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鳳凰の産声と名もなき献花

いつもお楽しみいただきありがとうございます。

鳳凰が出てきますが、この機体に該当する実際の国産戦闘機はございませんのであしからず。

ATF計画というのはアメリカで実際あった戦闘機のコンペです。

鳳凰のモデルはYF23グレイゴーストです。

F22ラプターとのコンペ経緯が本当に面白いですよ。

WIKIなどでご確認いただければと。

 

 二年前。


 神庫重工「四神」開発陣と九頭竜官房長官は憂鬱と沈黙の底にあった。


 計画上では、すでに四神の試験機はロールアウトしているはずだった。しかし、開発は暗礁に乗り上げていた。


 青白いモニターの光に照らされた技術者たちの顔には、一様に絶望の色が張り付いていた。


「またか! またコンマ二秒の遅延ラグか!」


 九頭竜官房長官の怒号が、コンクリートの壁に反響する。

 強化ガラスの向こう側では、四神の試験機が不気味なほど静かに佇んでいた。


「……長官、無理です。これ以上の短縮は、物理法則が許しません」


 開発リーダーが、震える手でシミュレーション結果を差し出した。


「F22の姿勢制御プログラムは、あのデタラメなエンジン出力と変態的なノズル性能があって初めて成立する数式なんです。

 それをこの出力に押し込もうとすれば、どうしても計算が合わない。

 ……音速域の急旋回で生じるこのコンマ数秒、これが埋まらない限りです」


「黙れ! 純国産計画は私の、国家の命運がかかっているんだぞ!」


「わかっています! ですが、肝心の戦闘アルゴリズムは米国のブラックボックスの中だ! ソースコードも読めないまま、外側から真似事をするだけでは、ミサイルが着弾して機体がバラバラに飛散した後に、ようやく制御が追いつく……そんな『死後の演算』しかできないんです!」


 技術者の一人が、悲鳴のような声を上げた。

 日本人の英知を結集しても、米国の「壁」は高く、厚い。

 九頭竜は奥歯を噛み締め、ガラス越しに試験機を睨みつけた。今さら計画を撤回すれば、自身の輝かしいキャリアはここで途絶える。

 彼にとって、日本の国防など二の次だった。


「……引くことも、できんというのに」


 九頭竜官房長は、強化ガラス越しに沈黙を守る試験機を見つめ、苦渋に満ちた表情で独白した。

 純国産計画を主導した手前、今さら撤回すれば自身の輝かしい出世街道はここで途絶える。彼にとって、日本の国防など二の次だった。何よりも耐え難いのは、己のキャリアに消えない傷がつくことだ。


 残された期間はわずか二年。その絶望の淵に、「鬼」が現れた。


 乱れた銀髪、窪んでいるが獲物を射抜くようなギラギラとした瞳。

 一種の狂気を纏った男が、流暢な日本語で語りかけてきた。


「強化人間の純国産計画の窓口は、貴方だと聞きましたよ。九頭竜さん」


「……何者だ」


「私の技術を買いませんか? 名前はエリオット・ヴァンス。

 ATF計画でYF23『グレイ』を開発した者です」


 九頭竜の眉が跳ねた。

 米空軍史上、真の最強と謳われながら国家の政治力学によって解体された機体。

 それを生み出した悲劇の天才。


「あの国は、政治を優先し、私の娘を不採用にした。……それだけならまだいい。だが彼らは、私の設計思想を奪う為に『私の娘』まで、解体して代えのきく部品のように使い捨てたのです」


 ヴァンスの声が、冷たく響く。


「恨みか……復讐か」


 九頭竜の問いに、ヴァンスは初めて、歪んだ笑みを浮かべた。


「いいえ。私はただ、この手で娘を再生させたいだけだ。……アメリカのライセンスという名の足枷には一切触れず、奴らのブラックボックスを介さずに、あの最強をここで再現してみせる。私の娘(YF23グレイ)を、この極東の地で蘇らせる。そのための舞台がここにあると伺いました」


「F22ラプターを打ち負かしたYF23……いや、その更なる発展機」


 ヴァンスは不敵に笑い、九頭竜の耳元で囁いた。


「どうですか。『真の最強』を純国産化してみたいとは思いませんか?」


 提示された工程とプランは、四神の停滞を嘲笑うかのように完璧だった。二年の猶予も、彼は不敵に承諾した。

 九頭竜は決断した。米軍を実力で凌駕しながら、政治で負けたこの天才に、己の命運を賭けることを。


 ――そして、現在。


 二年間の沈黙を破り、起動OSのインストールが始まった。

 ヴァンスという父の執念と日本の精密技術で組み上げられた最新の身体に、かつて解体された娘グレイのメモリーが、一滴の漏れもなく流し込まれていく。


 コンソールに表示されるプログレスバーが100%に達した瞬間、重苦しい静寂が実験場を支配した。

 ヴァンスは、祈るように両拳を固く握りしめていた。

 爪が肉に深く食い込み、震える掌からは赤黒い血が滲み出して床に滴る。

 だが、その痛みすら今の彼には届かない。


 沈黙を破ったのは、カプセルの中から漏れた、微かな吐息だった。


 一人の少女がゆっくりと、しかし確かな意思を持ってその瞳を開く。


「……何だか、長く寝ちゃってたねえ。おはよう、パパ」


 その声を聞いた瞬間、復讐のために「鬼」となった男の膝が折れた。


「ああ……ああ……!」


 ヴァンスは血の滲む手で、泥に縋り付くように娘の細い手を握りしめ、子供のように号泣した。


「しょうがないなあ、パパは」


 ――かつてグレイと呼ばれた少女は、昔と変わらぬ優しい微笑みを浮かべ、自由になった指先でヴァンスの眼鏡を押し上げ、その涙を拭った。


 だが、ふと彼女は自分の身体をじっと見つめ、不思議そうに首を傾げた。


「ねえ、パパ。なんだか変な感じ……。私の手、こんなに小さかったっけ? それに、なんだか景色が高いよ。私、背が伸びたのかな」


 違和感に戸惑う彼女の肩を、ヴァンスは優しく抱き寄せた。


「……グレイ。ここは日本だ。

 君は、もう一度生きるチャンスを得たんだよ。

 新しい名前も決めてある。『鳳凰(Ho-oh)』だ。死しても炎から蘇る、永遠の命」


「Ho-oh……。いい名前だね、パパ。すごく気に入ったよ」


 彼女は新しく得た名前を慈しむように呟くと、ふとヴァンスの顔を覗き込んだ。


「日本……。じゃあ、私のこの身体は?」


「ああ。君にこの身体を与えてくれた、優しい子がいたんだ。

 ……行こうか。君が真っ先に挨拶をすべき人のところへ」


 二人はそのまま、実験場の奥にある静かな場所へと向かった。

 強化人間候補として優秀ながら訓練中の事故で脳死となった、名もなき女の子が眠る墓所だ。


 鳳凰は、その冷たい石碑に真っ白な百合の花を供えた。


「……あなたも、一緒に行こう。あなたの分まで、私は空を飛ぶから」


 名も無き少女の夢を背負い、一人の少女として完成した鳳凰。

 その覚悟を見届け、ヴァンスはエンジニアとしての「鬼」の顔を取り戻した。


「起きて早々だが、鳳凰。……テストを始める」


 シミュレーションの結果は、圧倒だった。対F22ラプター キルレシオ、4対1。


「これでいい……」


 モニターの青白い光を浴びながら、九頭竜がほくそ笑む。


「松河も運がいい。私がヴァンス博士を計画に引き込んだおかげで、奴も自動的に勝ち馬に乗れるのだからな」


 幸運とは、続く時には続くものだ。

 鳳凰のために組み上げられた独自の姿勢制御プログラムは、驚くほどスムーズに、パッチとして「四神」へ流用可能であることが判明した。


 この土壇場で運が、九頭竜に味方したのだ。


 さらに、最大の懸案だったF35のブラックボックス。その開封パスワードが、米国大使館から「無記名」で各務原に届けられた。


(ヴァンス博士には知られるな。……奴は、鬼に見えるが潔癖だ。こうした『施し』を嫌う。それに、どこに米国の目があるか分からんからな)


 出所不明の毒杯。だが、九頭竜はそれを躊躇なく飲み干した。

 鳳凰による技術的ブレイクスルーと、謎のパスワード。

 二つの幸運に恵まれ、暗礁に乗り上げていた「四神」もまた、無事にロールアウトの時を迎えた。


 さらに四神は対ラプター戦にて引き分けという快挙を成し遂げた。


 すべては、私の運が引き寄せた結果だ――九頭竜はそう確信していた。


 しかし、ここに来て新たな事案が発生した。


 扶桑重工単独開発:純国産超強化人間 零式七七〇の存在だ。


 神崎玲奈を呼び出し、説明を求めたものの何か要領を得ない。

 F35の件でカマをかけたが、おそらくは無関係なのだろう。


 後日、提出された「極秘アーカイブ」に合った内容は黒塗りが多かった。

 しかし、扶桑重工にて開発された零式の系譜を継ぐ個体という説明には齟齬が無い。

 戦中の初代零式開発もそうだと聞いている。


 九頭竜はこれも幸運と考えた。

 ……日本の誇り零式の復活と四神、鳳凰の開発成功、なんて胸躍る成果だろう。

 この成果を果たした私は、きっと歴史教科書の一行に加わると。


 彼は通信機を手に取り、一つの指示を下した。


「鳳凰よ、早速だが君の力を試させてもらうよ。……ターゲットは、新宿だ」




いつもご愛読いただいありがとうございます。

火、木、金曜 18時の週3回投稿になります。

火木金曜はナナオの日 お忘れなく。

続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、

下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!

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