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欲望の街と、無敗の狂信者たち

『色欲の神』が治める国へと続く道中。

 私たち三人が足を踏み入れたのは、国境付近に位置する巨大な歓楽街、通称『欲望の吹き溜まり』だった。


「……酷い悪臭ね。虚飾の街の安い香水よりはマシだけれど、汗と泥と、下劣な欲望の匂いが充満しているわ」


私は鼻口をハンカチで覆いながら、赤や紫の毒々しい魔力灯ネオンに照らされた大通りを歩く。

 道端には酔っ払いが転がり、路地裏からは薄汚れた奴隷商人が品定めの視線を送ってくる。力と金がすべての、法など存在しない無法地帯。


「カノン様、このような下賤な街を歩かせてしまい申し訳ありません! ですが、色欲の神の国へ入るには、莫大な『通行税』、あるいはVIP専用の『黒の身分証』が必要なのです」


私の斜め後ろを歩くセラフィが、周囲のゴロツキを鋭い眼光と大盾で威圧しながら説明した。

 色欲の神の国は、選ばれた富裕層や権力者だけが招かれる巨大な快楽都市らしい。そこへ乗り込み、母を侮辱したあの下劣な神を引きずり出すためには、どうしてもこの街で『金と身分』を手に入れる必要があった。


「ねえカノン。お金なら、あそこで稼げるんじゃない?」


ミアが指差したのは、街の最深部にあるドーム状の巨大な闘技場だった。

 入り口の看板には、下品な文字でこう書かれている。

『裏闘技場――命を懸けて、一夜で億万長者! 飛び入り参加大歓迎!』


「……野蛮ね。でも、手っ取り早いのは確かだわ」


私たちは裏闘技場の受付、という名の鉄格子の前に立った。

 奥にふんぞり返っていたのは、葉巻を咥えた小太りの男――この闘技場の支配人だった。


「あァ? なんだお前ら。迷子なら他所へ行きな、ここはガキのお遊戯会じゃねぇんだよ」

「支配人ね。私の眷属二人をエントリーさせなさい。オッズが一番高い、無差別級のデスマッチに」


私が冷たく言い放つと、支配人は私と、背後に控えるセラフィとミアを値踏みするようにねっとりと見回した。

 そして、腹を抱えて下品に笑い出した。


「ギャハハハ! こんなどこぞの箱入りのお姫様と、ヒョロい護衛がデスマッチだとォ? おいおい、五秒で肉塊になっちまうぞ。どうしても死にてェなら、俺が個人的にベッドで可愛がってやっても……」


――ガンッ!!


「……ひぃッ!?」


支配人の顔のすぐ横、分厚い鉄格子が、セラフィの素手によって飴細工のようにひしゃげた。

 セラフィは青い瞳に絶対零度の殺気を宿し、支配人を睨み下ろす。


「貴様。今度その薄汚い口で主を侮辱してみろ。舌を引き抜いて、その醜い豚の喉に詰めてやる」

「指図しないで、羽なし天使。コイツの目は私がくり抜くから」

 ミアもまた、双剣の柄に手をかけながら、蛇のように冷たい瞳で支配人の首筋を見つめていた。


私の血を飲み、眷属として覚醒した二人の放つプレッシャーは、そこらの魔獣など比ではない。

 圧倒的な死の気配に、支配人は葉巻を落とし、ガタガタと震え上がった。


「も、申し訳ございやせんしたァッ! エ、エントリーですね! すぐ手配しやすッ!」

「ええ。せいぜい高倍率のオッズをつけて頂戴。私の手持ちの金貨、すべてこの子たちに賭けるわ」


私は優雅に微笑み、闘技場のVIP観覧席へと向かった。


数十分後。

 すり鉢状の闘技場は、血に飢えた観客たちの怒号と熱気に包まれていた。


『さァさァ! 今夜のデスマッチは一味違うぜ! 挑戦者はなんと、うら若き二人の少女だァ! 対するは、当闘技場が誇る無敗の怪物、ブラッド・オーガの群れだァァッ!!』


鉄格子が開き、闘技場に十匹を超える巨大なオーガが放たれた。

 筋骨隆々で、手には丸太のような棍棒。対するセラフィとミアは、あまりにも小さく、観客たちからは嘲笑と哀れみの声が飛んでいた。


――しかし、蹂躙は一瞬で終わった。


「カノン様をお待たせするわけにはいかん。……一秒で終わらせる」


オーガの群れが振り下ろした巨大な棍棒を、セラフィは片手で構えた大盾で軽々と受け止めた。

 ズンッ! という重低音が響くが、セラフィの足元は一ミリたりともブレない。

 カノンの神聖な魔力を注ぎ込まれた彼女の身体能力は、もはや天使だった頃すら遥かに凌駕している。


「主の御前だ。伏せろ、獣共ッ!!」


セラフィが大盾を力任せに弾き返すと、それだけで三匹のオーガがボールのように吹き飛び、石の壁に激突して絶命した。


「あはっ、遅すぎ。止まってみえるよ」


死角から飛び出したミアが、ピンク色の残像を残しながら宙を舞う。

 カノンの血で極限まで研ぎ澄まされた彼女の双剣は、もはやオーガたちの分厚い皮膚など紙切れと同じだった。

 シュバババッ! という軽快な音と共に、オーガたちの急所が次々と切り裂かれ、鮮血が噴き出す。


「カノンの血を飲んだ私が、こんな鈍物に負けるわけないじゃん♡」


観客の嘲笑は、一瞬にして静まり返った。

 圧倒的。あまりにも圧倒的な蹂躙。

 セラフィとミアは息一つ乱すことなく、闘技場の怪物たちをただの「作業」のように片付けてしまったのだ。


「……ふふっ、よくやったわ。私の可愛い眷属たち」

 私はVIP席からグラスを傾け、満足げに微笑んだ。


だが、面白くないのは支配人である。

 超大穴だった二人にカノンが全財産を賭けていたため、闘技場側は莫大な、それこそ国が一つ傾くほどの配当金を支払わなければならなくなったのだ。


『……おい。あのアマたち、控室で「処理」しろ。配当金なんか払えるか。適当に魔獣の餌にして、証拠隠滅だ』


VIP席の裏にある支配人室で、小太りの男が冷や汗をかきながら護衛の暗殺者たちに命令を下していた。

 それを、私は扉のすぐ外で聞いていた。


「……随分と、美しくない真似をするのね」

「な、てめェ! いつの間にここに!?」


私は鍵のかかった扉を、血で創り出した短剣で静かに溶かし、支配人室へと足を踏み入れた。

 十人ほどの暗殺者たちが一斉に私に刃を向けるが、私はステップを踏むことすら面倒に感じ、ただ真紅の瞳を細めた。


「……ひざまずきなさい」


ズンッ……!!


私が解き放った圧倒的な魔力のプレッシャー。

 それは、神聖な神の気高さと、吸血鬼の恐怖が混ざり合った絶対者の覇気。

 暗殺者たちは悲鳴を上げる間もなく、その重圧に耐えきれず、白目を剥いて全員が床に突っ伏した。


「ひぃッ!? ば、化け物……!!」

「化け物は失礼ね。私はただ、正当な報酬を受け取りに来ただけよ」


私は腰を抜かして震える支配人の前に立ち、その太い首筋に、冷たい血の刃をピタリと突きつけた。


「さあ、払いなさい。私の眷属たちが稼いだ配当金……しめて五億ゴールドよ」

「ご、ごおく……!? そんな大金、今すぐには……! ここの金庫にある全財産をかき集めても、三億しかねぇんですッ!」


涙と鼻水まみれで命乞いをする支配人を見下ろし、私はわざとらしくため息をついた。


「あら、足りないの? 仕方ないわね。じゃあ、全財産の三億で勘弁してあげる」

「ほ、ほんとですかァ!?」

「ええ。……その代わり」


私は冷たい刃を、支配人の喉仏にあと一ミリのところまで押し当てて、妖しく微笑んだ。


「この裏闘技場の支配人なら、持ってて当然よね? 色欲の国への『黒の身分証』。足りない二億の代わりに、それも頂くわ」

「ひぃッ……!? わ、わかりやしたァァッ!! 全財産とカード、お持ちくだせェェェ!!」


支配人は震える手で金庫をこじ開け、莫大な金貨の入ったマジックバッグと、漆黒のVIPカードを私に差し出した。


「よろしい。命拾いしたわね、豚さん」


私はバッグとカードを受け取り、支配人室を後にした。


外に出ると、返り血を綺麗に拭き取ったセラフィとミアが、尻尾を振るような満面の笑みで私を待っていた。


「カノン様! 私たちの戦い、見ていただけましたか!?」

「カノン! 私、いっぱい殺したよ! 褒めて、撫でてっ♡」

「ええ、二人とも最高だったわ。これで旅の資金も、色欲の神への切符も手に入った」


私は莫大な大金が入ったバッグを軽く揺らした。


これで準備は整った。

 次なる舞台は、色欲の神が治める快楽都市。

 そこで行われる『闇の奴隷オークション』で、私たちは三人目のヒロインと運命の出会いを果たすことになる。

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