けとばし姫の暴言
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新宿租界運動会という名の「スパイ博覧会」の後始末は、神崎玲奈の胃を修復不可能なまでに痛めつけていた。
公安、防衛庁、内閣調査室。国内の治安を司る関係各所が、宝の山を求めて白雪湊のもとへ日参したが、我らが委員長の返答は無慈悲だった。
「部活メンバーのリストを第三者に渡すなんて、信義に反します。プライバシーの侵害です」
白雪にとって、各国のエージェントは「放課後の運動会を共にした仲間」でしかなかった。さらに彼女は追い打ちをかけるように、各国のスパイへ周知した。
「現状、日本政府からリスト提出を迫られています。今後の連絡は捨てアカウントで行ってください」
この「誠実な対応」が、逆にとんでもない信頼を生んだ。
各国の情報機関や軍需企業は「IINCHOU(白雪)こそが最も中立で、最も秘密を守る信頼できる窓口だ」と確信。
結果、110を超える軍需企業と60カ国以上の大使館から、日本政府へ猛烈な抗議が寄せられた。
「我が国の協力者IINCHOU(白雪)を追い詰めるなら、相応の報いがあると思え」
とばっちりを受けたのは、玲奈だ。
直属の上司が震えながら「もう情報のリークは諦めたから、海外機関や大使館を使って内閣を恫喝しているあの女子高生を止めてくれ」と泣きついてくる始末。
そんなボロボロの状態で、玲奈は父親、つまり扶桑重工会長の名代としてあるパーティーに参加した。
白雪の恫喝事件の後始末で心身ともに疲れ果て、せめてもの精神的安定として、ナナオに
「私の後ろに立って、黙って肉でも食べてなさい」
と強引に正装させて同行させた。意外にもナナオの正装は似合っていた。
「困ったなあ。クラスカースト最底辺の俺が、キラキラしたホテルのパーティーなんて耐えられるかな」
「新宿租界の顛末では神崎さんに負担をかけています。ナナオは言われた通り、彼女の後ろで静かに食事をとっていましょうか」
「……なあエルピス。あっちの皇帝様が住んでいるという皇居の森は、あんなに真っ暗で静かなのに。その目と鼻の先にあるこの場所では、カメラのライトをこれでもかと焚いて、こんなに騒がしいパーティーをしている。
皇帝様もいい迷惑だろうなあ。あっちから見たら、こっちはただの落ち着きのないお祭りにしか見えないんじゃないか?」
『ぷぷぷ。ナナオ、正解です。
あの暗闇は、存在することでこの国の均衡を保つ、非常に高度なシステム。
対して、この会場の煌びやかな光は、自分たちの正当性を叫び続けなければ維持できない、極めて燃費の悪いエネルギーに過ぎません』
このパーティーは神庫重工と内閣が主導する純国産概念実証機 強化人間「四神」の完成お披露目のものだ。
新宿租界運動会の第一回公式戦で世界の軍関係者をあっと言わせた四神の関心は高い。
多くのマスコミが詰めかけ、傍目には美少女集団の「チーム四神」をカメラに収めていた。
大勢のマスコミからのインタビューや写真撮影のカメラにキメ顔で答えた。
「日本の空は我々『チーム四神』が守ります。ご期待に沿えるよう全力を尽くします」
先日ナナオに投げ飛ばされて顔面からみっともなく校庭に突っ込んでいたくせにである。
いつも通り、エルピスとナナオがそんな会話をしていた矢先、玲奈の表情が露骨に曇る。
パーティー会場に拍手とともに、とある男が現れたからだ。
彼女が人生で「全力で蹴り上げたい男ナンバーワン」に輝く、神庫重工の御曹司、前髪をキザに垂らした細身の男――松河龍一だ。
この男、玲奈が幼い時からの腐れ縁であり宿敵でもある。
彼は玲奈の姿を見つけるや否や、まるで女友達のように手を振りながら、ひらひらと駆け寄ってきた。
「あらん、玲奈ちゃーん! 相変わらずの美貌を超えた毒舌で敵を増やしているようねえ。公安なんて汚れ仕事をしているからかなあ。あなた、ますます評判が悪いよねえ」
松河は、事前に掴んでいた扶桑重工の不祥事――「F35(ライトニング・ゼロ)の紛失」をネタに、玲奈をなぶりたくて仕方がなかったのだ。
「あっ聞いたわよお、扶桑さんやらかしたんですってねえ。馬鹿よね。……お宅の飼い主の米国さまからお借りしたF35の試験機、日本海で行方不明にしちゃったって本当? ありえなーい! ダメじゃなーい! この売国企業! メっ」
政治や現場を「報告」という伝聞でしか理解していない松河は、そのF35が実は神庫重工の地下でハッキングされ、四神のプログラムに流用されたという略奪の真実も知らず、ひたすら勝利の美酒に酔いしれている。
当然、玲奈も扶桑重工も日本政府も米軍もこの時はまだ知る由もなかったのだが。
「それに比べてワタクシちゃんの優秀な事。扶桑さんが『ワーン、アメリカちゃま! ごめんなちゃい』ってやってるワンワンなのに、九頭竜君と純国産強化人間を実証しちゃいました。見て、かわいいでしょあの子たち。アメリカ様の『最強』ラプターちゃんの連勝記録を止めちゃったわよお!」
松河が自慢げに指差す先には、マスコミに囲まれた四神の少女たちがいた。
「「「「げっ!五味ナナオ!」」」」
彼女たちは、タキシード姿で玲奈の後ろに控えるナナオの姿を視界に入れた瞬間、かつて校庭の砂場へ情けなく投げ飛ばされた恐怖を思い出して表情が半笑いに固まる。
しかし、松河はそれにすら気づかない。
「敗戦から80年の日本の悲願を、神庫重工が実現したんだよ。部下たちや技術陣を誇りに思うよ」
松河が男口調で「マジモード」の演説を始めたその瞬間。
玲奈の脳内で、何かが焼き切れる音がした。
「……いい加減、黙れ、このスネ●ヘアー」
玲奈のヒールが、全力で松河の尻をスパーン! と捉えた。
鈍い音と共に、松河は放物線を描いて会場の床を滑っていく。
自慢のワインがシャツを汚し、前髪がみっともなく額に張り付く中、玲奈は「けとばし姫」としての暴言を叩きつける。
「売国企業だ? 無能だ? 笑わせないで。アンタ現場なんて知らないでしょ? 私はね、毎日現場を駆けずり回って働いているわ。扶桑重工だってそう。必死で日米間を取り持っているのよ。上っ面ばかり見てるアンタはいつか足元すくわれるわよ。あたしの蹴りでよかったわね」
それだけでは腹の虫が収まらなかった玲奈は、倒れ伏す松河を見下ろし、国家機密に触れかねない決定的な余計な一言を付け加えた。
「純国産機に成功しているのは、あんたたちだけじゃないからね。それもとびっきりのヤツ。……帰るよ、ナナオ」
呆然とする周囲と、尻を抑えて呻く松河、そして恐怖で固まったままの四神。
玲奈は困惑顔のナナオを連れて、嵐のように会場を去っていった。
日本で最も格式高い会場の食事をナナオが口にすることはなかった。
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火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。
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