奇跡の覚醒と、無一文の吸血鬼
オークション会場の舞台に、私はゆっくりと足を踏み入れた。
「おい、あのお嬢ちゃん何してんだ?」
「買ったはいいが、あんなゴミに触る気かよ。物好きだねぇ」
周囲の貴族たちが下品な嘲笑を向けてくるが、私は一切無視して、舞台の中央にある鉄の檻へと歩み寄った。
私の血で創り出した短剣で、太い鎖と錠前を音もなく切断する。ガランッ、と重い鉄の塊が床に落ちた。
自由になったはずの彼女は、ガタガタと震えながら私を警戒するように睨み上げていた。
「……な、なに……」
「大丈夫よ。約束通り、お腹いっぱい食べさせてあげる」
私は怯える彼女の前に膝をつき、自身の指先を短剣で浅く傷つけた。
そして、彼女の小さな口元へと、赤く輝く神聖な血を一滴、ポトリと垂らした。
――トクン。
彼女が血を飲み込んだ瞬間。
薄暗い会場全体が、息を呑むほどの眩い光に包み込まれた。
「……っ!? な、なんだ!?」
「光って……えっ、おい、嘘だろ……!?」
嘲笑っていた貴族たちが、目を見開いて立ち上がった。
彼女の身体を覆っていた、病気だと思われていたボロボロの皮膚が、淡い光と共にパラパラと剥がれ落ちていく。
その下から現れたのは、息を呑むほどに健康的な『小麦色の肌』だった。栄養失調で浮き出ていたあばら骨は消え、女性らしいしなやかな曲線美が蘇る。
そして、くすんでいた髪は燃えるような美しい『深紅』へと染まり、頭には立派な竜の角が、背中には力強い翼が広がり、艶やかな竜の鱗がサファイアのように煌めいた。
そこにいたのは、死に損ないのゴミなどではない。
圧倒的な魔力を秘め、神々しいほどの美しさを放つ『極上の龍人』だった。
「あ、あんな希少種だったなんて……!」
「ば、馬鹿な! あんな極上の女を、たったの二億で手放しただと!?」
さっきまで彼女をゴミ扱いしていた研究者や貴族たちが、血相を変えて舞台へとすがりついてきた。
「お、お嬢ちゃん! いや、お嬢様! 頼む、その二億に色をつけて買い取らせてくれ!」
「私なら五億出す! どうか、その竜を私に……ッ!」
先見の明がなかった愚か者どもの見苦しい懇願。
私はすがりつく連中を一瞥もせず、マジックバッグから残りの白金貨(一億円相当)を掴み出し、司会者の足元へと無造作に叩きつけた。
「ひぃッ!?」
「税金も手数料もこれで足りるでしょ。お釣りはあげるから、その子に繋がってる『奴隷の記録』、今すぐこの世からすべて消し去りなさい」
私は呆然とする司会者に冷たく言い放つと、まだ自分の変化に戸惑っている深紅の髪の少女の手を引いて、騒然とするオークション会場を後にした。
***
会場を出て、快楽都市の通りを少し外れた場所。
「あーあ、すっからかんになっちゃった」
私は空っぽになったマジックバッグを逆さに振りながら、カラカラと笑った。
裏闘技場で巻き上げた三億ゴールド。道中の旅費にするはずだった大金を、たった一人の少女のためにすべて使い果たしてしまったのだ。
しかし、私の背後に控える二人の眷属は、呆れるどころか、さらに熱っぽい視線を私に向けていた。
「主のあのお姿……神々しすぎて眩暈がしました。お金など、私がまた何度でも闘技場で稼いでお見せします!」
セラフィが胸に手を当て、忠誠心を爆発させるように青い瞳を潤ませる。
「カノンのそういう無茶苦茶なとこ、ゾクゾクして最高……♡ 次はどの金持ちを殺して奪う?」
ミアは頬を紅潮させ、ヤンデレ度をさらに高めながら私の腕にすり寄ってくる。
「ふふっ、頼もしいわね。……で、そっちの腹ペコ竜さんはどう?」
私が視線を向けると、そこには、私が街の屋台で買い占めた大量の串焼きやパンを、両手いっぱいに抱え込んだ少女の姿があった。
健康的な小麦肌と赤髪を取り戻した彼女は、口の周りにソースをいっぱいつけたまま、モグモグと幸せそうに頬張っている。
「んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ!」
彼女は口の中のものを飲み込むと、パッと花が咲いたような無邪気な笑顔を浮かべた。
先ほどまでのダウナーで警戒心剥き出しだった態度が嘘のように、彼女は私に向かって真っ直ぐに飛びついてきた。
「カノン、だいすきー!!」
「……ちょっと、油がドレスにつくじゃない」
「えへへ、美味しい! カノン、すごい! 私、カノンのためならなんだってする!」
私の首に抱きつき、犬のようにすりすりと顔を押し付けてくる無邪気な竜。
吸血(眷属化)もしていないのに、美味しいご飯と私の一滴の血だけで、彼女は完全に私に懐いてしまったようだ。
「おい新入り! 主の服を汚すな! 離れろ!」
「カノンに抱きついていいのは私だけなんだけど! 燃やすよトカゲ!」
セラフィとミアが慌ててレヴィアを引き剥がそうとするが、竜の身体能力を取り戻した彼女はビクともしない。
「……はぁ。また騒がしくなるわね」
私は呆れたようにため息をつきながらも、すり寄ってくるレヴィアの深紅の髪を優しく撫でてやった。
お金はなくなったけれど、この騒がしい日常は、悪くない。
私という絶対的な光を見つけた竜を従え、私たちはついに、色欲の神が待ち構える快楽の街へと歩みを進めた。




