暴かれる劣勢と、血祭りの玉座
――ガァァァァンッ!!
黄金の玉座の間で、真紅の大鎌と、兄が生成した血の長剣が激しく衝突する。
衝撃波が黄金の柱をへし折り、粉々になった金銀財宝が雨のように降り注ぐ中、私は大きく後方へと弾き飛ばされた。
「……くッ、はぁっ、はぁっ……!」
私は大鎌を床に突き立てて床を滑りながら、なんとか体勢を立て直した。だが、肩で息をする私の身体は、悲鳴を上げ始めていた。
互角だったはずの戦況が、徐々に、しかし確実に傾き始めている。
私の腕や足に刻まれた切り傷の治りが、先ほどよりも明らかに遅い。魔力の出力が落ちてきている私に対し、兄の力は全く底を見せず、息一つ乱れていなかったのだ。
「……どうしたんだい、カノン? もう息が上がっているのかい?」
兄は傷一つない顔で、優雅に血の剣を弄びながら私を見下ろした。その余裕の態度が、私の神経を逆撫でする。
「うるさい……ッ、まだ、終わってないわ!」
「いや、勝負はすでに見えているよ。戦っていて薄々感じていたけれど……君、人間の血をそれほど飲んでいないね?」
兄の言葉に、私は思わず奥歯を噛み締めた。
「……っ、それが何よ」
「なぜだい? もったいない。下等で愚かな人間たちだけれど、彼らの血だけは格別な『美味』だ。その血肉を浴びるほどに飲んで、命のすべてを搾取してこそ、僕たち吸血鬼は真の力を発揮できるというのに」
兄はうっとりと目を細め、自身が喰らってきた無数の命の味を思い出すように、赤い舌で唇を舐めた。
「君は、その力を持て余している。……あのゴミのような眷属たちに情けをかけて、吸血鬼としての本能を抑え込んでいるんじゃないのかい?」
「……ッ、あの子たちをゴミって呼ぶなッ!!」
私が再び踏み込み、大鎌を振り下ろそうとした瞬間。
兄はため息をつき、圧倒的な血の魔力で私の四肢を黄金の床に縫い付けた。
「がッ……!?」
「カノン。お前も力をつけたければ、僕がいくらでも極上の人間を用意させてあげる。だから、飲みなさい。彼らの血肉を喰らい、すべてを自分のものにするんだ。そうすれば、僕と一緒に父上を超えることができる」
兄が私に差し伸べた手。それは肉親としての歪んだ愛情であり、絶対的な『強欲』からの甘い誘惑だった。
血を欲する私の本能が、一瞬だけその圧倒的な魔力に反応して喉を鳴らす。
「さあ、僕の可愛い妹。……強欲になれ」
「ふざけるな……ッ! 誰があんたみたいな、他人の命を貪るだけの化け物になるもんですか!」
私が全身の魔力を振り絞って拘束を破ろうとした、その時だった。
――ズドゴォォォォォォンッ!!!
玉座の間の分厚い黄金の扉が、凄まじい爆発音と共に吹き飛んだ。
もうもうと舞い上がる土煙と、強欲の兵士たちの残骸を踏み越えて、四つの影が飛び込んでくる。
「カノン様ッ!!」
「カノン!!」
大盾をボロボロにし、全身に無数の傷を負いながらも、私を護るために死線を越えて駆けつけたセラフィ。双剣を血に染めたミア。息を切らして魔力障壁を展開するリン。そして、竜の鱗のあちこちに焦げ跡をつけたレヴィア。
四人の大切な眷属が、ついに私の元へと辿り着いたのだ。
「みんな……ッ!」
「ほう。あのゴミ共、僕の黄金の防衛線を突破してきたのか。……少しは骨があるみたいだね」
兄は興味深そうに目を細め、玉座からゆっくりと歩み寄った。
そして、警戒して武器を構える四人の少女たちを、まるで品定めするように上から下まで舐め回すように見つめた。
「……なるほど。遠目にはただの生ゴミかと思ったが……近くで見ると、これは下等な食料の中でも飛び切りの『上等』だ」
兄の真紅の瞳が、獲物を見つけた捕食者のように三日月型に歪む。
「……っ、やめろ……逃げて、みんなッ!!」
私の嫌な予感が爆発し、絶叫した。
しかし、遅かった。
「こいつらの血なら……君も、飲むだろ?」
――シュパァァァッ!!
瞬きすら許されない、神速の凶刃。
兄の指先から放たれた目に見えない『極薄の血の刃』が、空間ごと四人の身体を真横に薙ぎ払った。
「え……?」
「あ……」
セラフィの大盾が、豆腐のように真っ二つに両断される。
ミアの双剣が砕け散り、リンの魔力障壁が紙切れのように裂け、レヴィアの強靭な竜の鱗がバターのように切り裂かれた。
鮮血が、黄金の玉座の間を真紅に染め上げる。
「あぁ……っ、カノン……さま……」
四人の身体から噴水のように血が噴き出し、糸の切れた操り人形のように、パタリ、パタリと黄金の床に倒れ伏した。
致命傷。誰の目にも明らかな、命が零れ落ちる音。
私の目の前で、血だまりの中に四人が沈んでいく。
「さあ、カノン。極上の食料を捌いてあげたよ。急いで飲まないと、冷めて不味くなってしまうよ?」
笑う兄の声が、ひどく遠くに聞こえた。
私の世界から、音が消えた。
目の前に広がる真紅の海。動かなくなった、大切な家族たち。
――ドクンッ。
私の中で、何かが、決定的に『壊れた』。
「あ…………ぁぁ…………」
床に縫い付けられていた私の四肢から、漆黒と真紅が混ざり合った、どす黒いオーラが噴出する。
吸血鬼としての本能。神としての神格。そのすべてを塗り潰すほどの、絶対的で、純粋な『殺意』。
理性の糸がちぎれ飛ぶ音がした。
私の瞳の奥で、かつてないほど禍々しい、限界を超えた力が渦を巻き始める。
「……ころす」
黄金の都が、震えていた。




