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新宿租界運動会

いつもお楽しみいただきありがとうございます。

白雪湊、完全覚醒でございます。

書いてるうちにどんどんと加速していく、この娘。

ついに裏社会デビューします。

現状エルピスと量子もつれ通信の有効性をフル活用しているのは彼女です。

 

 ラプターの網膜には、目まぐるしく変化する四神のポジションデータが点滅し続ける。


 開始からわずか十五秒。

 神庫重工のエンジニアたちが狂喜の声を上げた。


「もう一度やるよ、玄武ゲン白虎シー!」


「「OK、青龍アオ!」」


 朱雀スーが空中で得意のローリングソバットをラプターに叩き込む。


「……っ!」


 鋭い足技にガードは必至。だが、その攻撃は見せかけの「誘い」だ。本命は――。


玄武ゲン白虎シーがアメ公の上下を完全に潰したぞ! 今だ、やれ青龍アオ!」


 空域を支配する四神の連携に、ラプターの回避ルートが瞬時に消失する。

 それはもはや戦術の域を超え、計算上の限界軌道が描く放物線の美学へと昇華されていた。


 モニターを見つめる各国のエンジニアたちは、究極を思わせる機動の連続に、工学的な法悦すら感じていた。

 物理学の徒たちは、その絶対的な解の中に神の介在を信じた。


「逃がさないよ、アメ公ッ!」


 二十五秒目、青龍アオの放った渾身のパンチがラプターの顎先を鋭くかすめた。


「っ……!」


 視界が火花を散らし、機動が一瞬だけ乱れる。

 その隙を逃さず、朱雀スーの鋭い蹴りが空を裂き、発生した衝撃波がラプターの肩を叩いた。


「やった!! よくやった! わずか二十五秒で『最強』のラプターに有効打が入ったぞ!」


 モニター越しに叫ぶエンジニアたちの歓喜。

 ラプターは『最強』を支える驚異的な復元力で体勢を立て直すと、推力偏向ノズルを限界まで歪めた変態的な軌道でアオの背後へ滑り込み、並行して飛行しながら脳の揺れを抑えた。


(……嘘でしょ。この子たちの学習能力、ハンパじゃない……!)


 舌を巻くラプターだったが、一瞬で意識を切り替えた。

 彼女は四神の旋回性能の高さを見極めると同時に、彼女たちの致命的な弱点である「実戦経験の乏しさ」に狙いを定める。


 十分間にも及ぶ激しい少女たちのドッグファイト。

 この戦いに、地上の諜報員も世界中継を見ているエンジニアも、資本主義者も共産主義者も手に汗を握り、涙を流した。


 それほどに、空を舞う彼女たちの軌道は美しかった。


 しかし、終局は急に訪れる。


 コンビネーションの死角から朱雀スーの耳元へ一気に肉薄し、ラプターは冷徹に囁いた。


「あたしも『最強』の看板背負ってるから、そう簡単にやられないわよ。

 ……鷲はね、背後から獲物を襲うのよ」


 放たれた痛撃が朱雀スーを捉え、鉄壁だったフォーメーションが音を立てて崩壊する。

 距離を取った四神の動きに急激な鈍さが混じり始めたその時、各務原のエンジニアから悲鳴のような通信が飛んだ。


「お前たち着地しろ! 空中ではもうフォーメーションを維持できない!」


 ラプターの実戦経験に基づく死角からのヒットアンドアウェイにより、各々の機体耐久度は限界を迎えていた。

 ふらふらになりながら砂場へと降り立つ四人。


 対照的に、ラプターはスッと音もなく地上へ舞い降りた。

 呼吸を乱さず、一滴の汗も流していないかのように見えるその姿は、まさに「完全無欠の最強」そのものだった。


「わたし……たち……ま……だ……やれる……よ」

「四人の……キズナは……日本を……守るんだ……」


 砂まみれになり、片膝をついて肩で息をし、涙目の四神を見つめ、彼女は不敵に微笑んでみせる。


「まだ、やる? 地上戦でもあたしは『最強』よ……」


 彼女らに対して一歩踏み出すラプター。


 刹那、彼女の目の前にナナオが現れる。世界最高のアクティブソナーは一切感知できなかった。


「もう、『そこまで』だよ。俺から引き分けを宣言する……異論はないよね?」


 ラプターは、驚いた表情でナナオを見てから、頭をかきながら深いため息をついた。


「あんたたち強かったよ。

 ……同盟国なんだし、ここは引き分けでいいでしょ?

 おかげであたしの連勝記録、途絶えちゃった。合衆国に戻ったら、きっと大目玉だわ」


 余裕たっぷりの言葉を残して、彼女は静かに身を引いた。

 その内心が、実際には一歩間違えば墜落していたほどの限界状態であったことを、誰にも悟らせないまま。


 彼女の完璧な「演技」と強大な後ろ姿に、観客席の諜報員たちは惜しみない拍手と称賛の声を上げた。

 既に深夜の新宿租界は、思想の垣根を超えた妙な熱気と一体感に包まれていた。

 深夜の新宿に響き渡る、場違いなほどの拍手と称賛の声。


 だが、その熱狂を切り裂くように、校門の砂利を噛む重々しいタイヤの音が響いた。


 不自然なほど静かに滑り込んできた、一台の黒塗りのセダン。

 その光沢のあるボディが校庭の照明を反射し、拍手していた諜報員たちの手が、一人、また一人と止まっていく。


 後部座席のドアが開き、夜の冷気とともに一人の女性が降り立った。


 神崎玲奈。


 警視庁公安部のキャリアであり、日本最大の軍需企業・扶桑重工の令嬢。その圧倒的なオーラは、先ほどまでの「スポーツ的な一体感」を、一瞬にして現実へと引き戻した。


「……神崎玲奈。扶桑の『姫』が、自ら現場に降り立つとは」


「おい見ろ、彼女が委員長(白雪)の元へ歩いていくぞ。……やはり、この『運動会』は彼女が裏で糸を引いていたのか」


 各国のスパイたちは息を呑み、勝手に物語のパズルを完成させていく。


 白雪が提示した「スケジュール管理」という突拍子もないルール。それが実は、日本政府と扶桑重工が仕掛けた、世界中の軍事データを効率的に吸い上げるための「巨大な罠」であると、彼らの疑心暗鬼が確信に変わっていく。


 玲奈は、砂まみれで片膝をつく四神や、余裕を装うラプターには一瞥もくれない。

 彼女が真っ直ぐに向かったのは、生クリームを拭き取り、どこか場違いな顔で立っているナナオの元だった。


「……随分と派手に暴れてくれたわね、あんた」


 その親しげ、かつ不遜な口調。


 玲奈の言葉に、ナナオは引きつった笑いを浮かべながら、その場を誤魔化そうと軽口を叩いた。


「神崎さん、ここは公式戦の会場ですよ。見学者はあちらの観覧席へどうぞ」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、玲奈の声が響き渡る。


「あんたが呼んだんでしょう、ナナオ! 白雪から電話があったわよ」


 思わずひきつった顔をするナナオ。

 その様子を、観覧席から監視していた世界各国のスパイたちは一言も漏らさず記録していた。


『重要確認事項。あの個体を委員長(白雪)は「五味くん」、

 扶桑の姫(神崎玲奈)は「ナナオ」と呼称。個体名は五味ナナオ。

 対象は扶桑重工および日本警察の最深部に直結している。全員、直ちにメモを更新せよ』


 緊迫した空気の中、世界中の諜報員たちの端末に、

 五味ナナオという名が「世界の勢力図を塗り替える特異点」として刻み込まれていった。


 彼の長い一日は終わりを告げた。

 ……最後の一瞬以外、ナナオの審判は必要なかった。


 数日後。


 世界中の諜報員、軍事企業のエンジニア、そして闇に潜むフィクサーたちの秘匿端末に、一斉にあるショートメッセージが届いた。

 送り主は、新宿租界の「委員長」こと、白雪湊。


 そこには、一ヶ月先の校庭利用スケジュールと、各企業・機関ごとの予約枠が、まるで学校の行事予定表のように整然と記されていた。


 当初は「馬鹿げている」と警戒していた各国だったが、神庫重工や扶桑重工が早々に「公式試合」の利用登録を済ませると、雪崩を打ってそれに追随した。


 今までは、ターゲットの行動を予測し、新宿の汚い路地裏で命懸けの待ち伏せをするという、あまりに効率の悪い「魚釣り」を繰り返してきた。


 だが、白雪の提示したこのスケジュールに乗れば、時間と経費を最小限に抑え、かつ安全に最高精度の実戦データを収集できる。

 エージェントたちは、この「運動会形式」がもたらす圧倒的なコストパフォーマンスの前に、プライドを捨てて参加を表明したのである。


 さらに、租界の強化人間少女たちが運営する専用サイト【新宿租界運動会応援団】も開設された。

 戦闘動画を共有する対価として、「登録料」が新宿租界の口座へ振り込まれる仕組みだ。

 租界には初めて継続的な「現金収入」が生まれ、少女たちの生活環境は劇的に改善されつつあった。


「……見て、五味くん。私の正義が、ついに世界に勝ったのよ!」


 誰もいない夜の校庭の真ん中で、白雪湊は満足そうに両手を空に挙げて胸を張り、大いに留飲を下げた。


 世界中の諜報員にその名を轟かせ、恐れと敬意を持って『IINCHOU(委員長)』と呼ばれるようになった彼女は、この日から「新宿租界のアイコン」として、裏社会の歴史にその名を刻むこととなったのである。


『ぷぷぷ。白雪さん、見事な勝利です。……でもナナオ、あなたの「ただの高校生」への道は、これでまた一光年ほど遠ざかりましたね』


「……本当に、困ったなあ!!」


 もはや世界から「日本最強の秘密兵器」と誤解され切ったナナオの絶叫が、夕暮れの新宿に虚しく響き渡った。


いつもご愛読いただいありがとうございます。

毎日18:00投稿になります。

18:00はナナオ、お忘れなく。

続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、

下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!

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