を映し出した。
「松河君。君が『あり得ない』と断じたその壁を、いとも容易く超えていった個体が既に存在する。……これを見たまえ。新宿租界の実験場と化したあの旧小学校の校門付近で、各国の諜報員たちがそれぞれの意図で記録していた、紛れもない事実だ」
モニターに映ったのは、かつて学び舎だった場所で、一人の少年――五味ナナオが、松河自慢の「四神」をまとめて砂場へ叩きつける瞬間の、あまりに鮮明な記録映像だった。
九頭竜は秘書官へ内線をつないだ。 扶桑重工会長名代として神崎玲奈を呼ぶためだ。
◇◇◇
「……死にたい。いっそあの時、あたしも砂場に投げ飛ばされていればよかったわ」
神崎玲奈は「オナオハウス」のソファに顔を埋め、消え入りそうな声で呻いていた。
呼び出された玲奈に対し、九頭竜官房長は氷のような声でこう言い放ったのだ。
「扶桑重工はF35(ライトニング・ゼロ)を紛失した被害者のように振る舞っているが、神崎女史、事実は逆ではないかね?
君たちが米軍機を鹵獲し、その技術を秘密裏に注ぎ込んであの『個体』を作り上げたとしか考えられないのだよ。
昨夜の君の暴言は、その成果を誇らずにはいられなかったという証拠だ」
身に覚えのない米軍機略奪の濡れ衣。
だが、ナナオの身元を証明する手段はなく、能力の高さがそのまま「盗んだ技術の証」として突きつけられる。
まさに人生最大のピンチ。
「困ったなら、俺が宇宙人だって説明して、濡れ衣を晴らしたらいいじゃないですか」
「宇宙人だなんて電波な嘘、いい加減にして! 第一、私が信じてないわよ、そんな話!」
玲奈が絶叫する傍らで、ナナオは「月の裏側のAI」や「宇宙人」云々の説明を信じてもらえなかったため、すでに説明すること自体を放棄して、のんびりと玉ねぎを刻んでいた。
その時、ナナオの脳内では量子もつれによる通信が月の裏側のエルピスと行われていた。
(エルピス、神崎さんがパニックだ。もう真実を話すのは諦めたよ)
『ぷぷぷ。真実が一番の嘘に聞こえる未開惑星ですからね。ならば、彼女が泣いて喜ぶ「大嘘」を提供してあげましょう。
ナナオ、あなたは既にこの国での「就籍」を済ませ、法的に日本人としての権利と義務を有しています。たとえ誕生が宇宙空間であっても、内閣のデータ上で「日本人」として定義されたあなたがここで稼働している以上、それは広義の「純国産」です』
『私に乗った開拓民が全滅し、自らを維持するために私があなたを生み出した……そんな真実は、この低次な文明には刺激が強すぎます。
あながち嘘ではありませんよ? 技術が十世紀ほど早すぎただけの、法的に非の打ち所がない純国産の誕生です』
(……エルピス、それはいくらなんでも強引だよ。そんな看板を背負わされたら、俺は扶桑重工の「歩く兵器」として、一生マーケットの最前線で展示されることになる。
学校に通って、たまにクレープを食べるような「普通の高校生」の生活なんて、今度こそ完全に消えてなくなる。……最悪だ。)
(……でも、今ここで神崎さんが自爆して、面倒くさい連中にバレるよりは、神崎さんの実家の看板に隠れる方がまだマシか。わかったよ、その「大嘘」に乗るよ。これ以上、彼女の胃をいじめるのも可哀想だしね)
ナナオは手を休め、泣き出しそうな玲奈を見据えた。
「……神崎さん。だったらさ、俺を、扶桑重工が作った純国産の強化人間ってことにしちゃえばいいんじゃないかな」
玲奈は、この「大嘘」を握りしめて父親である扶桑重工会長、神崎豪徳に持ちかけた。
豪徳は、娘が持ち込んだ「大嘘」の実行を即断した。
玲奈が「恩着せがましく」リークし続けていた情報から豪徳は、ナナオの価値を嫌というほど理解させられていたのだ。
最強の「ラプター」や「四神」を子供のようにあしらう個体。
これが手に入るならば、米軍との不平等な関係も、神庫重工との覇権争いも、すべて扶桑の思い通りに書き換えられる。
「……よかろう。だが、やるからには徹底的に『扶桑の歴史』で塗り固めなさい。
九頭竜や松河の納得を引き出すには、小手先の新製品では足りん。
奴らに引導を渡すのは、我が社の『矜持』と『虎の子』であるべきだ」
豪徳は、戦時中に扶桑が極秘裏に開発し、当時の列強を震撼させた伝説の強化人間プロジェクトの名、「零式」をナナオに与えることを許した。
かつて帝国を守護した、日本の誇りの復活は、単なる兵器開発以上の政治的重圧を伴う。
こうして、五味ナナオは対外的に「扶桑重工単独開発:純国産超強化人間 零式七七〇(ナナオ)」として再定義された。
九頭竜官房長は、提出された扶桑の「極秘アーカイブ」の整合性と、ナナオ本人の就籍データを確認し、冷徹な笑みを浮かべた。
「……零式か。扶桑の地下にまだこれほどの『種』が眠っていたとはな。F35の鹵獲などという小細工を疑ったのは、私の誤解だったか」
九頭竜の脳内では、すでに新たな計算が始まっていた。
彼にとって最強のカードが扶桑に切り替わったのなら、次はこの「零式」を自らの影響下に置けばいいだけのことだ。
常に最強を掌中に収めようとする二枚舌こそが、彼の本質だった。
一方、松河は悔しさを爆発させ、剥き出しの感情を吐き出していた。
「あのくそ神崎!!! やりやがったなー! 本当にもうっ、どうしてくれんのよ!!!」
松河もまた、新宿租界で「四神」を子供扱いした少年の正体が、由緒ある「零式」の直系であるという説明に、唇を噛みながらも納得せざるを得なかった。
神庫重工という新興勢力にはない「歴史という名の重み」に、彼は出し抜かれたと怒り心頭であった。
玲奈は、自らの暴言から始まった破滅の危機が、父親の野心とエルピスの知略によって「国家プロジェクト」へとすり替わったことに、安堵よりも深い戦慄を覚えていた。
「これで誤魔化せる」
――だが、それは同時に、ナナオがどのようにして「製造」されたのかという過程を、整合性を取らなければならないという絶望的な課題の始まりでもあった。
「ナナオのヤツはずっと宇宙人だと言い張ってるし……どうしろっていうのよ!」
ナナオが、いつの間にか日本の誇りに仕立て上げられたこの歪な大噓。
新たな難題に、玲奈はさらに頭を痛めるのだった。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
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