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血の共鳴と、黄金の境界線

美食の都を後にした私たちは、次なる標的『強欲の神』が支配する東の国、黄金の都へと向けて馬車を進めていた。


「カノン様のお兄様……カノン様のお兄様……」


馬車の中で、セラフィが頭を抱えてブツブツと呟いている。

 美食の都を出発してからずっとこの調子だ。無理もない。ただでさえ神殺しという大罪を犯している旅の途中で、今度は主の身内と殺し合うことになると知ったのだから。


「そんなに思い詰めないで、セラフィ。血が繋がっているとはいえ、私はあいつの顔を一度も見たことがないし、言葉を交わしたことさえないわ」


私が窓の外の景色を眺めながら言うと、向かいに座っていたミアが不思議そうに首を傾げた。


「会ったことがないのに、どうしてお兄さんのこと知ってるの?」

「……育ての親だった、怠惰の神から聞いていたのよ」


私は、あの優しくて不器用だった神の顔を思い浮かべながら言葉を紡いだ。


「あいつは私と同じ、傲慢の神と吸血鬼の母の間に生まれた『半神』よ。でも、私より80年も前に生まれていてね。純粋な神ではないのに、その底知れない素質と執念で、他の神々を蹴落として『強欲の神』の地位まで上り詰めた……実力者よ」

「半神なのに、神の座に……!?」


セラフィが驚愕に目を見開く。

 神の絶対的なヒエラルキーにおいて、混血が頂点の一角に立つことなど通常はあり得ない。それだけでも、強欲の神がどれほど規格外の力と野心を持っているかがわかる。


「カノンお姉さん、顔も見たことないなら、今どんな顔してるかも分からないアルか?」

 リンが持参したお茶を淹れながら尋ねてきた。


「顔は分からない。でも……『わかる』のよ」


私は自分の胸元にそっと手を当てた。


「血の繋がりのせいか、それとも同じ吸血鬼の因子を持つ同族だからか……あいつの存在の『悍ましさ』が、遠く離れていても肌を粟立たせるの」

「悍ましさ……?」

「ええ。吸血鬼は通常、血だけを糧とするでしょう? でも、あいつは違う」


私は真紅の瞳を細め、嫌悪感を隠さずに吐き捨てた。


「あいつは血だけじゃない。数え切れないほど多くの人間の『血肉』そのものを喰らっている。……まるで、他人の命のすべてを物理的に自分の『所有物』にしないと気が済まないみたいに」


私の言葉に、馬車の中の空気がスッと冷え込んだ。

 暴食の神のように食欲で喰らうのではない。すべてを欲しがる『強欲』ゆえに、他者の肉体すらも自分のコレクションとして取り込んでいるのだ。


「……気味が悪い。カノンのお兄ちゃんでも、そんなやつ燃やす」

 レヴィアが腕を組み、尻尾をバタンと床に打ち付けた。


「そうね。私も、あんな悪趣味な男を兄と呼ぶ気はないわ」


そんな話をしているうちに、馬車は高くそびえ立つ黄金の城壁へと辿り着いた。

 強欲の神が支配する国、黄金の都の国境だ。

 門番の姿はなく、ただ巨大な門が私たちを待ち構えるように開け放たれている。


「……行くわよ」


私が馬車を降り、四人の眷属を引き連れて、その黄金の境界線を越えた――その瞬間だった。


――ピィィンッ!


空気が甲高く鳴動し、私たちの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。

 空間の歪みから溢れ出した黄金の魔力が、光の粒子となって実体化し、巨大な『立体映像ホログラム』を作り出す。


「なッ……!? 魔力による念話の投影だと!?」

 セラフィが大盾を構え、三人が即座に私を護るように展開する。


光の粒子が形作ったのは、豪奢な玉座に深く腰掛ける、一人の青年の姿だった。

 私と同じ真紅の瞳。そして、傲慢なまでに整った顔立ち。彼からは、ホログラム越しでさえ息が詰まるほどの強大でねっとりとした魔力が放たれていた。


『――よく来たね、愛しの妹よ』


甘く、けれどどこまでも冷酷な声が、私たちの脳内に直接響き渡る。

 彼は玉座の上で優雅に足を組み、私を見下ろして妖しく微笑んだ。


『君が来るのを、ずっと心待ちにしていたよ。さあ、歓迎の宴を始めようか……僕の、優秀で可愛い妹よ』


その瞳には、肉親への情など微塵もない。あるのは、価値ある品を品定めするような、底なしの『強欲』だけだった。

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