残照
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祭りの後の、あの独特の寂しさと安堵感が、新宿の冷たい風に混ざっていた。
覚める熱気に、俺は軽く身震いをした。
校庭では白雪さんや新宿租界の少女たちが、まるで文化祭が終わった後のように、賑やかに「公式戦」の会場を片付けている。
パイプ椅子を畳む音や、立て看板を運ぶ足音が、コンクリートの壁に反射して、どこか遠い世界の出来事のように聞こえた。
博士が隣に来たのは、俺が包み紙に残ったクレープの最後の一口を、名残惜しく胃袋に納めた時だった。
博士は、騒がしくも平和なその光景を眼鏡の奥の細い目で見つめ、ふいに俺に問いを投げかけてきた。
「ナナオ君。君ほどの力を持つ者に、この世界は……どんな景色に見えているんだい?」
景色、か。
博士には意外だったみたいだけど、俺はいつものように、思ったままを正直に答えた。
「……景色、ですか。俺にとっては、毎日が奇跡みたいに見えてますよ」
博士は、一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、それから自嘲気味に笑った。
「奇跡……?」
「はい。あんな場所から、この青い地球に辿り着けたこと自体が、とんでもない確率の奇跡だったから。……だから、こうして博士と話していることだって、俺には奇跡の一つに思えるんです」
重力も、空気の匂いも、食べ物の味も違う。人だっていっぱい居る。
そんな異界から来た俺にとって、この星の日常は、寝ても覚めてもたった一人の場所の記憶とは対極のものだ。
俺の答えにヴァンス博士も「困ったなあ」って顔をした。
イケメンの困り顔は絵になるな。
そんな顔をしてから、博士が静かに語り始めたのは、その「奇跡」という言葉を裏側から見つめるような、あまりに重い、一人の父親の絶望だった。
「奇跡、か。私にはね、この世界は『奪われ続ける場所』にしか見えなかったんだよ、ナナオ君」
博士の話は、俺の知らない『痛み』の話だった。
かつてアメリカでシングルファザーとして生きていた頃、博士は最愛の娘を亡くしたのだという。
乳幼児突然死症候群――。
昨日まで笑っていたあの子が、朝起きたら、もう二度と目を覚まさない。
その瞬間に博士の世界は止まり、理不尽な世界のそのものを呪うようになった。
……博士は、あの子を――亡くした娘を、技術の力でこの世界に引き戻そうとしたんだ。
彼がATFという計画を利用して生み出したYF23『グレイ』。博士にとっての「娘の再誕」という、狂気と祈りの産物だったんだ。
この地上で最も速く、何者にも負けない最強の翼を与えれば、もう二度とあの子が死神に追いつかれることはない。最強でありさえすれば、二度とあの子を失わずに済む。
そんな、あまりに切実で、歪んだ親心が、ただの父親だったはずの博士を狂った技術者へと変えたのだ。
それが一度は政治という重力に叩き落とされ、YF23『グレイ』は解体され、死んだはずだったけれど。
「あの子は、日本で『鳳凰』として再び翼を得た。そして君と出会い、あんな風に仲間たちと椅子を運んで、笑い合っている」
博士は、四神のやつらと
「ちょっと、アオ! そこ持ってよ!」「あんたこそ、最強なんでしょ?」
と言い合いながらテントを畳んでいる鳳凰を見つめた。
その眼差しは、技術者のものではなく、ただの不器用な父親のそれだった。
「……ナナオ君。君の言う通りだ。これは、奇跡以外の何物でもないのかもしれないね」
博士はそう言って、こっちにやって来た鳳凰の頭に静かに手を置いた。
技術が生んだ境界を超えて、二人が本物の親子として笑い合っている。
その眩しいほどの時間を、博士は愛おしそうに噛み締めているようだった。
◇◇◇
結局、俺は何もしていない。
ただ「めんどくさいなあ」とぼやきながら、隣でクレープを食べていただけだ。
それでも、一組の親子がまた明日を笑って過ごせるようになったのなら。
この奇跡だらけの地球での日々は、そんなに悪いものではないと思う。
『ぷぷぷ。ナナオ、随分と詩人になりましたね』
エルピスが脳内で茶化してくるけれど、俺はそれを無視して、地面に落ちたクレープの包み紙を拾った。
「五味くん! いつまでぼーっとしているの! 結論から話しなさいって言ったでしょ!」
白雪さんの怒声が飛んでくる。
どうやら、話が長すぎたみたいだ。
白雪さんはいつもせっかちだなあ。結論から話してるじゃないか
ヴァンス博士は米国にいったん戻るらしいよ。鳳凰はこのまま残って自衛隊所属になるみたいだ。
だからヴァンス博士、向こうが落ち着いたら戻ってくるって言ってたよ。
鳳凰のやつは博士に付いていこうとしたらしいけど、九頭竜さんが顔を真っ青にして止めたってさ。
四神のやつらも泣いて引き留めたって、鳳凰のやつが笑ってた。
「私がいないとチームが5人じゃなくなるってさ。戦隊ヒーローじゃあるまいし、ざこの上に本当にお馬鹿だね、あいつら」って。
満更でもなさそうに笑ってたよ。……あと、また俺と試合しろって言われた。
結論過ぎて途中がわからないって、本当に困ったな。
じゃあ、最初から話すよ。
あれはね……神崎さんが、神庫重工の御曹司をパーティーで蹴り飛ばした、あの日のことだ。
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