白雪湊という女
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
さて、今回のお話で正義の権化、白雪湊が覚醒します。
吹っ切れます。
さてと、この話の中で出てくるライセンス料という話です。
F-2という戦闘機を作る際の話ですが、開発費3270億円の40%約1300億円をアメリカにお支払いしたと言われています。ビッグマネーです。
このようなものを知的財産ビジネスといいます。IPってやつですね。
勉強になったところで本編をお楽しみください。
校庭の砂塵が舞う中。
生クリームまみれのナナオの手が、逃げ惑う四神の一人――朱雀の襟首を捉えようとした、その時だった。
「そこまで! ストップ、ストーップ!!」
校庭の端から、大声を張り上げながら白雪湊が全力疾走で突っ込んできた。
あまりの勢いに、ナナオは反射的に動きを止める。
「白雪さん……避難してろって言っただろ」
「五味くん! 喧嘩しちゃダメって言ったよね! 相手が不良でも、こんなに怯えてる子たちに暴力を振るうなんて、あなた、最低よ!」
白雪はナナオと四神の間に割って入ると、腰に手を当てて仁王立ちになった。
その背後では、投げ飛ばされて意気消沈していたアオ、シー、ゲン、スーのチーム四神が、まるで救世主を見るような目で白雪を見つめている。
「……いや、こいつら先に攻撃してきたし、俺のクレープも台無しにしたんだぞ」
「それはそれ! これはこれ! 見なさいよ、この子たちの震えようを。あなた、力が強すぎるんだから自覚しなさい!」
白雪の指摘は、ある意味で正論だった。
ナナオの筋出力は、この世界の強度を大幅に上回っている。
本気を出せば「神」の真似事すらできる彼にとって、四神の少女たちは壊れやすい玩具のようなものなのだ。
(……確かに、少しやりすぎたかもしれないけど。でも、クレープの代金……)
『ぷぷぷ。ナナオ、あちらの「お馬鹿さん」たちにも言い分があるみたいですよ』
脳内に直接、エルピスの冷ややかな声が響いた。
月の裏側にある本体から、量子もつれ通信機のモニターを介して、この喜劇を特等席で観戦している。
『どうやら、彼女たちを制御している各務原のエンジニアたちが、通信回線に必死にコンタクトを取ろうとしています。
少し面白そうです。あちらの言い分を聞いてやろうじゃないですか。……もちろん、クレープの弁償についても含めて、ね』
「……。……。わかったよ、エルピス」
ナナオはため息をつき、生クリームまみれの手をゆっくりと下ろした。
事態は、単なる「食い物の恨み」による戦闘から、奇妙な対話へとシフトし始めていた。
朱雀が白雪に差し出した専用端末。
スピーカーモードの端末からは各務原のエンジニアの震える声が校庭に響いた。
「我々は……間違ったことはしていない! アメリカは日本からライセンス料という法外な特許使用料を利益に吸い上げるだけで、肝心の技術は決して渡さない。この国は自分たちを守る道具さえも自由に作れない。そんな不平等が何十年も続いているんだ!」
スピーカー越しに、男たちの執念が漏れ出す。
「四神はこの国の総力を挙げた国防の要だ。ラプターへの襲撃も、日本の未来と正義のために必要な実戦試験なんだ。ここら一帯は政府も黙認している。世界が見ているこの中継で、ラプターを倒すことができれば、彼女たちはこの国の『切り札』になる。……これは、極めて重要な国家事業なんだ!」
エンジニアはさらに告げる。校庭の周囲に停まっている不自然な車の中には、各国の諜報機関がカメラやレーダーを回し、この一戦を凝視しているのだと。
その言葉が終わる前に、白雪の怒りが爆発した。
「ふざけないで!!」
白雪の絶叫が、校庭を震わせる。
「国だとか技術だとか、大きな話は分からないわよ。でも、あなた方大人は、自分たちの威信や面子のために、女の子たちに機械をくっつけて改造しちゃったんでしょ! そんなの、正義でも何でもないわ!」
白雪は、震える四神とラプターを背負うように立ち、虚空に向かって叫んだ。
「世界中で聞いてるスパイもエンジニアも、全員聞きなさい! あなたたちがやっていることは、この子たちをこれっぽっちも幸せにしていない! 租界には棄てられた子や壊れた子がたくさんいるの。日々を必死で生きている彼女たちに、今すぐ謝りなさい!」
その言葉は、量子もつれ通信を介して全世界へ、そして租界の隅々まで届いた。
地下では、自分たちのために泣いてくれる白雪の姿に、強化人間の少女たちが涙を流していた。
成功例として扱われてきた四神とラプターも、自分たちの立場の危うさを突きつけられたように深く俯く。
中継を聞いていた世界中のエンジニアたちは、自分たちが「手がけた娘たち」のために本気で怒り、泣いてくれる存在を知り、言葉を失った。
沈黙の後、各務原から弱々しい声が返る。
「……それでは、我々はどうすればいいと言うんだ」
「決まってるでしょ! ここが治外法権だっていうなら、新しいルールを作りましょう!」
白雪は、まるで部活のマネージャーのような勢いで宣言した。
「試験をしたい機関は、私に連絡を寄越しなさい! 私が利用スケジュールを組んで、ちゃんとそちらに返してあげる。部活の対抗戦の練習試合みたいなものよ! それから、そこに隠れてる諜報機関のやつら、全員出てきなさい!」
白雪の指差す先、校舎の周りに停まっていた「車」のドアが一斉に開き、困惑した顔のスパイたちが続々と出てきた。
「暗いところでウジウジ盗撮してんじゃないわよ。応援するなら正々堂々とやりなさい!」
驚くべき人数だ。数十人のプロのスパイたちが、何故か白雪にぺこりと会釈をすると、小学校の運動会のように整然と場所を確保し、座り始めた。
殺伐とした実戦場が、一瞬にして「新宿租界運動会」へと変貌を遂げる。
『ぷぷぷ。白雪さん、面白い提案です。連絡窓口、利用スケジュールや運営プランの代行は、この私に任せてください。完璧にこなしてみせましょう』
エルピスが、白雪の量子もつれ通信機から楽しげに応答した。
「……五味くん、顔を拭きなさい」
白雪は満足そうにナナオを見上げると、ビシッと校庭を指差した。
「記念すべき第一回公式試合は、四神とラプターさんの試合! どちらかが『参った』するまでよ。審判は……五味くん、あなたにお願いするわ!」
生クリームまみれのまま、ナナオは呆然と立ち尽くす。
「……俺かよ」
エルピスが、ナナオの脳内をくすぐるような軽快なトーンで告げた。
『ナナオ、見なさい。彼女は私の使い方を実によく心得ています。白雪湊の持つ純粋な正義感が、私という「手段」を通せば、このように世界すら動かすことができるのです』
校庭でスパイたちを顎で使い、平然とルールを書き換えていく少女の背中を見つめながら、月の裏側の知能は楽しげに続ける。
『これほど長く私と一緒にいるあなたが思いつきもしなかったことを、彼女は出会って数日でやってのけた。……ぷぷぷ、情けないですね、ナナオ』
相棒からの辛辣な皮肉に、生クリームまみれのナナオは言葉を返せなかった。
白雪のあまりの気迫と、いつの間にか出来上がった「観客席」の空気に、四神たちもラプターも完全に飲み込まれていた。
「……公式、なんだよね? だったら、恥ずかしいところは見せられないよね!」
「あぁ! チーム四神、再起動だよ!」
アオの号令で、砂まみれだった四人が現金なほどノリノリで立ち上がる。オフィシャルな試合という響きが、彼女たちの「お馬鹿な戦隊魂」に火をつけたらしい。
「東の守護、青龍!」
「西の守護、白虎!」
「北の守護、玄武!」
「南の守護、朱雀!」
「われら、四神! 日ノ本の空を守る、不壊の守護神なり!」
本日二度目の、しかし一度目よりずっとキレのある名乗りが校庭に響き渡る。
対照的に、ラプターはブスッとした表情で、自分の状況に頭を抱えていた。
「……信じられない。こんな見世物みたいなオフィシャル戦、合衆国に知れたら懲罰ものだわ」
愚痴をこぼしながらも、逃げ場がないことを悟った彼女は、投げやりに、しかし軍人としての矜持を込めて名乗る。
「……アメリカ海軍所属、ラプター大尉。受けて立つわ」
「それじゃあ……試合開始!!!!」
白雪の号令と共に、新たな伝説の幕が上がった。
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