95 噂の真相2
「だが、不完全なまま戦いの場に出ては、思いもよらぬ負傷をするかもしれん。君はその傷を完治させよ。それまでは、この私がこの国を保たせよう」
デズモンドが宣言し、ドンッと自らの胸を叩く。
言われてみると、デズモンドが軍装であることにアーノルドは遅れて気付く。軽鎧を身に纏い、腰には剣を吊っていた。
「殿下自ら、戦いに出られるというのですか?」
さすがにアーノルドは動揺して聞き直してしまう。
屈託はあれど、危地に赴いて欲しいわけではない。
「あぁ、父上の許可は得た。一般兵でも倒せる相手ばかりが出現しているわけではない。強敵を倒せる人間が現場にいないとどうにもならない局面ばかりになったようだからね」
肩をすくめて、事も無げにデズモンドが言う。
(まったく、本当に、この御方は)
アーノルドは心のなかで歯軋りをした。顔にはよく出さなかったものだ、とも思う。自分には強い自制心がある。
自分は皇室に使える、忠実な騎士なのだ。
「御志は素晴らしいと思いますが、危険です。殿下の実力もなんら、私に劣るものではないことも存じておりますが」
その自分が負傷したのだ。デズモンドも実戦に出ればどうなるかは分からない。
(そのような危険を冒すべきではない)
アーノルドは包帯を見つめ、更にその中にある腕へと意識を向ける。
例えば強敵を単独で相手取れる腕利きがいないのなら、一次的にでも兵士を増員すればいいのだ。
「予備役にも招集をかけて、現場の兵士を増員してください。私も急いで治しますゆえ」
むしろ、片腕1本でも戦場に立つべきではないか。
アーノルドは焦る。
「無理をするな、アーノルド。より重要な戦闘のため、暫く休め。それに、私が出れば解決するところ、兵の数で補おうとすれば、どれだけの犠牲が出るかも分からない。この国の将来を担う者として、そんな決断をすることは出来ないよ」
穏やかな笑顔でデズモンドが言う。人のうえに立つ者としては、崇高な志を見せつけられた。
(なぜ、この御方は、この笑顔と配慮をエスト様に向けられなかったのだ)
しかし、アーノルドとしては気遣いをされればされるほど、デズモンドに対してエスト関連の不満がこみ上げてしまう。
「ご立派な覚悟だとは思いますが」
あらゆる不満を抑え込んで、アーノルドは口籠る。余計なことを言い出しそうで、無理やりに言葉を封じ込めた格好だ。
「そんなことはない。国を治める人間であれば、当然に責任がある。私が尊重され、立っていられるのは支えてくれる民がいるからだ。アニスも頑張ってくれているし、君にも負担をかけ過ぎた。そして君たちとともに今までも戦ってくれていた兵士や民にも負担はかけたくない。私も背負えるものは背負う」
更に眩しい笑顔をデズモンドに見せつけられた。
(そもそもこの国難は、貴方がエスト様を追ったからかもしれません)
吐き出したい言葉を、アーノルドは思いついては抑え込む。
聖女だったのだ。その力については、アーノルドはおろか皇族であるデズモンドや現皇帝も知らないところがあったのではないか。
(そして、デズモンド殿下は、エスト様憎しが先に立ってしまい、そこの調査を頭から否定してやろうとはしない)
エストにだけは辛辣なのだ。そこに対して屈するエストではないから、また関係が悪化する一方だった。
エストの父エルニス公爵の方は義妹のアニスが後釜になれたので頓着はないようだが。
「殿下に重きを負わせるわけにはいきません。騎士として、そのような事態を甘受出来るものではありません。休んでなどいられませぬ」
それでも忠実に聞こえるようなことを、自分の口は吐き出すことが出来るのだ。
「無理はしないでくれ。黒騎士本人も、この国に戻ってきたらしい。ラデン王国の戦士達には荷が重い相手だったようだね」
そこはかすかな嘲りを滲ませてデズモンドが言う。
(そもそも我が国も逃げられているのでは、他国のことは言えません)
アーノルドは指摘するのだった。しかし口には出せない。
「私が直接対峙できればね。そうすれば容易く両断してみせるものを」
焦れったそうにデズモンドが言い足す。
細身の肉体とは対照的に、力強い太刀筋を繰り出すのがデズモンドという男だ。
確かに真っ正面から戦うことが出来れば、言葉通りの結果になるかもしれない。
「確かに殿下の御力ならその通りですが、お立場をお考えください」
アーノルドは何度目かになる注意を行なった。
だが、デズモンドが答える暇もなく、屋敷の玄関が騒がしくなる。
「殿下っ!」
デズモンドの侍従が部屋に飛び込んできた。
作法については違反だが、アーノルドもいちいち咎める気持ちになれない。
「どうした?高位の騎士である、アーノルド卿の屋敷に飛び入ってくるなど。私はそんな教育を君にした覚えは無いよ」
顔をしかめてデズモンドがたしなめる。
「殿下、しかし、皇都郊外に魔獣があらわれました。昆虫型の魔獣ばかりで、アニス様たちも出陣されましたが、おそらくは手が足りません」
侍従が顔面蒼白になって告げる。
相当な数なのだろう。
「何を、そんなことか。自信が無いから慌てる。自信を持つには実力を身に着ける。肝に銘じておきたまえ。私自ら、そのような者共は叩き斬ってくれる」
そしてデズモンドが立ち上がり、魔獣の出現地へ向かうのであった。




