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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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94/123

94 噂の真相1

 痛み止めの副作用で眠っていた。

 起きたばかりのアーノルドは自邸にてぼんやりと窓から外を見やる。アーノルドの家門名はベランという侯爵家だ。

 開祖からバール帝国を支える軍人の家系だっただけあって、アーノルドの私室からは、屋敷に備えられた練兵場と簡素な庭園が見える。何世代も前から私兵を鍛えるため、活用されてきたものだ。

(私が怪我をしても、エスト嬢がいなくなっても、まだこの国は揺るがない、か)

 アーノルドは左腕の包帯を見下ろして思う。

 魔獣の襲来に晒されても、人々の暮らしは変わらない。食糧を調達して食事を取る。後はそのために金を稼ぐ。そのために働くことの繰り返しだ。

 ため息をつく。

 自分のみならず人は何のために生きているのだろうか。

 酷く虚しいことを繰り返している気がした。

(しかし、この私が負傷をするとは。久しぶりだ)

 包帯が古い気がする。

 アーノルドは自分で包帯を取り替えた。基本的には何でも自分でこなしたい。

(しかし、とうとう竜種まで現れたか)

 牛の姿をした紫色の魔獣ゲトルトオックスを倒していて、下位の竜種である色竜、レッドドラゴンに襲われた。竜種の中では下位とはいえ、火炎球を吐き出す難敵だ。

 空から襲ってくるところをアーノルドは迎撃して仕留めたのだが。

 もう一頭、やはり死角となる頭上から襲ってきた2頭目のレッドドラゴンの爪が左腕を掠めたのだった。

(くっ、アニス様では)

 その2頭目を仕留めたのはアニスなのだったが、連携し切れず、自分は負傷したという印象を、7日経ってなお、自分は捨て切れない。

 エストがいれば、傷を治してもらえただろう。回復術については見事だった。残念ながら殆ど共闘したことがないから、レッドドラゴンを倒せたかどうかは分からない。

(私は、こんなにも女々しかったのか。そして、なぜ、こうなるぐらいなら、エスト様を気にかけず、行動にも出せず)

 後悔ばかりが押し寄せてくる。

 これを口に出してからは、アニスが露骨に冷淡になったので、相当に見苦しいのだろう。

 自覚はあった。

「アーノルドッ!すまんっ!健勝かっ!?」

 正門が叩かれていて、デズモンド皇太子の声が響く。どうやら、眠っている間に庭を横切られていたらしい。

「お坊っちゃま、申し訳ありません。よろしいでしょうか?取り次ぎを待つよう、お願いはしたのですが、デズモンド殿下がお越しで」

 執事のジェファーソンがドアの外から言う。

「身繕いは終えている。こちらへお越し願え」

 短くアーノルドは返す。

 かつてエストの婚約者だった。

 当時、それ自体は別に良い。デズモンドに忠義を尽くしていれば、それはエストのためにもなるのだと思えていたのだから。

(俺のような武骨な男などより、皇太子妃のほうが良いに決まっていたし)

 だが、終始、エストとデズモンドの仲が睦まじくなることはなく、物別れをして、最終的にはラデン王国へと追放している。

(そんなことになるぐらいなら)

 自分とエストとの仲を取り持ってくれても良かったのではないか。

 エスト不在を悲しむ自分にとって、現在の魔獣出現も、追放のせいに思えてならない。悪いことは悪いことを呼ぶものなのだ。

 包帯を見つめる。

 この負傷もエスト不在の悲しみも、デズモンド皇太子のせいに思えてしまう。

(いかん)

 アーノルドは首を横に振った。

 自分はデズモンド皇太子の騎士なのだ。忠義を誓い、デズモンド皇太子自身もアーノルドを高く評価し、尊重してくれる。

 ただ、エストを追放してしまっただけだ。

 仕えること自体には何の落ち度も見せない。

(だから、始末に負えない)

 また不穏なことを思ってしまう。すぐに打ち消した。

(やめろ。いい加減に割り切れ。そしてエスト様はラデンで平和に幸せに暮らせばいい)

 自らに言い聞かせて納得させた。

「急な訪問、すまない。アーノルド、私だ」

 ノックの音が今度は控えめに響く。

 思っていたよりも早い。この調子で正門の守衛を振り切り、執事や侍女を振り切ってきたのだろう。

「私自ら、御出迎えすべきところ、ここまでいらしていただくこととなり、申し訳ありません」

 アーノルドは扉を開ける。

「いや、戦って負傷したのだ。そして、これは見舞いだ。君には安静にしていてもらいたいのだが、やはり心配で来てしまったよ」

 微笑んでデズモンド皇太子が言う。

 アーノルドは来客用のソファにかけてもらった。立ち話などさせられるわけもない。

「そして、ケガの状況はどうか?」

 デズモンド皇太子が自分の包帯を見つめて尋ねてくる。

「問題ありません。もうしばし、時を頂けば完治することでしょう。治癒師も医師もそのように診断をしておりました」

 アーノルドは向き合って答える。

 やはり自分には常識的であり、むしろ気遣ってくれる主君なのだった。

「そうか、さすがアーノルドだ。傷を治すのも迅速だとは」

 嬉しそうにデズモンド皇太子が笑う。

 自分の屈託など想像もしていないのだろう。

(私も一度たりとて、相談してもほのめかしもしなかったからな)

 当然の自業自得だ。暗澹たる思いを、アーノルドは噛みしめるのであった。

 

 

 

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