98 女王の微笑み
ラデン王国王都リクロ、その中心にある王宮の執務室にて、女王リオナはヨギラス騎士団長からの報告を受けた。
東部国境付近を荒らす盗賊団について、その砦が危惧していたとおり、バール帝国側にあるのだという。
(さすがに、バール帝国公認、ではないんでしょうけど)
女王リオナはトントン、と机を指で叩きながら思考する。
黒騎士や魔獣に苦労こそしているが、バール帝国皇室もそこまで腐ってはいない。余裕があれば、バール帝国自ら駆逐、殲滅しているはずだ。
「そんなところに砦があるなら、ヨギラス閣下、ご自分で殲滅しちゃえばいいのに」
レビアが口を尖らせる。双子の兄ビアルと交代で女王リオナの護衛任務に就く。
どちらも屋内戦闘では屈指の腕利きだ。
「良くも悪くも、そういうことをしないのがヨギラスね」
女王リオナはつい笑ってしまう。
自分の想い人カート・シュルーダーであればどうか。
(隣国であろうと入っていって、殲滅しておいてから事後処理だけ頼んでくるのかしらね)
思い浮かべるだけで、自然、女王リオナの口元がほころぶ。
無表情なまま、堂々と砦の正面から入っていって、容易く制圧してしまうのだろう。
それを自分は労うだけだ。本当はともに戦ったり、もっと近くでそれを支えたりしたいのだが。女王という立場がそれを許さない。
何年も前から抱えてきた葛藤だった。
(それなのに今、急に現れた女が、カートの領土でそれをしている)
皮肉なことに、そのおかげで南東部国境付近、カートの領土エフロー近郊が平穏になっていた。
(むしろ、あちらから侵入しようとしていた者たちが、北へ流れたと見るのが正確ね)
女王リオナは自然、頭のなかに国境周辺の地図を思い浮かべるのだった。
「外交問題になっちゃうって、そういうお話です?」
自分相手であっても、年齢相応の口調となってしまうのがレビアだ。矯正しようと思っていた時期もあったが諦めた。
「そうねぇ。でも、あちらの不手際で、我が国に被害が出ているのだから、むしろ、こちらが問題にしてやるべきなのよねぇ」
女王リオナは告げて、机上の書類に視線を落とす。
賠償金ぐらいは簡単に取れるだろう。だが、余裕のない隣国を追い詰めて、妙な摩擦を生みたくない。あちらの方が総合的な国力は上なのだから。
(ま、正直、些末な賠償金なんて要らないのよ。そんなことより、こっちよ、こっち)
女王リオナは1枚を手に取って一読し、2枚目にも目を通す。
何度目かになるが、何度目を通してみても同じだ。
(残念ながら、あまり関係はなさそうなのよねぇ)
女王リオナは内心で嘆息した。
口には出せない。表情もだ。
いかに腹心であり気の置けない護衛レビアとはいえ、表に出せる感情ではない。
日差しが翳った。
「悪い顔をされてますよ?」
ニッコリとレビアが笑う。
口調の矯正が出来なかった上、人の感情を読むのが異様に上手い。
「いいわねぇ。あまり競争相手が貴女にはいなくて」
さすがに少し腹が立って、女王リオナは混ぜっ返してやった。
だが、レビアの顔色は変わらない。涼しい表情である。
「他の女の人たちに、見る目がないだけですよ」
あえなくレビアにいなされてしまった。
思えば別にけんかをしたいわけでもない。不要な軽口だった。
パターガーとのことだ。恋しているらしい、とかなり早い段階で分かった。
「そもそも陛下は、競争相手がいない内に、決めきれなかったんじゃないんですか?」
更に腹の立つことを、腹の立つ笑顔でレビアに言われてしまった。
やり返してやりたいが、先に始めたのは自分の方だ。女王リオナはグッと我慢する。
尚、本気で怒らせるのなら簡単だ。パターガーの悪口やら侮辱やらでも始めればいい。涙ながらに激怒してしまうことだろう。
弱冠16歳の少女相手に一国の女王がすることではない。
女王リオナはため息をつく。
「いよいよバール帝国がきな臭い。まさか、エストさんの不在がここまで大きな結果になるとはね」
仕方なく無理やりに話題を変えることとした。
(多分、あの国とエストさん、それか御母上の大聖女様とには、何かある。少し、考えを纏めてみようかしら)
女王リオナは目を細める。
結果から逆算すればいい。
(魔獣の出現。それは黒騎士がやっている。でも、どうやって?そして、今までは魔獣が出なかった。エストさんがいたから)
女王リオナは腕組みをした。
(まだ、考える端緒はある。我が国でも修行に出たエストさんが、魔獣を解放した。それも強力なギガンヒッポスを)
あれもおかしなことだった。
「いい気味だと思います」
急にレビアの声が自分を現実に戻す。いつの間にか自分の真横に立って、くっついてきていた。
「あら?何が?」
女王リオナは落ち着いたふりをして微笑むのだった。




