96 デズモンドの力量1
皇都郊外にあらわれたのは、サカドゴミムシダマシと甲虫ストラグビートルの群れである。共に動きは鈍重だが硬くて力が強い。
アニスは自身の一隊を率いて迎え撃つ構えを取っていた。時折、群れから離れたり先走ったりした個体を狩って回っている。
(数は多いけど。そして、私は忙しいけど。引きつけてから纏めて倒す)
まだ、かなりの距離がある。相手の足も遅いので、本格的な討伐はまだ先だ。
アーノルドがいない。甲虫の甲殻ごと叩き斬ってくれる前衛がいないということだ。
(ま、負傷したのは、仕方ないし、私にも落ち度がないわけじゃないし)
馬上でアニスは目を細める。
今、思い返してみると、アーノルドが2匹目のレッドドラゴンに襲われた時、若干、反応が遅れた気がしてならない。
「苛立って、いたのかしら?そして、私はアーノルド様が嫌い?いいえ、そう、単純なものでもない」
独り呟いて、自分の考えを自ら否定した。
ただ、気にかけようという気持ちになれなかったらしい。一瞬のためらいがなければ、迫るレッドドラゴンに矢を射かけて牽制するぐらいは出来たのではないか。
「まぁ、今となってはどうにもならないわね」
そしてアニスは肩をすくめるのだった。
「かなりの圧力です、倒せるでしょうか?」
馬を寄せて、副官のレイラが尋ねてくる。栗色の髪に緑目の剣士だ。
(ちょっと心配)
アニスはレイラを見つめて思う。
不安げで目に力が無い。そして鎧も戦いの塵を浴びて汚れてきていた。
「余計なことを言って、私が不安にさせちゃったかしら?」
微笑んでアニスは問う。
独り言を聞かれていたかもしれない。
別に構わなかった。これまでにも散々、独りで愚痴を言いながら戦い続けてきたのだから。
「滅相もございません。そうではなく、アーノルド閣下がご不在で。硬い敵が多数では、さすがに」
レイラが口籠る。
「あれだけなら、別に、どうとでも出来るわね」
力強くアニスは言い切った。
「アーノルド閣下がいないならいないで、手を打つだけのことよ」
更に微笑みを見せてアニスは加えた。
質が下がった以上は数で補うしかない。既にデズモンド皇子に対して、増援の依頼はしてあった。快諾の返事も貰っているので、敵を引き付ける策を取ったのである。
「アニス様っ、皇都から増援ですっ!」
後方の部下が大声で叫ぶ。
「質より量。いつかはジリ貧だけど、アーノルド閣下の負傷が治癒するまでは保つでしょう」
淡々とアニスは告げる。
増援は100人ほどだろうか。
(100人だけ、か)
内心でアニスはため息をつく。3匹は欲しいところだった。
「少し、時間がかかるかしら?」
また、ついアニスは呟いてしまう。
城壁まで引きつけてから石でも落として潰してもらうしかないかもしれない。
「さすがはアニス様です。増援を」
無邪気に喜ぶレイラが可愛い。
そこにはつい、本心からアニスは口元をほころばせてしまう。
「アニスッ!」
聞き慣れた叫び声が耳を突く。
「殿下っ」
自然とたおやかにアニスは微笑みを浮かべた。
増援の100人が味方をかき分けて近づいてくる先頭に、婚約者のデズモンド皇太子がいる。
白銀の軽鎧を身に纏い、背中から両手剣の柄が覗く。
よく見ると他の100人も皆、陽光を煌めかせる、立派な軍装だ。体格からして、通常の正規軍よりも更に屈強である。
「殿下が、自ら近衛を連れて、助けに来てくださったようね」
デズモンドに手を振りながら、アニスはレイラに告げる。
たった100人でも近衛とデズモンドとなれば話は別だ。
(今後のことはともかく、今回の戦線は余裕かもしれないわね)
思考しつつ、デズモンドの接近に合わせて、アニスは下馬した。レイラも同様にして跪いている。
「やっと、自分の手で君を守り、戦うことができるようになったよ」
白い歯を見せて、デズモンドが笑う。
自然と手を取り合っていた。困ったことに、エストのことも好きだが、アニスはデズモンドのことも好きなのである。
こうして向き合うとつい、甘い雰囲気となってしまう。
「御手を煩わせないことが、私の望みだったのですが、不甲斐なくて、申し訳ありません」
俯いてアニスは告げる。
本心ではあった。
パターガーの下で磨いた弓の腕前で守りたい人を守る。それがアニスのしたいことなのだから。
「いや、令嬢にここまでしてもらってばかりでは、私たち男の立つ瀬が無いよ。せめて今からでも私に君を守らせてくれ」
デズモンドが自分を責めるわけもない。手を握りしめたまま、ねぎらってくれた。
「殿下、我々がアニス様の兵団の前を固める形でよろしいですか?」
いかつい顔をした近衛兵の代表がデズモンドに確認している。確かニールという。30代前半の筋骨隆々とした戦士である。
「当然だ。アニスの部下たちもよく戦い抜いてくれたのだから。少しは我々の手で楽をさせてやろうじゃないか」
そして好戦的な笑みを浮かべてデズモンドが断言するのであった。




